追放③
「……あ。美味いコレ。後で調理方法を聞きに行こう」
カチャカチャと料理を口に運び、食べた後はナプキンで口を抑えるようにして拭った。
給仕係が受け取りやすいように端に寄せ、ヴァンドが飲み干したジョッキも一緒にまとめておいておく。
「ここ置いておくぞ。……それももらうから、ほら」
「うぅぅぅぅ……」
エレが食べ終わる頃にはヴァンドは20杯目に到達していたし、受付に並んでいた若人の列も消え、人は疎らになっていた。
昼を過ぎ、各々が仕事に出かける時間。
こんな時間に冒険者組合に残っているのは、寝過ごした冒険者か、ただ単に食事を楽しんでいる者。
もしくは、依頼を受けずとも明日を過ごせる者くらいだ。
そんな閑散とした空間だからこそ、ヴァンドの声が良く響く。
「もぉぉぉぉぉっ!! まっじで、ふざけんなよ。あの腐れ金髪防具立てと髭ジジィがよぉ!! 赤髪ババアも仲間だ仲間!! ウンチ!! ウンチだ!! 排泄物が歩いて人間の言葉を喋ってんじゃねぇぞマジで!」
さっきまで唸っていたばかりだったのに。
「汚ぇなぁ……」
「ハァ!? 汚いだって!? お前らが食ったのが消化されて出てきたもんだろ! 腸内にこびりついてんだから、それを汚いって言ったらおめぇ……汚いじゃねぇか! なぁ!?」
もう何を言っているのか分からない。
エレは本当に、鎧を付けて「勇者一党の重装騎士様だ!」と騒ぎ立てられずによかったと安堵をした。
今は勇者の一党が休養期間を設けている。
その理由は、言わずともエレが抜けたことの後釜探しだ。
再び冒険者から引き抜くのか、それとも人員を増やすのか。王と勇者モスカで調整中なのだ。
その間、ヴァンドやルートスは自由時間とされている。
「あぁ、イヤだなぁ~……。休みが終われば、お前のいない一党で、旅にでないといけないんだろぉ?」
いい加減飲むのに飽きたのか。
まだ半分ほどは入っているジョッキを置いて、机に腕を組んでうつぶせるように姿勢を崩し、窓の向こうに顔を向けた。
「……」
組合の敷地を挟んで向こうの大通りは、人が溢れていた。
何の心配もなさそうに買い物袋を片手に歩いている。
その中には、依頼を握りしめてこれから冒険に旅立とうとしている雛鳥の姿があった。
「冒険に行くぞー! 俺が頭目だ!」
「うっさいわね! アンタより私の方が――」
「ちょっとまってよーーー!!」
ヴァンドは、小さく笑った。
「仕方ないだろ。俺は要らないとの御意向なんだから」
その言葉には、少し口を嫌そうに結んで。
「いるよ……いるに決まってんだろ」
「王に『そうあれ』と命じられたんだ。平民の俺は従うしかない」
白湯を口にしながら自嘲気味に呟く。
「口答えをするくらいの頑張りはしてるはずなんだけどな」
「まったくだな。ほんとに、そうだ」
――すみませン! あノ! えぇっト!
その時、ヴァンドの向こう側――組合の受付に誰かが並んだらしい声が聞こえた。
「……まっ、俺は正しいことをしたさ。おっ死にそうだった勇者様を抱えて帰って来たんだからな」
「それだけで王女様とお見合いをして、あの王様のことをパパって呼ぶ権利くらいもらえそうだけどな」
「今の親族に飽きたら、そうさせてもらうかな」
チラとヴァンドの顔を見る。
最後の最後まであきらめていなかったのは、ヴァンドだった。
他の二人は――……
って、もう終わった話だ。
記憶に蓋をするように、エレは話題を変えた。
「でも、新生勇者の一党かぁ。気になるな」
「なんだよぉ、もう部外者気取りか?」
「そらそうよ。部外者様だぞ。よくいる、村にいる勇者一党にやたら詳しいおじいちゃんだ」
ヴァンドが笑った。思い当たるヒトがいたのだろう。
「その部外者様の言葉だが、しっかりと護ってやれよ? 俺は、もうあの神輿を担げないからな」
「……あの防具立ても、厚化粧ビビりババアも存外重たいんだが」
「それは大変だ。でも、お前ならできるだろ。割れ物を扱う如く、慎重に慎重を期して、な?」
「魔法を使わねぇと火のつけ方も知らねぇ馬鹿二人にしちゃあ、好待遇すぎる気がするがな」
「でも、そうしなくちゃダメだ」
「俺らは消耗品――ってか?」
「あぁ」
視線を窓から外してヴァンドの方に視線を戻す。
すると、その向こう側で少女が受付の人と会話をしている姿に視線が吸い込まれるように向けられた。
――包帯だらけの男の人デ! 名前は、えっと、そノ……。
「……?」
こんな時間にやってくるということは、寝坊助の一人か。
◆◇◆
そこにいたのは、質素でも神に仕える者として最低限の装飾が施されている錫杖を片手に持っている、神官衣を黒く染めている神官。
(黒い神官服……辺境の教会から来たのか? ここらじゃ見ない恰好だ)
神官衣を黒く染めること自体「混沌の神を信仰しているのかー!!」とお怒りの言葉を言われそうなもの。
それでも許されているのは、彼女が一人の神官として自立をしていることを指しているのだろうか。
(まぁ、神官衣なんてどれも同じようなもんだ。個々人の要望で黒に染めようが、神さんはなんも言わんだろ)
大きな教会になればなるほど規律を重んじる傾向があるが、ここは最西の『旅立ちの街』だ。
ここにやってくる神官が、そうである可能性は限りなく低い。
(目立つ服を着て、仲間探し中って感じかな?)
