ちっぽけな冒険譚⑤

 


 エレの後ろを駆け足でついていくアレッタ。

 先を歩いているエレは裏道を時々見上げながら、進んでいく。

 

「……」


 陰鬱な表情のアレッタの脳内には、先ほどのエレの姿がへばりついていた。

 ――こいつは、俺の仲間じゃない。

 本当に、エレはアレッタのことを仲間だと思っていない……。

 

「ん、怖かったか?」


「……ウウン」


「そうか。強いんだな……でも、助かったよ。スカっとした」


「ンェ!?」


 アレッタが俯かせていた顔を上げると、エレが笑っていた。

 服装が乱れていることにも気が付いて、治してくれた。


「エ……でも、エレ」


「人のために怒れるっていうのは、才能だ。お前はいい奴だよ。あのオッサンが言ってたことなんか気にしなくてもいい」


「エレ……?」


「冒険者同士に喧嘩なんて当たり前だ。あのオッサンはまだ温厚派だったから良かったけど……ま、心配しなくてもオマエなら勝ってたかな? 力強かったもんな」


 先生のような口調で褒めるエレは、再び歩き出した。


「……」


 だが、アレッタは再び俯いた。

 褒められているというのに、心の中は完全に晴れない。

 ずっと、喉の奥にモノが引っ掛かっているような気がする。


 そして駆け足のまま、ぽつりとつぶやいた。


「エレは……ワタシを仲間に入れたくなイ?」


「あぁ」


「ウェ!?」


「言っただろ、俺とお前じゃ実力が離れてる。俺に神官は長物だ」


「ダッテ、エ、さっき、褒めテ……アレ?」


「俺以外と組んだ時、役に立つと思ったんだ」


 エレはまるで当然のように話をした。

 それは、アレッタがエレの家に来た時にも言った話――……。


「傷が……治らないかラ?」


「そうだな。それに加えて、アレッタは金等級っていう――まぁ、なんだ。駆け出しだろ」


「べてらんって言ってタ。それに……組んでくれるっテ」


「あー……そうだな、まぁ」


 かつて、エレが言った「金等級なら組んでもいいかも」という言葉は間違ってはいない。

 だが、何度も出た話だが、エレには神官という職業は必要がないのだ。


「神官は傷を治される対象がいないと成り立たない職業だ」


 エレ程の実力があれば、奇襲をすることで怪我を抑えることができる。

 もし傷を負ったとしても、エレの傷は治らない。

 アレッタという神官をエレが仲間にしない理由ならば、手と足の指を使っても表せないほど沢山存在している。



「……そんなこと、ないとおもうケド」


「成り立たないんだ。で、俺は傷が多いが、治せない」


 諦めているを通り越し、事実を話しているようなエレ。

 神官の前で傷がどうであると嘆く患者様に、アレッタの口はとうとう尖ってしまった。


「治せル!」


「治らない。この街に来るまで毎日奇跡を祈って、治らなかったのが証明だ」


「今日は治るかもしれなイ!」


「そんなことあるわけない」


「そんなことある! だって、今日の昼と夕方の分はまだ祈ってなイ!」


「だからって――」


「ン!!」


 アレッタは、歩みを止めないエレの背中に抱き着いた。

 ング、と苦しそうな声が聞こえたが、アレッタはお構いなしに奇跡を祈った。


《静なる者に動きヲ

 渇きを知る者に満ちヲ

 救済を求める者に生命の躍動ヲ

 慈悲深き恩寵ヲ》


 苦しそうに歯を噛みしめ、カッと目を開く。


治癒ヒールッ!》


 とてつもない倦怠感がアレッタを襲うが、バッと顔を上げた。


「ドウ!?」


「まぁ、肩は軽くなったかもしれん」


 グルグルと肩を回すと、アレッタの顔が歓喜の眩い光を放った。


「ヤッタ、ヤッタ!」


「まぁ、気のせいだろ」


 エレの言葉で、橙色の光は萎んで薄暗いどんよりとした空気を纏って、小さな肩はゆっくりと落ちていく。


「きのせいじゃない! 治っタ! 絶対! 治っタ!!」


「俺には治癒なんか効かない。もう百回は言ったぞ」


「嘘でも治ってほしイ!」


「すげーこと言ってんぞ、お前」


 ぷくぅと頬を膨らませたら、今度はエレの腕を抱き寄せた。


