第144話 零主還藤
S階級冒険者になるには、それ相応の功績を残さないといけない。
例えば、国の危機を救ったり、海にいる巨大な魔物を倒したり…、言わば書籍に残るような伝説を残せばいいのだ。
この男、リンジェフ・サイバーは10年前にS階級冒険者となった。
その時に残した伝説は「ドラゴンの首を1太刀で切断した」というあまりにも荒唐無稽な話であった。
だが、実際にリンジェフは切断したドラゴンの首をギルドに持ち込んでいたのである。
こうしてリンジェフは人々に「剣豪」と呼ばれ、同時にリンジェフの愛用する剣は「
「で、それが例の悉漆一閃…、悉くを一閃する剣、って訳か」
「あぁ、そうだぜ。これには俺の愛が籠っている」
その等身は全てを飲み込むような黒で染め上がっている。
「さぁ、ダラダラと話すもの楽しいが戦いをしよう」
「あぁ、そうだな」
俺は剣を構えて、闇魔法を付与する。
ダーグの技、借りるぜ。
「
俺は駆け出し、リンジェフに向けて剣を振りかざす。
ギンッ!
「はぁ?!」
「ははっ、剣の強度が足りなかったか」
俺の闇を纏った剣はリンジェフの剣に折られてしまう。
俺の視界の端には剣を振り下ろすリンジェフが映る。
(不味い。こんなところで終わるなんてのはあってはならない)
「がぁぁぁぁあ!!!」
「おいおい、まじかよ」
俺の左腕から強烈な痛みが全身を駆け巡る。
手先の感覚が無となり、左手を見ると腕からは手が切断されていた。
(予想はして、覚悟は決めたがやはり痛いものは痛い…な。だが、あのままでは体を斬られていたのは間違いない。左手だけで済んだことに感謝だな)
「はぁ…はぁ…」
「満身創痍じゃねえか。易々と自分の腕を差し出せる覚悟は流石だが、やはり俺の期待外れだったか」
「…あ?」
「怒ったか?だが、事実だ。お前さんは真の強者には勝てない」
その時、俺の中の何かがブチッと切れる音がした。
―――
私の目の前にいるのは満身創痍の少年。
だが、私の煽りでその少年の辺りを漂う気配がドス黒く変貌を遂げる。
(これが…、ドバイザン・クルームの時にも見せた殺気…。やはりただ者では無い)
私がその少年の様子を観察していると、少年はいきなり大声で叫んだ。
「フェルーー!!!!!」
その声がコロシアムに響き渡った瞬間、舞台上を覆うような分厚い結界魔法が展開した。
「…なんだ…?」
「済まない。俺自身じゃ手加減できないから結界を張ってもらった。俺が有利になったりお前が不利になるような代物ではないから安心してくれ」
下を俯いたまま、左手から血を流したまま少年はそう呟いた。
王戦祭のスタッフも駆け寄ってくるが、この結界内には侵入は出来ないようだ。
「どういう意味だ?」
「…俺の同郷の者が作った剣だ」
そう言って空間収納から取りだしたのはその少年にも引けを取らないほどの大剣であった。大剣であるはずなのだが、等身は細い。
その異質さと少年の変わりように私は不気味さを感じる。
「…
「…妖刀」
「あぁ。最初から零主還藤を使っていればよかった」
少年の予備動作が何も無い、ただの振り下ろしを行う。
刀身が明らかに届いておらず、なんの意味のない行動だ。
だが、その行動に謎の危機感を覚え、回避を選択する。
スパッ。
「…!?」
先程までいた場所がコロシアムの石畳すらも野菜のように斬られ、地面までえぐれていた。
「…そう来なくちゃなぁ!!」
俺の心は既に目の前にいる、同等の存在へと惹かれていた。
最近の王戦祭は私より実力が上の者が居ないつまらないものだった。
だが、やっと現れた。
俺の脅威になる存在が!
(…心が熱くなっても思考は常に冷静に…。あの少年は魔力を吸う妖刀と言った。ならば持久戦に持ち込みたいが、あの妖刀を手前にして持久戦は無理に等しい。恐らくあの妖刀は斬撃を一瞬のうちに飛ばしているから、最悪少年がその場から動かなくても攻撃が可能となっている。だから、短期決戦に持ち込みたいが、あの斬撃の射程…、近寄るのは無謀。ふむ…、弱点はほぼないと見えるな…、ならば何とかあの攻撃を避けながら、近づくしか道は無さそうだ)
時間にして数秒の思考の中、自身の考えを纏めたところで、リンジェフの意識は戦いに引き戻される。
「…こんな戦いは久しぶりだ!楽しいなぁ!」
俺はそう言って駆け出す。距離にして数十メートル。
5秒もあれば近寄れる距離だ。
幸い、あの少年はいまだ剣を振り下ろしたままで動く気配がない。
「…一瞬で終わらせる」
その声が結界内に響き渡った。気配は更に黒く、殺気が増していく。
私はその時、恐怖した。
目の前にいる少年に。
「
少年がその妖刀を鞘に納める。
「くっ、来る!」
俺は思わず悉漆一閃を縦に構えて防御をする。
気がつくと、俺の視界は何故か、時間がゆっくりと流れていた。
その少年の動作が、コマ送りとなり抜刀の瞬間、キラリと太陽に反射した光が見えた。
その一コマ後、私の目の前で構えた悉漆一閃は横に斬られて真っ二つになっていた。
「はぁ…はぁ…。俺は…生きてる、のか」
いきなり世界が等倍で進み始める。地面には綺麗に斬られた悉漆一閃がある。
俺の体の中でドクドクと心拍数が上がった心臓がその状況を理解出来ずにパニックになっているのが分かった。
「…降参だ。悉漆一閃を斬られたらもう勝ち目はない」
俺の口からは自然とその言葉が零れていた。
その言葉を聞いた司会が拡声魔法を使う。
「勝者!ノア!!またしても最強を打ち破ったのはノアだぁぁあ!!!」
大歓声がコロシアムを支配する。
その声を聞いたか否か、少年はその場にバタリと倒れてしまった。
「…俺はまだまだのようだな」
呆れかけていた人生に一筋の光が差し込んだかのように新たな目標が出来てリンジェフ・サイバーは防衛は失敗したが、嬉しい気持ちでいっぱいであった。
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