第302話「そばとうどん(仮)」

支倉翔のいるスタジオは港区にある。


昔は有名なアーティストが使っていたという事で有名なスタジオだ。


そこに睦月は車を乗り入れると、綺麗なハンドル捌きで駐車した。


まさか睦月が自ら車の運転をするとは思わなかった笹島だが、彼は笹島よりも運転が丁寧で上手かった。


車を降りて、睦月の後について進むと、睦月はカードキーのようなものを戸口のリーダーに読み込ませる。


すると赤いランプが緑に切り替わった。



「さぁ、入って」



「う…うっす」



笹島は緊張した面持ちで緩いスロープを降って行く。

突き当たりに重厚な扉があり、睦月はノックもせずに扉を開けた。



「こんにちはー。支倉センセ。来たよ♡」



慌てて笹島も睦月と一緒に中に入る。

薄暗い室内はかなり広く、奥の方でマルチタスクのモニターを眺めながら、作業をしている翔らしき人物が何とか判別出来た。



「おー、睦月来たんだ。あれ、そっちのはササニシキか?どうしたんだよ」



「蓮さん。その…どもっす」



翔は嬉しそうにこちらへ駆け寄ってきた。



「笹島くん、残りのメンバーと会いたいんだって。だから連れてきたよ」



睦月はにこやかに笹島の肩に手を置く。

男だとわかっていても、何故か落ち着かない。



「そっか。睦月、中々気が利くじゃねーの。ササニシキもよく来たな。ちょうどあいつらのシゴキが終わったとこだ。顔見てけ」



そう言って翔は更に奥の部屋へ二人を案内する。



「開けるぞー。おい、お前らのマネージャーが来たぞ。笹島耕平くんだ。喜べ。希望通りの若い男だ」



翔がドアを開けると、そこには四人の女の子たちがいて、それぞれ口に割り箸をくわえて発声練習をしている最中だった。


皆、ノーメイクにTシャツにハーフパンツのラフなスタイルだが、笹島には光り輝いて見える。


その中で一番に反応したのは、最初に会った司馬のえるだった。

金髪を後ろで束ねたのえるは、笹島を一目見た瞬間、盛大に顔を顰めた。



「げーっ。こないだのアフロじゃん。何でここまで来んのよ」



「ばーか。お前らのマネージャーだからに決まってんだろが。何軽口きいてんだよ」



すかさず翔がのえるを窘める。

のえるはまだ不服そうに唇を噛んでいたが、すぐに奥へ引っ込んだ。


一応翔の言う事はきくようだ。

やがて翔は残りの三人を手招きで引き寄せると、笹島に向き直った。



「ササニシキ、改めて紹介するな。こっちのピンク髪の小さいのが常盤花梨ときわかりん。十六歳。最年少」



そう言って前に出されたのは、ツインテールにした淡いピンクの髪が印象的な女の子だった。



「やっほー。花梨だよ♡新しいマネージャーさん。これから仲良くしてネ、ぎゃるぴ♡」



「は?はぁ。ど…ども。よろしくお願いしますっす」



すると何か不満だったのか、花梨は笹島に更に詰め寄り、ピースを強要してきた。



「ぎゃるぴ♡」



「うぐっ……こ…こうっすか?ギャルピー☆」



かなりぎこちないギャルピーで対応した。

花梨はそれでも嬉しそうに手を叩いてその場をピョンピョン飛び跳ねた。



「やったー!新マネさんのぎゃるぴ、げっちゅー」



「相手するの疲れるし、殴って黙らせたくなるのは十分わかるが、まぁ、コイツは適当に合わせてやりゃなんとか制御出来るヤツだから」



「いや、そんな事全然思ってないですって!



どちらかというと、花梨のような女の子は笹島の好みの範疇でかなり可愛い。

しかし翔は心底嫌そうな顔をしている。



「次いくぞ。そっちの一番背が高いのが秋月鳴。十七歳。こいつは名門校通いながら活動している。一応学校からは許可もらってはいるが、たまにいない事もあるんで、そこら辺の確認やフォローは頼むな」



確か睦月の話によると、彼女は睦月の妹のはずだ。

試しにチラリと睦月の方を見たが、彼は話に入ってこようとはせず、ただ穏やかな笑みを浮かべているだけだ。


やはり二人が兄妹だという事は秘密らしい。

仕方なく笹島は鳴と向き合った。


冬の湖を思わせる凛とした少女だった。

少女というよりは、凛々しい若武者というイメージだ。


鳴は笹島の目を真っ向から捉えると、そのまま視線を逸らす事なく低い声で挨拶した。



「秋月鳴です。私はあなたの力を必要としていないが、他のメンバーの助力になるなら受け入れます」



何となく仕方ないからそこに存在を許す的な物言いである。


しかしそこでヘコんでいても仕方ない。

元々彼女たちには歓迎されてない事はわかっていたのだ。



「あの、よろしくお願いします」




年下の女の子相手に笹島は深々と頭を下げた。



「なんなのよそれ。ウチだって必要じゃないし。こんなアフロ人間」



すぐにのえるが口を挟んできた。



「お前はすぐそうやって面倒くせー事言う。で、最後のメンバーが…」



そう言って翔は最後に残されたもう一人のメンバーを見た。



「英紗里です!よ……ヨロシクオネガイします!」



何故かやけにカチカチな少年のような女の子が前に出て来て手を差し出してきた。


挙動不審なのは緊張しているからかもしれないが、先程からチラチラと睦月の方ばかり見ているのも気になる。



「よろしくお願いしますっ」



笹島は戸惑いながらもその手を握り返した。



「これに最初に会わせたこののえると、期間限定のサポートメンバーとして睦月が入って「そばとうどん(仮)」。しかしこのクソだせぇ名前、早く正式なヤツ決めろよ」



「えー、いいじゃん。コレで」



「そーだよ。かーいーじゃん」



少女たちが口々に騒ぎ出す。

もう学校の教室のようなノリだ。



「あー、うっせ!おい、ササニシキ。僕はちょっと外行くから、しばらくコイツらと話してみろ」



翔は乱暴に頭をガシガシ掻きながら、ジャケットとスマホを手に出て行こうとする。




「いやちょっ…待ってくださいよ。後は若い者同士でみたいなヤツやめてー!」




笹島の悲痛な叫びと同時に扉は閉まった。


背後からの圧がすごい。

笹島の後には引けない戦いが始まろうとしていた。















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