約束
空木トウマ
第1話
受話器を置いた時、僕の感情は非常に高ぶっていた。ガッツポーズを握り、「やった、やったぞ」と空に向って叫び出したい程だった。
その理由は好きな女の子とのデートの約束にこぎつけたからだった。
ここにくるまでは長い道のりだった。おおげさに思われるかもしれないが本当にそうだったのだ。
その日、僕は自転車に乗って神社まで来ていた。別に神様にお祈りするのが目的だったというわけではない。目的は電話、公衆電話を使うためだ。中学生の頃の話で携帯電話もなかった。
デートに誘う電話を家からなんて出来るわけがない。父、母、兄、弟が僕の「あら」を探そうと虎視眈々と狙っている。
住んでいる街の公衆電話は駄目だ。もし万が一、クラスメイトに見つかって何を言われるか分からない。今思い返すとそんな事あるわけないと思うのだが、純粋な中学生男子だった僕はそこまで思いつめていたのだ。
そしてめぐりめぐって2つ隣の街の神社にまでやってきたのだ。ここなら誰も見てないだろう。
時刻は3時30分。
よし、今なら彼女も家にいて、漫画でも読んでいるはずだ。なぜなら僕がそうだからだ。全く思い込みというのは怖いものである。他の可能性を無理やりに消しているのだから。
周囲をきょろきょろと12回(はっきり覚えている)見回し、お祈りに来たお婆さんと、ランニングの途中だったおじさんしかいない事を確認してから、僕は公衆電話の中に入った。
「いくぞ!」と気合を入れた僕は番号を押す…。その手はぶるぶると震えている。いかん。勇気を出すんだ!僕はもう一度挑戦する。だがまたしても失敗。くそう右手の馬鹿!
30分程そんな事を繰り返していた。何もしてないのにぐったりと疲れてしまった。
もう帰ろうかと弱気の虫が顔を出す。だけど何かが僕の背中をポン、と押した。今電話しないでどうするんだ?と自分の心の中からの声が聞こえてきたようだった。
そこからは一気にいけた。僕はためらう事なく番号を押していく。
「はい?」
電話に出た声からすると彼女のようだった。
家族が出たらどうしようかと不安だった僕は少しほっとしながら、それでも喉をからっからにしめらせながら話し始める。
「あ…あの、俺…」
「ああ~。どうしたの?」
いつもと変わらない屈託のない声で彼女が話す。
そこからはもう無我夢中だった。話すのは苦手ではなかったが、この時は勝手が違った。単純に映画を見に行こう、と言うだけなのにこんなに難しいとは思わなかった。アクセントやイントネーションが、自分でも何を言ってるんだろうと思うくらいちぐはぐだった。
だがそれでも彼女は僕の言う事をじっと聞いてくれていた。いや、というか僕が早口で話していただけかもしれないが。
「うん、いいよ」
彼女はあっさりとOKしてくれた。
「え?ホント?」
「嘘言ってもしょうがないし」と彼女が笑った。
「そ…そうだね」
僕も笑った。
来週の日曜日、駅で待ち合わせという事で話しは決まり電話を切った。耳にはまだ彼女の声が残っているようだった。
それから一週間、僕はわくわくしっぱなしだった。あんなに日曜日が待ち遠しい事はなかった。素敵な約束が先にあると人生は間違いなく楽しくなる。
そう確信できた日だった。
約束 空木トウマ @TOMA_U
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます