第181話 無慈悲な雨

 我はその日のうちに王国へ到着し、Sクラスの奴らに誤魔化しながらもユウキの現状について語った。

 だが、1年という月日は短いようで長く、我が隠し事をしているということに彼らは気づいていたようだった。

 しかし、何も言わずに我の言葉に従ってくれた。

 信用してくれているのだ。


 いつか、このことを話そう。

 我はそう心に誓ったのだ。


 そして、ユウキの行方を探すべく王国を飛び出して数分後。

 南東方面にとてつもない魔力を感知出来た。

 それは感じたことある魔力であった。


「闇の八源厄災…!そこで何をしておるんじゃ…!」


 我の思考に一瞬、嫌な予感が通り過ぎた。

 だが、我はその思考を振り払い、未だかつて無い速度で魔力が感知された場所へ向かうのだった。


 ―――


「ふぅ、こんなもんかなぁ」


 森に立てられた柵の中には耕された土があり、そこにはグライドが桑を杖替わりにしてもたれかかっていた。


「………」


「ん…?なんだ?」


 不快感を感じる気配を近くに察知したグライドは警戒態勢に入る。


 だが、そこはエリーゼの幻惑魔法で保護された領域。

 16年もの間に何も無かった、という事実がグライドの行動を1歩遅らした。


「死ネ」


「くっ…!?」


 静寂に包まれた森の中に爆発音が木霊する。

 爆発に巻き込まれた畑の柵や木々はボロボロと崩れ落ちていた。


「…侵入者か。悪いな…、ここから出ていってもらうぜ」


 だが、グライドはかすり傷は受けているものの、致命的なダメージは受けていなかった。

 かつて彼は王国の騎士団長であり、思考が一瞬遅れた程度では致命傷を与えることが出来ない。

 その事はもよく知っている。


「死…ネ」


「お、お前は…。ユウキ!?何故攻撃するんだ!」


 いく千もの戦場を想定して訓練してきたグライドであったが、この状況には到底理解が出来ずに困惑していた。


 だが、そんなグライドに無表情でユウキは魔法を放つ。

 感情の籠っていないその表情からは彼がなぜこの行動をとっているのか、読み取れない。


「なぜ攻撃をする!?忘れたのか?」


「死…」


 ユウキの腕から高速で放たれるその闇色の斬撃をグライドは己の身体能力だけで避けていく。

 だが、八源厄災をも圧倒するその斬撃を完璧に良けれるはずもなく、傷は次第に増えていく。


「クソッ!」


 目の前にはかつての友人がいる。

 だが、その友人は自分に殺意を向けて魔法を放ってくる。

 そして、グライドは1つの答えを見出す。


「――殺らなければ殺られる」


 斬撃の合間を縫って、ユウキに接近するグライド。

 その集中力は凄まじく、かすり傷を負うこともない。


「ふぅっ…」


 手に持っていた桑を大上段から振り下ろす。

 その一撃には魔力は乗っていない。


 だが、その一撃は王国騎士団長へ上り詰めた者の一撃。


断斬だんざん


「ダメッ!!!」


 ユウキの脳天へ当たる直前、声が響く。

 その声はエリーゼのものであった。

 その声でグライドは後方にステップで退き、体勢を立て直す。


「幻惑魔法:誘幻之楽結界ゆうげんのしんけっかい


「エリーゼ!大丈夫か?」


「えぇ、大丈夫。それよりも…」


 ユウキはエリーゼの魔法にて紫色の雲のようなモヤモヤに包まれてその場から動かなくなった。


 幻惑魔法:誘幻之楽結界とは対象に楽しかった思い出を強制的に魅せる魔法であり、更に紫色の雲のようなモヤモヤの外には結界が張ってあり、内側からの攻撃を無効化させる魔法である。


「何故、ユウキが…」


「分からない…。だが、俺の知っているユウキではなかった気がする。何かに操られているような…」


 パキパキッ。


 グライドのハッキリとはしない言葉は言い終わることなく、エリーゼの魔法の結界はひび割れていく。


「私の魔法が!」


 エリーゼはその魔法を自慢することは無かったが、絶対の自信を持っていた。

 戦争時、彼女を幻惑魔法が使えるという理由だけで徴兵をさせたということを思い返しても、彼女の魔法は自他共に認めるほどに強力な魔法なのだ。

 それが、対象を数秒停止させただけという事実にエリーゼは驚愕する。


「なにか来る!!俺の後ろにッ!!」


 ユウキは魔力を溜めることなく、膨大な魔力を孕んだ闇色の弾を腕から射出する。


 だが、その弾を目の前にした瞬間にグライドは察する。

 この魔力の塊はこの世の理を超えた力なのだと。


 ――そして、人間では抗えぬと。


 だが、その魔力の塊がグライドに到達するよりも先にグライドの目の前に結界が出現する。

 その結界はいとも簡単に闇色の弾を無効化させた。


 そして、雨のように上空から水の玉が降ってくる。

 その速度は人間では認識出来ない。

 水の玉は更に速度を増して降り続けた。


「何をやってるんだ!お前はッ!!!」


 突然の怒号にグライドとエリーゼは上空を見上げる。

 そこにはノアが鬼の形相で叫んでいた。


 そして、最後に大粒の雨が降り注ぐ。

 その雨には慈悲はなく、ただ対象に穴を開け蜂の巣にするという意志を持った凶器となった。


「大、丈夫?」


 そっとノアは地上におりてきて、とても優しく静かな声でグライドに話しかけた。


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