第308話「一つ屋根の下にて」

「ねぇっ、マネージャー!あたしの靴下片方ないんだけど」



「ええっ?靴下類は全員分まとめてそっちの箱に入れてるっすよ」



早朝、「そばとうどん(仮)」の寮ではのえるの非常識に馬鹿でかい怒号が響いていた。



「だからないって言ってるでしょ!はぁっ、さてはあんた、片方盗んで「くんかくんか」吸ってるんじゃないでしょーね」



朝食の味噌汁を作る笹島の手がピキっと止まった。



「はっ、シン・ヲタクを見くびらないで欲しいっすね。んな度胸あるならそんな小物じゃ満たされないっすよ。どうせならブラやパン……ぐはぁっ!!?」



「さいっっっっっっってー!!!キモいキモいキモ過ぎ!信じらんない!早く絶滅して」



「あたっ!」



洗濯物の入った籠を投げつけられ、笹島はバランスを失い土間に転がった。

その頭に先ほどまで持っていたおたまが当たる。


すると、奥の方から涼しげな着流しを纏った鳴が暖簾を軽く持ち上げ、顔を覗かせた。



「取り込み中すまない。これが私の洗濯物に紛れていたが、のえる。貴方のではないか?」



鳴の手には白いシンプルなソックスがあった。

ゴムのあたりに「のえる」とサインペンで記載がある。

するとのえるの顔から瞬時に怒気が拭われた。



「あっ、そうよ。それよ。あたしので間違いないわ。ありがとう。ずっと探していたの」



「そうか。ではこれを。それからのえる。下履き類はどれも似たようなものばかりだ。間違える事もある。まだ着任したばかりの笹島殿をそう矢継ぎ早に責めるものではない。それが嫌なら自分でどうにかするのだな」



「………わかったわよ。悪かったわね。マネージャー」



「あ、いえ。こっちこそ。次からは気をつけるっす」



鳴に言われると、のえるも大人しくなるしかないようで、肩を縮めて謝ってきた。

その時だった。



「あーっ、マネージャーさん!お味噌汁が吹きこぼれているよぅ」



「わわっ、そうだった。忘れてたっす。あっちぃ!」



今まで口を挟まず、一緒に調理をしていた花梨が声を上げた。

見ると鍋から沸騰した味噌汁が吹きこぼれている。


慌てて笹島が駆け寄るが、煮立った味噌汁がモロに手に掛かってしまう。



「もう、何やってんのよ。マネージャー。早くこっちで冷やしなさいよ」



「大丈夫ー?マネージャーさん。後は私が作るからマネージャーさんは手を冷やしててね」



「あぅー。申し訳ないっす」



熱を帯びた腕を冷水に浸しながら、笹島は花梨に軽く頭を下げる。


笹島がこの合宿所のような寮に入ってから三日が経った。

当然のえるは反発した。

今でもそれは変わらない。


しかし他のメンバーはのえる程の反発はなく、むしろ協力的といえるのは幸いだった。


笹島のやる事は多岐に渡る。

日常の家事全般に本来のマネジメント業務の二刀流で毎日が戦争のように忙しい。



「笹島さん、支倉先生が打ち合わせしたいって来てますよ」



そこに朝のランニングを終えたらしい紗里がタオルで顔の汗を拭いながら入ってきた。



「ふぇ?もうっすか。まだ朝食すら出来てないのに」



「大丈夫ですよ。私も手伝うんで。のえるは早く着替えて来なよ。そんなキャミソ姿で先生に会うつもり?」



「だって、あたしの靴下がなかったから…」



「んな今更ガキの下着見て興奮しねーよ。つか、意外にも仲良くやってるようじゃん」



その時、支倉翔が暖簾から顔を覗かせ入ってきた。



「きっ…着替えてきます!」



のえるは両手で胸の辺りを隠しながら慌てて階段を駆け上がって行った。







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