その少女は④
「えぇっと……お名前は?」
「……アレッタ」
「アレッタちゃん、ね。わかりました。何ができます? どのような
「傷を治せル」
「そ、そうだよねーー。あはは、神官さんだもんねぇ」
「……」
気まずい。
何を言っても、受付嬢と目が合わない。
俯いて、時折エレの方を確認するくらいで、この『冒険者登録』という行為自体に興味がないように思える……。
(いや、いや。そんなことはないはず……でも、一応)
「アレッタちゃん? は、なんで冒険者になろうと思ったのかな?」
「……答える必要がアル?」
「いや、別に必要という訳では……」
「じゃあ、イイ」
そういうと、アレッタはエレの方を振り向いて、マフラーに顔を埋めた。
これは、何か訳ありな気配が……。
受付嬢の勘がそう告げている。
(この子はエレさんにとって特別なのでしょうか。ただ者ではなないとは思うんですが……)
さっきの窓辺で見た――少女の瞳。
あれは、きっとおそらく、見間違いなのだろう。
(エレさんが仲間を連れてくることは天地がひっくり返ってもないことですもんね。……それも、
多分、知人の娘とかそこらだろう。
エレほどの神官嫌いもそうそういない。
噂では、勇者一党に神官がいないのはエレが拒んだからだとかなんとかって聞いたことも有るくらいだ。
もちろんそんなことはないが、エレは神官に対してあまりいい思いを抱いていないのは確かな情報だ。
(だから、エレさんは傷が多いんですものね。神官さんの手によって治癒をされるのを拒んでいるから)
そう思うと、目の前の少女が可哀想に思えてきた。
(……どれだけ思いを寄せても、実らない『思い』というのは辛いですね)
受付嬢は同情をするような目でアレッタと、その頭の向こう側にいるエレを見つめた。
そうしていると、慣れた手つきで認識票に名前を彫り入れ、冒険者ノートへの登録が終わった。
◆◇◆
「――はい。これで手続きは完了です。お疲れさまでした」
エレから貰ったマフラーに顔を埋めてほくほくしていたら、手際よく受付嬢が認識票を作り上げてくれていたようで無事に冒険者に登録が済んだ。
「終わっタ?」
「はい」
それを片手にエレの元まで駆けて行くと、閉じていた瞳をスゥと開いてアレッタのニコニコとした顔を見上げた。
「……」
その後ろではどこか憂いのある瞳でこちらを見ている受付嬢。だが、一応は滞りなく手続きが済んだようだ。
「終わった?」
「うん! これでエレと仲間ダ!」
その言葉に、お淑やかな受付嬢の眉がピクリと動いた。
同時、エレも受付嬢に視線を送る。
「……」
「……ぇぇう。その、あの……」
説明不備。
集中せずに手続きをしていた結果、階級について説明がなされていなかったらしい。
再度説明を頼もうと思ったが、普段の調子に戻った受付嬢は胸前に手の平を合わせて謝っている。
(これ以上、無理をいうのも可哀想か)
受付嬢から視線外して、エレが説明をすることにした。
ウキウキとした様子に水を差すのは、気が重いが……。
「俺とアレッタはまだ組めないよ。階級が離れすぎてる」
「かいきゅウ……?」
「うん」
「ワタシ、エレと仲間なれないノ……?」
「そーだね」
「――――…………」
案の定、この世の終わりのような顔をして直立不動になってしまった。
「まぁ、座って。少し説明するから――」
背もたれのない椅子をポンポンと叩いて着席を促すと、アレッタは表情を変えぬまま崩れるように座ってくれた。
「まず、冒険者には計6つの階級が存在をしている――」
うろ覚えながら話始めたエレの説明は、果たしてアレッタの頭の中に入っていくのだろうか。
分かりやすく伝えようとしても、ここら辺の事務の話は面白くもなければ、長ったらしいのが常だ。
――まぁ、説明がないよりかは良いだろう。
「駆け出しに分類されるのは