「おいっ、奇跡の連発は」


「ヤダ! スル! !」


「……疲れてんだろ? 口元グズグズだぞ」


「あと一回ならできル。……だって、諦めないのが大事なんだカラ。治るまで祈ったら、治ル……カラ」


 ギュッと握られ、エレは止めようとしていた手を戻した。

 結局、その後の奇跡でもエレの傷は治らなかった。




     ◆◇◆




「だから言ったろ。奇跡を祈っても無駄なんだって。


「治らない傷はない、ンダ……!」


「まぁ、俺と旅をしてたらある程度の一党になら付いていくことができるようになるから」


「エレ以外と組む気はナイ!」


 ゼェゼェと息を荒くしながらも体に抱き着くアレッタに、エレは困ったように髪の毛を掻いた。

 


(……コイツ……本当に仲間になりたいのか)



 口だけだと思ってた。

 すぐに折れて、どこかへ行くのだろうと思っていた。

 現に、エレの仲間になろうとした者のほとんどは、気が付くと隣からいなくなっていったのだ。


「……」

 

 エレ自身も、自分はつまらない人間だと思っている。


 愛想が無くて

 嫌われ者で

 特に魅力もなければ

 すぐに一人行動をしようとする奴


 そんな奴なんて放っておいた方が幸せに決まっている。


 ヴァンドの方が魅力があるし

 マルコの方が会話が楽しいし

 モスカの方が煌びやかな英雄の姿で

 ルートスは愛想がいい


 誰が好き好んで、こんな男と一緒にいたいと思うのだろうか? 


 そして、


 ――階級が低い

 ――危なっかしい


 こんな条件の神官を、エレが近くに置いておく理由もない。

 傷が治らない時点で……神官と仲間になる必要なんてない。

 

(それに、俺と一緒にいると不幸になる。それが、今日はっきりしたじゃないか)



「俺といたら、またあんなオッサンに絡まれるぞ」



「どうでもイイ。そんなの、仲間にならない理由にならなイ……!」



 蜜柑色の瞳が、髪留めから零れて落ちてきた髪の毛の奥でギラついた。

 その汗が滲んだ髪をかき上げ、髪留めをし直す。

 純白は肌は熱を持ち、今にも煙を出しそうなほど熱かった。



「辛い思いをたくさんする」


「それなら、もう、たくさんしてきタ!」


「……俺といても楽しくない」


「そんなことなイ! エレは、とっても魅力がアル! 優しイシ、助けてくれタ!」


「…………」


 呆れた顔を隠すようにアレッタに背中を向けた。


「お前のことが、よくわからない」


 ……一緒にいたら不幸になる。

 ……楽しいことなんてない。

 ……傷も治らないから、仲間になる意味がない。


 だというのに、

 なんで、

 そんなに引っ付いてくるんだ?



「――エレ、怒ってるノ?」



 あんな大男に食ってかかって。

 自分の事じゃないのに、言い返して。



「――エレ?」



 分からない。

 分からない。

 


「――エレ……あのぅ」



 初めてだ……こんな奴。

 こんな――……。

 



 ――――オモシロイ奴。




「エ?」


「……え――……ッ」


 エレは自分の口を、自分の手でふさいだ。

 自分が何を言ったか分からない。

 何を言った?

 

「エレ、今……」


「なっ――んでもない。いや……わるい。ほんと、なんでもない」


 かぁ、と耳まで赤くなるのを感じた。

 エレは足を速めた。


「エレッ……あし、はやイ……!」


 数歩後ろから聞こえた声に安心をして、息をゆっくり吐いて気持ちを整えた。

 そして、前を向いたまま本来話すべきことを話し始めた。


「ヤケンの退治の仕方はあれであってた」


「エ、ア……エ?」


「あってた」


「ア……そう、なノ?」


「昔、俺もあんな感じでやったことがある」


 エレに褒められた気がして、突然の話題変更のことに指摘することを忘れ、胸元のほかほかで顔までほかほかしてきた。

 だが、それも一瞬だった。


「――って、見てたノ!?」


「最初だけな。ありゃいい」


「ムゥ……」

 

