その少女は⑤
『勇者一党に所属をしていた冒険者エレ(蒼銀等級)が、魔王側に加担か!?』
その見出しで書かれた広報紙は世間を騒がした。
曰く、冒険者エレが魔王に対して情けをかけた。
曰く、冒険者エレが勇者一党に偽りの情報を知らせた。
魔王との決着がつかず、勇者の一党が帰ってきた理由はエレにある――と。
その時だけは、勇者一党の中で一番注目を集めたのはエレだったに違いない。
その証拠に、紙面が取り上げられたことにより、エレの自宅へと半狂乱の国民が押し寄せたのだから。
ドアノッカーでノックするまでもなく、
扉を蹴り破り、
強引に中へと押し入った。
「――――……」
そんな彼らが目にしたのは、もぬけの殻となった家だった。
玄関の壁のある部分は色褪せたおり、そこには何かが飾られていたよう。
靴も、寝室のクローゼットにあったであろう衣類も。
ベッドや大型の家具はそのまま残っていたが、普段身に着けているようなものはもう、その家には残ってはいなかった。
ただ一つ。
浴槽に半分ほどまで入れられた、すっかり冷めた湯だけを除いて。
◆◇◆
時は遡り、早朝。
事前に話をしていた行商人の積み荷の傍に、自身の私物を簡単にまとめた箱をぶん投げているエレの姿があった。
「あとちょっとだ。悪いな、荷物が多くて」
「ここから海港までなら、卸すモノも少ないですから」
「助かる」
あの偏屈な王様が、追放だけで終わらせるわけがない。
エレが考えていたのは――エレに纏わる話を流布し、世論が高まった段階で「やむなし」と殺す。
または暴徒と化した国民に「不慮の事故」として片を付けさせる。
そこで歯向かえば、罪が重なるだけで向こうとしては好都合で。
(結局、俺はこの王国において都合の悪い人物なのに変わりない)
そこまでして火に薪をくべる必要も義理もない。
何か起こる前に住居を移すのが賢明だ。
そのための猶予くらいは与えらえているのだから、この国から立ち去って、二度と足を踏み入れないようにすれば血も流れずに済む……。
(いや。もしかすると、そこまでが狙いなのかもしれない)
魔王に加担をしたとも取れる行為を行ったとしても、エレは一応は階級の高い人物だった。
見せしめに殺せば反感は買うだろうが、王としての能力が評価されるのは間違いない。
けれど、これまでの実績を加味して考えた場合……国から追放をするので留まった――とか。
(有り得ないな。あの王様だ。殺せるなら殺したいだろうし――)
「んっー……っと、よし、こんなもんかな。一応、これで俺の荷物は全部だ」
「はい。承りました。箱の色が似てますから間違わないようにしないとですねぇ」
「俺の荷物を商人に卸したら大変だぞ」
「その筋のコレクターになら、高値で売れそうですが」
「やめてくれ」
昔から懇意にしていた行商人だとはいえ、何らかの手段で伝えられるエレに関する情報を見てからでは協力をしてくれないかもしれない。
だから、それよりも早く、朝霧がかかる澄んだ空気の中で身支度を済ませていた。
積み荷を載せ終え、グググと腰を伸ばした。
「……ふぅ」
最近は、腰がやたら痛い。
首も肩も、何かをするとすぐに疲れてしまう。
今まで張っていた緊張がほどけたから……なのだろうか?
「――それで、もう出発をしてもいいんですか?」
「あ、あぁ。いいぞ」
「何か、忘れていることとかは……」
「んなもんねぇー……か?」
「誰かに挨拶し忘れたとか」
「ねぇー……――あー……」
アレッタが家に来なくなってから、二日が経っていた。
小鳥の囀りは聞こえないし、ドアノッカーをコンコンッとされることもない。
久々の休日、久々のベッドでの睡眠。
どこかで助けた少女。
いくら記憶を辿れど、あのような只人の神官に知り合いはいなかった。
五年ぶり! と言って飛びついてきた少女のことを思わない程、情に疎い訳でもない。
(俺が助けた人が、俺を求めて来た)
悪い気はしない。
むしろ、自分の体をボロボロにしてまで同行した勇者一党の旅は無駄ではなかったのだと感じれる。
心が救われる気がする。
そんな少女を思い出せないなんて、なんて非情なのだろうか。
(でも、居心地が良くても……それが最善であるとは思わない)
思い出せない間に離れた方がいい。
自分なんかについてくるよりも、
若い冒険者たちで冒険譚を綴った方が何倍も楽しいし、
幸せだろうから。
(俺は……多分、国中から嫌われて、命を狙われるようになる)
「――エレさん」
行商人の言葉が聞こえて、意識を戻した。
「……あぁ、すまん。大丈夫だ、出立をしよう」
「いや、そうではなく」
頬がこけている行商人に目を向け、袖引っ張られる感覚を覚え、そちらに目を向けた。
「……早う、今日も枯れ葉の天気模様かな」
「うん! びっくりしちゃっタ!」
そこには、あの日と同じ姿かたちで枯れ葉を頭や肩に乗せているアレッタが立っていた。
馬車に積み荷を載せているのを不思議そうに眺め、エレの顔を見上げる。
「エレ、どこか行くノ? お出かケ?」
ここ二日は来てなかったから、もう来ることはないと思っていたのに。
そこまで考えて、エレは目を見開いた。
「……お前、それ」
あの日と違う箇所が一つ。
大きな変化だった。
エレの視線が胸元に止まったことに気が付いたのか、
「ア! 気づいてくれタ! そうなのでス!」
上手く隠せていなかった『金色の認識票』を胸元から自慢をするように出した。
「ワタシ、金等級になったヨ! これで、エレと仲間ダ!」
金色に輝く認識票よりも、輝かしい笑顔でアレッタは笑った。
認識票をエレは手に収め、本物かどうかを鑑定するようなまなざしで見やる。
「――――……」
受付嬢が認識票に美しい筆致で刻んだ名前はしっかりと『アレッタ』となっている。
色も、何かを取ってつけた訳でもない。
アレッタの職業も「神官」と書かれて――その横に「
「やったー! これでエレと一緒に過ごせル! やたー!」
「おい。何をした――」
と言って、汗と泥と土をごった煮して乾燥させたようなニオイが鼻に届いて
「っ!? おまっ――ちょっと来い!」
バタンと玄関扉の中に入っていき、ややあって玄関扉から顔を覗かせて。
「すまん。ちょっと、待っててくれ。こいつ、湯舟に浸らせる」
再度、バタンと勢いよく閉められた。
いつも気怠そうというか、何かを諦めてそうな瞳に宿っていたのは――怒り、それには幾分かの優しさも混じっていた。
「エレさんはそんな顔もするんですねぇ……」
そんな珍しいエレの表情を見て、行商人は胸内で笑って、扉を開いた。
「肩まで浸からせるのですよ」
わぁってる!
その言葉が聞こえてきたのだから、もう、堪らなかった。
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