第137話 殺気

 この俺を突き刺すような鋭い視線…、このトバイザンとかいう男、俺を殺すつもりで来るらしい。

 隠そうともしない殺気で、危険を感じたのか司会は始まりの合図を出すとすぐさま舞台から下がった。


「まずは1発殴る」


 そうボソッと独り言を呟いたトバイザンは、その巨体からは到底出せるはずのないスピードで迫ってきた。


 そして、その拳は先程、俺の居たところに繰り出されて、風圧と共に衝撃が後方に退いた俺に届く。


「速いな。だが、反撃も出来たはずだ。何故しない?」


「…お前はチャンピオンだ。つまり名の通り「最強」なんだろ?そいつを俺がワンパンで沈めたらどうなる。観客が楽しめないだろ」


 俺の性にあわない煽りをかましてみる。

 これで挑発に乗ったら儲けもんだし、やっとくだけ煽り得だろう。


「挑発か…」


 流石にこんな見え見えな挑発には乗ってこないか。


 さて、次はどうす…。


「何故俺が防衛を何年も出来てるか分かるか?」


「…!?」


 目の前にいたドバイザンが消えた…?

 何故、何処に?


「それはどんな攻撃をも跳ね返してきたからだ」


「上かッ!」


 身体強化:土を発動して咄嗟に防御体制に入る。


「そうすると思ったぞ!」


 だが、俺の予想とは反して上空からのパンチではなく、蹴りが腹目掛けて飛んできた。


 くっ、痛てぇ…。


 俺は顔を痛みに歪めながらも、立ち上がる。


(…あばらが数本折れたか。属性身体強化:土は身体の防御値をあげることに特化した魔法だから、ギリギリ耐えてたってところか。しかし、あの不安定な体勢からの蹴りがここまで致命的なダメージがあるとは…)


 この格闘部門で使えるのは身体強化の魔法だけであり、自身を回復魔法で治癒することは出来ない。


「あの時感じた恐怖も、この結果を見れば俺の勘違いだったと証明出来たな」


 そして、俺の意識が一瞬、ドバイザンからそれた瞬間に2度目の蹴りが飛んできた。

 今度は正真正銘、踏ん張りが効くS階級冒険者の重い一撃だった。


 ―――


 その日、使用人たちはフルティエを残し総出でノアの応援をするためにコロシアムの観客席にいた。


 フルティエは最初の使用人であり、今では皆をまとめる存在であるため、豪邸で留守番をしている。


 そんな使用人たちはノアの怒涛の連戦に湧いていたが、ドバイザン戦のノアの劣勢にそれぞれが不安を抱いていた。


「の、ノア様っ…!」


 ドバイザンの蹴りをまともに食らったノアに対して、不安を抱く。

 ドバイザンがS階級冒険者であることもそうなのだが、格闘部門では死傷者が出ることもある、という情報を耳に入れてしまったため、余計にチェリアは心配していた。


「大丈夫ですよ…。信じて…。くぅ…ノア様…」


 チェリアにそう言うが、言葉と言動が一致していないシェーリンに対して逆に冷静になってしまうチェリア。


 そんな中、トバイザンがダウンしてるノアに追撃を行う。

 その追撃は誰が見ても過剰だと思ってしまう程の攻撃であった。


「あ、あいつ…!」


「落ち着け、ノアの異常さを知らない訳じゃないじゃろ」


「ですが…」


 するとその時、ドバイザンがいきなり吹き飛ばされて状況は変化していく。


 ―――


「いてぇよ」


 俺の何回目か分からない蹴りが炸裂する直前、ノアがそう呟いた。

 その声には感情が乗っていなく、どこか不気味さを感じさせる声だった。


「…!?」


 その声がしたと同時に、俺の体は何故か後方に吹き飛ばされる。


「全身いてぇ…油断した」


 先程までのあの少年とは思えないほどに、冷酷な目をしており、S階級冒険者の俺でさえそれに恐怖という感情を抱いてしまった。


(チッ、なんだコイツ。なにか異質だ。他の人間とは何かが違う…)


「人格でも入れ替わったか?」


「はぁ?何言ってるんだ?」


 あまりの変貌の様に俺は意味のわからない質問をしてしまった。それ程に異質なのだ。


「だが、どうなろうが一緒だ」


 そうだ、コイツは俺にボコボコにされてたんだ。

 反撃など有り得るはずがない。


「それはどうだろうな」


 突然その少年から何かどす黒いオーラが発せられる。


 俺はなにか昔、その気配に覚えがあった…。


 そうだ…、これは久しく忘れていた…。

 魔物相手も人間相手もしょうもないやつと戦って、ずっとぬるま湯に浸かっていたんだ。


 思い出した。


 この気配の正体は。


「ここからは俺のターンだ」


 殺気だ。


 ―――


 属性身体強化というのはそれらの属性の特徴をステータスに反映させて身体強化の魔法以上に効果を得られるという魔法だ。


 そう、「魔法」なのである。


 だから、この魔法も。


「二重詠唱、属性身体強化:風・水」


 二重詠唱が出来るのだ。

 そして、水の方は自身のスキル「紫瀾洶湧」が後乗りで強化される。


 俺の周りを包むように無数の嵐と水玉が浮遊している。


「なっ、それは魔法だろうがよ!」


「いや、違う。これは属性身体強化の魔法の一種の到達点。つまり元を辿ればただの身体強化の魔法だ」


「くっ!舐めやがってッ!」


 半ばやけくそであろうその一撃を丁寧に躱して、すれ違いざまに一撃を食らわす。


「ぐぅっ!クソッ!!」


 痛みで正確に狙えなくなったその反撃の拳を下からの突き上げでへし折る。

 その後、腕を抑えて後方へ退こうとするドバイザンの腹へと一撃。


「がぁっはっ……」


 ドバイザンはその一撃が致命的となり、意識が飛んで地面に倒れ伏せる。


 格闘部門最強が、あっさり倒されてしまった為、観客や司会が驚きのあまり固まってしまうが、その事実が後々脳が処理を行い、観客の声は次第に戻ってくる。


「勝者!ノア!!!格闘部門最強はノアだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 復活した司会がそう叫ぶと、コロシアムは今日1番の熱狂に包まれたのだった。

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