その視線を切るようにして、暇そうに突っ立っていた給仕係にハタと手を上げた。
あせあせと駆け寄ってきた女給に「勘定」と伝えると、
「あー……ぁ、あぁっ!」
なぜか奥の方へ駆けて行った。
出した料理を覚えていないのか。
「エレ」
ヴァンドの声に、意識を戻したエレは未だにもの言いたげな瞳を見て、ため息をつきながら。
「――『良い』、『悪い』」
「?」
「その二つで割り切れるほど世界は単純じゃあない。ましてや、みんなが成功する魅力的な世界でもない。
……だからこそ、良い世界だと俺は思う。
勇者一党の付き人が失脚する世の中。言い換えれば、新しい成功者が若いのから出て、世代が回るってことだ」
「……お前はいっつも回りくどいな。つまりは?」
「俺が外れた枠に入る奴は、期待できるってこと。俺なんかより、ずっとな」
「……お前も俺も、まだ”若いの”だけどな」
「何が! 同年の奴らは子どもさえ拵えてんだ。若くはねぇーだろ」
ヴァンドとエレが顎を引いて笑った。
「……つくづく、お前はほんと何歳か分かんねぇなぁ。ガキにしか見えねぇってのに、口から出てくる言葉は大層ご立派なもんばかりで」
お前よりも強そうな金等級を何人も見たことがあるぞ――と冗談で言うのは、もはやお決まりだ。
「年齢や身長なんて気にしたことがねぇっての。ヴァンドも15歳以降は考えてないって言ってただろう?」
「そらそう。冒険者になりゃ、後は歳なんか関係ねぇ。それに、おれは数えるのが苦手なんだ」
「ん。だったらここの勘定が俺が済ましとくか」
「いいっての、やめろ。俺が誘ったんだ」
「英雄様に奢ってもらうなんてできないね」
「言っとけ――って、マジで支払うつもりかよ」
ずいと財嚢を出してきたヴァンドの手を、パチンと優しく叩く。
「奢らせろ、かつての仲間からの『続投祝』だ」
勘定を済ませながら、騒いだ詫びとして料金に上乗せして払っておく。
給仕係が目をぱちくりさせているが「受け取ってくれ」との仕草をして席を立った。
「お前はこれからどうすんだ?」
「ゆっくり、羽を伸ばすさ。ゆっくり、時間をかけて、失ったもんを取り戻していく感じで」
この十年は、俺にとって――長すぎた。
最後に笑ったエレの顔は、ヴァンドは一生忘れることはないだろう。
「じゃあな、ヴァンド。頑張れよ」
「頑張るさ、めちゃくちゃな。お前も一人で抱え込むなよ。……あと仲間だ。とりあえず、すぐに仲間をつくれ。愚痴を話せれるような。そうしないとぶっ殺す」
ビシッと指をさしてきたヴァンドに鼻で笑うと、荷物をまとめて席を立った。
すると、今度は鮮明に声が聞こえてきた。
「――エレっていう、男の人を知りませんカ!」
「え? 俺?」
思わず声を出してしまい、アッ、と口を塞ぐ。
けれど、その声はしっかりと少女の少しばかり尖った耳に届いていたようで、バッと視線が合う。
「――――――」
エレさんならあの卓で食事を取っていますが――
その受付の言葉が聞こえるよりも早く駆けだした少女は、
ヴァンドの背中を踏み、
卓の上にまで登って、
エレの胸元に飛び込んだ。
「――う、ぁ」
踏まれたヴァンドは、プギャッと吐く一歩手前のような声を上げるが、
両手を口に抑えて胃酸の逆流をなんとか防いだ。
「――っ~!!!?」
必死に吐き気を抑え込んでいる中、
踏んだ人物に対して声を荒げようとして、
その異様な光景にどぎまぎした。
「エレ! エレ〜ッ! 久しぶリ! 五年ぶりくらいかナ!」
色白の美少女神官が、仲間を押し倒しているのだ。
それも、何日も留守にしていた家の玄関を開けた時に襲い掛かってくる愛犬のような様子で。
荒い鼻息、
もがこうとするエレの足に足を絡ませ、
頭二つほど大きいエレを完全に抑え込んでいる。
いや、エレならば押しのけることが可能であったはずだが、突然のことで呆気にとられているのだろう。
どうであれ、ヴァンドにとっては羨ましい光景に違いはない。
「おまっ、エレ! 人には彼女がどうとか、こうとか言ってた癖に!! そんなべっぴんな少女を誑かしてたんだなッ!? 許さねぇぞお前、許されねぇぞテメェ!」
ヴァンドの声にもエレは反応することはできなかった。
それはそうだ。
だって、こんなお人形のような少女に面識はない。
若くして白色がほとんどを占める頭髪には、綺麗なマリーゴールドが入っている。
手首にはぐるりと包帯が巻かれており、蜜柑色の瞳は潤んで輝いている。
が、目立つ所と言ったらそれくらいで他は色白の、ただ垢ぬけない少女だ。
少女側は知っているような素ぶりをしている。
以前助けたのだろうか。
勇者一党として活動をしていたのだから、助けてきた村人や冒険者は星の数ほどいる。
その中の一人だろうか?
「エレ、ワタシのこと覚えてなイ……?」
村をその日限りの宿にしていた時に話をした少女か。
教会がある村は少なかったとはいえ、その分一箇所一箇所にいた神官はそれなりの数に上る。
白髪の神官。
五年ぶりと言っていたから、いつの時くらいを指すのだろうか。
混乱した頭の中、綺麗な顔を目の前にして導き出した結果は――
「うん。すまん、誰だ?」
――なんとも、失礼な返答だった。
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