それに毛が生えたのが
ここら辺は……まぁ、冒険と言ってもお遣い程度が多い。
溝掃除、薬草採集、魔物退治も時折するが、結果は振るわないことが多い」
一番死亡率が高く、一番人数が多いのもここだ。
銅等級と銀等級の冒険者の死亡率改善は、冒険者組合の永遠の課題となっている。
チラと受付嬢を見つめ、アレッタに視線を戻した。
「次は
その次が
ここからはベテランと呼ばれて、一番人数が多い。
給金が増え、生活が安定をして装備とかをしっかりと意識をしだすところだな。魔物退治は基本で、時には上位の冒険者と組んで荒事を解決することもある」
白金等級になるには運や才能が絡んでくるが、金等級まではトントン拍子で上がる――というのが、エレの印象だ。
金等級で躓くことがあるとするなら、常識がないか、素行が悪いか、特別な一党の構成をしてあまり貢献が認められていないか。
要するに『努力していて』『素行がよく』『常識があって』『死なず』にいたら金等級にはなれるのだ。
「で、上位層。
ここら辺になると、魔物というより魔族とか、国が絡む厄介な難事の解決とかになる。
事実上の冒険者の最上位が
一応、その上が
真剣に聞き入っているアレッタの向こうで、講義を聞きいるように頷いている受付嬢。
どうも、受付嬢と冒険者では認識のズレがあるらしい。
特に引っかかったのが「事実上の最上位が翠金等級」というところだろうか。
「
依頼を受けようと思っても、見合う依頼がない。
わざわざ依頼料の高い
とはいえ、
舞い込んでくるのは、
エレ自身がその階級の時に感じた空気感や、実際に受けた依頼などを思い出しながら説明をした。
「なるほど……そうなんですね」
受付嬢は小声で大いに納得をしていたようだ。
ここは、旅立ちの街の冒険者組合。
蒼銀等級の体験談などを聞くことも、依頼を斡旋することも少ない。東の方では蒼銀等級の依頼がゴロゴロあると思っていたのかもしれない。
「…………わかんなイ」
一方で、いまいちピーンときていない様子のアレッタ。こちらは蛇足的な部分が多かったと感じている様子。
なら分かりやすいように――「ん」と手を出して。
「――認識票。見せて」
「ム」
手の平の上に置かれた、
「アレッタのは、一番下。俺のは、一番上。階級に差が大きすぎて組めない。分かった?」
「……?」
「階級の差が大きい。組めない。分かるか?」
「ナンデ?」
「面倒ごとが絡んでくる。だから、組めない」
「組めル!」
「組めない」
「組めル!」
「ダメだ」
「ダメじゃなイ!」
なんて強情な子どもだろうか。
ワガママで高慢ちきな子どもは何人も見てきたが、これほどまでに親の顔が見てみたいと思ったことはない。
「なら、この話は終わりだ。お前とはここで終わり――悪かったな、受付嬢さん。休みなのに働かせて」
「あ、いえ……」
「それじゃあ俺は帰る。じゃあな、神官サマ」
ぴしゃりと打ち切って席を立つと、アレッタは今まで流れてきていたワガママを喉奥に引っ込めて、エレの袖を掴んだ。
「なんだ? もういいだろ」
氷のような瞳にアレッタは顔を引きつらせ、俯いて、口を霊峰のような形にしてグズグズと言い出した。
「エ、ソ、アノ……ごめ、ン、ナサイ……」
謝るアレッタに、エレは無表情のまま溜息をついた。
◆◇◆
階級差以外にも組めない理由は当然、存在をしている。
上位の冒険者に依頼を流そうとすると、下位の冒険者に行きつく給金はほとんどない。
「ただ後ろをついていくだけだろ?」という訳ではなく「下位冒険者を雇うと想定されたカネで上位冒険者が共に動くのだから」という理由だ。
そうしたら何が起こるか。下位冒険者は階級が上がりにくくなるし、上位冒険者の腰巾着だと揶揄されて、非難される。
上位冒険者に対しても風向きが怪しくなるのは間違いない。
冒険者は信用が最も大事な仕事だ。