「でも、もっと楽なやり方がある。アイツら逃げて行ったろ? 逃げた先に赴いたら、一発だ」


「……いっぱつ?」


「集団っていうのは絶対頭目がいる。その場を仕切ってるボスだな。そいつの所にいきゃあいい……で、ここがそこだ」


 足を止めた先に広がった光景は、人工的に出来た袋小路だった。





 いつの間にか辿り着いていたその場所は、古びて人気のない住宅が三方に並び、その壁に寄りかかるようにたくさんの家具が放棄されている。


 そこにはチラチラとこちらを伺う気配がいくつもあった。

 裏道の最奥であるここは、ヤケンの住処のようだ。



「野生動物的に言えば『縄張り』だな。出て来るぞ……そら、出てきた」



 縄張りに訪れたエレやアレッタは敵と見なされる。それを排除すべく、ぞろぞろと家具の奥から出てきた。

 唸る。唸る。瞳を細めて、威嚇をしてくる。


「やっぱり、大きイ」


「だけど、こいつらは下っ端だ。ボスは一番でかくて、一番余裕をもって出てくる奴」


 すっかりと二人を囲んでいたヤケンは今にも噛みついてきそうな気配を漂わせる。

 その本能を寸前で止めていたのは、エレとアレッタが全く興味を示していなかったからだ。


 どれだけしゃくりあげて唸ろうが、二人は放棄された家具の山の奥に見える、住宅の壁に空いたぽっかり穴に目を向けていた。



 ――ウオーン!



 するとその場に一際大きな鳴き声が響き、ヤケンの群れは割れるように別れた。


 そうだ。満を持しての――ボスの登場だ。

 家具の山の奥から、のっそりと。

 倒壊しかけている住宅街に空いた大きなぽっかり穴から姿を現して――



「ウア……ア! 最初に会ったイヌ!」



 アレッタが声を上げて、威厳のある顔が一瞬で完全に怯えたしまった。

 現れたのは、ゴミの集積容器を漁っていた茶毛のヤケンだったのだ。


「アイツがボスらしいな。ガタイ的にもそうかと思ってたが……オイ!」


 エレがアレッタを近くに抱き寄せながら、茶毛のヤケンに近くまで来るように合図をした。

 転がるように前に出てきた。ボスという風格などもう金繰り捨てていた。


 そんなボスの姿を周りのヤケンは不思議そうに見つめていた。



「おー……」



 目の前にくるとその体の大きさがよく分かった。

 先程まで暴言を垂れ流しにしていた男の二倍はある。

 そのボスのヤケンはグルルと唸った。今頃ボスであることを思い出したかのような唸りだ。


 だが、完全に怯えが混じっている。



「いいぞ。上下関係が分かってる」



 そこでエレは同じように首を傾けて見上げていたアレッタの肩を叩き、耳打ちを。

 くすぐったい気持ちを堪えて聞き、アレッタは頷いて一歩前に出た。

 


「――オイ! ヤケン!!」



 突然の大声にヤケンは完全にやられ、再びアレッタを見上げるような格好に。

 何が始まったんだ!? ときょろきょろと辺りを見回して、アレッタに向きなおした。


 そのアレッタは眉間に皺をよせ、精一杯の怖い顔を浮かべていた。


 

「今日と明日はもう悪さをするナ! 分かったカ!」



 ズイと前に出て、アレッタは黒い鼻先に手の平を押し付けた。

 ぺたと冷たい手に驚き、ジリと後退り。

 ヤケンの瞳には涙が浮かんでいた。

 


「分かったなら、吠えロ! 他のヤケンに伝えロ!」



 打てば響くように、ワオーン! と叫んだヤケン。

 一回目は掠れて上手く声が出なかったので、二回目、三回目と同じように叫んだ。


 アレッタはエレから言われていたことを達成し、怖い顔を崩してヤケンの頭を撫でた。

 従順な子犬のような鳴き声が聞こえたことで、最後にアレッタの思いつきで依頼書に路地裏を後にした。


 一部始終を見つめていたエレは帰り際に呟いた。


只人ヒュームよりも、他の奴らの方が物聞きが良いことがある」


 このセリフはアレッタ的にもしっくりと来て、大きく頷いた。

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