上位冒険者の後ろをついていくだけの冒険者など、信用が高まるわけもない。
階級が低いうちに仲間を見つけ、その仲間と共に冒険をする。危険が伴うが、それが冒険者で生きていく上では最も効率が良い。
「……どうやったら仲間になれまスカ?」
無視。
「エレ……仲間、どうやったらイイ?」
涙ぐむ少女。
大人げなく無視するエレ。
「……仲間に――」
「はぁ……まずは実績を積む。依頼をこなす。それからだ」
子どもに言い聞かすように言い、グズグズと泣きながら頷いたアレッタの首に認識票をかけた。
「……ま、金等級くらいになったら組んでもいいかもしれん」
「……それは、どれくらいたいへン?」
「たくさん大変だ。嫌な仕事もしなきゃいけねぇし、そう易々と上がる訳もない」
だから仲間を見つけて、ゆっくりとやりなさいな。
その言葉にはアレッタは頷くことはせず、エレの服をギュッと掴んだ。
「……」
自分の仲間になりたい神官。
素性の知らない人物を近くに置くのは、賢明ではない。
今までの奴らとは違うタイプだが、これで折れたらそれまで。
五年ぶりと言っていた。それまでの期間、頑張ってきた少女を突っぱねるのは心が痛むが、この世界では何も考えずに心を開くと寝首をかかれる。
受付嬢に適当に見繕ってもらった依頼を握らせて、冒険者組合を後にした。
神官衣が揺れるその後ろ姿を見つめる。
「エレさん。あの神官ちゃんとはどういったご関係で?」
「拾っただけ。何の関わりもないよ」
「またまたぁ」
受付嬢にしては、エレに対してあそこまでグイグイ来る神官は初めて見た。
確かにエレは勇者一党の斥候だった。
だが、言っては何だが……エレは冒険者一党の中では一番目立たないのだ。
若人たちが憧れるような戦闘力を持っている訳でもなければ、
目が奪われるような煌びやかな装備を付けている訳でもない。
一番の苦労人で。
一番目立たなく。
一番泥臭い仕事を請け負っていたのがエレだ。
視覚を封じる黒布を巻いていたらそれは一応、勇者一党の
が、黒布を巻く理由は視覚を封じて、他の感覚を鋭くするためだ。街中で付けて歩く理由がない。
「本当のところは、どうなんです? あんなに必死に仲間になろうとしてるんですよ?」
すっかり調子を取り戻した様子の受付嬢の言葉に、首を少し斜めに傾けて。
「んー。嬉しいよ。素直に」
「オ!」
「俺らがやってきた長旅は無駄じゃなかったと思えて、すごく嬉しい。五年ぶりって言ってたし」
その間、ずっと頑張ってくれてたんだ。
嬉しくない訳がない。
「じゃあ、あの子は行く行くはエレさんと肩を並べて、勇者一党に入る……とか!」
「それはないかな」
とぼとぼ歩いて遠くに行くアレッタから、受付嬢へと視線を移し、いつものように笑みを浮かべる。
「その途は、あの子が幸せにはならないから」
眉を困ったように顰め、
口端は全く弧を描いてはいないけれど、
目だけは細まった顔。
世間一般的には『苦笑い』というのだろうが、エレが浮かべる表情は指を折って数えるほどしか見たことがない。
普通の顔。
そして、この笑顔。
時折困った顔を浮かべることがあるが、それはヴァンドの我儘に付き合っている時に出るくらいのもの。
「それに……俺、もうこの国から出ていくし」
「? それって……勇者一党が、ですか?」
「いいや、まぁ、なんていえばいいのかな。でも、いい話じゃないよ」
去り際に言われた言葉に受付嬢は焦ったように説明を求めようとするが、エレは足を止めずに。
「今日から三日くらいの間、新聞をよく見てみて。俺の名前、載ってるから」
サインは頼まれても受け付けないけど。
その言葉の意味を受付嬢が知るのは、明後日の出来事だった。
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