第299話「五人目のサポートメンバー」
「いつも応援してくれる皆さまへ。
本日、トロピカルエース所属、永瀬みなみは兼ねてよりお付き合いしていた一般の男性と結婚した事をお知らせします」
「速報。トロピカルエースの永瀬みなみ、一般男性と結婚」
事務所の公式発表と、SNSに挙げられたニュースはあっという間にその日のトレンドを染め上げた。
人気絶頂期でのメンバー二人目の結婚ともあり、ネット界隈は大いに揺れた。
そしてそのニュースから一夜明けた今も、ネットだけに留まらず、テレビでも盛んにそのニュースは繰り返し放送された。
更にみなみの結婚相手の予想をAIを使って具現化されたりと、夕陽としては戦々恐々とした思いで見ていた。
社内でも朝から佐久間がその話題で騒いでいたので、夕陽はその場から逃れるように会社の屋上に来ていた。
色々と騒がれているこの状態がどうも落ち着かない。
しかしその裏で当事者のニュースでありながらも、他人事みたいな感じで全く実感がなかった。
婚姻届は昨日早朝に二人で提出した。
それすらもフワフワした感覚で、あまり記憶にすら残っていない。
とにかく、昨日から自分は法律的に永瀬みなみの夫となったのだ。
そして結婚式は週末に行われる。
「……まだ全然実感湧かないんだよな」
左手の薬指にはシンプルな指輪が光っている。
これも前に二人で選んだものだ。
みなみは仕事柄、これを日常的につける事はないので自分だけがつけているのだが、夕陽は普段アクセサリーの類をつけないので、まだ違和感がある。
「ふぅ。早く落ち着きたいなぁ」
みなみは結婚後も仕事を続けるという。
それは夕陽も賛成した。
結婚を理由にそれまでの日常や生活を諦めたりして欲しくない。
しかし世間はどうなのだろう。
ネットの中にはみなみの結婚を祝福する声がある中、批判的な声も多くある。
全ての人間が自分に好意的なわけではないのだから仕方ない。
でもやはり全く気にならないわけではない。
その矢面に立つのは自分ではなく、みなみだという事も申し訳なく思ってた。
その時、ジャケットの内ポケットに入れたスマホが震えた。
メッセージではなく通話だった。
相手は笹島だ。
夕陽はすぐに応じた。
「笹島か?どうした」
「あー、夕陽。見たよ。結婚おめでとう」
すぐに笹島の能天気な声が聞こえてきた。
夕陽は薄く笑みを浮かべる。
「ありがとう。週末は来られるのか?」
「それは大丈夫。仕事は色々あって来週からになったんだよ。でさ、実家も出る事になったんだ」
「そうか…。新居はもう決まってるのか?」
「うん。まぁ…。何か下宿みたいな寮みたいな」
「へぇ。それって会社で用意されたシェアハウスみたいな形態の家って事か?」
「うーん。そんなオシャレなもんじゃないよ。まぁ、詳しくは落ち着いたら話すよ」
笹島はやけに歯切れの悪い言い方をする。
多少引っ掛かりは覚えるが、まだ始まったばかりの仕事なので、あまり踏み込まない方がいいかもしれない。
「そっか。わかった。俺の方も落ち着いたら色々話そうぜ」
「おぅ。了解。じゃ、週末にな。俺、これから担当する新メンバーの一人に会う予定なんだよ」
どうやら笹島はこれから担当するアイドルに会うようだ。
一体どんなグループなのだろうか。
乙女乃怜との事はどうなったのだろう。
それもいつか話してくれるかもしれない。
夕陽は通話を終了し、再び社に戻った。
その頃、笹島は再び「そばとうどん」メンバーの住む日本家屋に来ていた。
「あんたがマネージャーさん?」
「はい…っす。……ってあれ、睦月ちゃん?」
屋敷の玄関口で肉まんを頬張っている小柄な少女を見つけ、笹島は足を止めた。
それはトロピカルエースの所属する同じ事務所所属のアイドル歌手、睦月だった。
緩くウェーヴがかかった髪は腰まで届く程長く、小降りな顔に大きな瞳、桜色の柔らかそうな唇が印象的だった。
まさに人形のような美しさの少女だ。
彼女とは少しだけ面識がある笹島は驚いた顔で睦月を見つめた。
「どうもー。支倉センセに引き抜かれて期間限定移籍してきた新メンバーの睦月です」
「えぇー?ど…どういう事?睦月ちゃん、この資料にいたっけ?」
笹島は改めて資料に目を通す。
すると形の良い細い指先が資料の端を示す。
「and moreっての、そこ僕ね」
「じゃあそばうどんって5人組編成になるんすか?」
「正式にはサポートみたいな感じだから、ずっとじゃないよ。この枠は変動するらしい。支倉センセの匙加減で色々な人が入るらしいね。今回は僕って事で」
「へぇ、なるほど…」
この面子の中での睦月の存在はかなりクォリティが高める事になるだろう。
想像するだけでアイドルファンの心を甘く擽るものがある。
しかしそんな笹島に睦月はこの後、とんでもない発言をする。
「いやぁ、僕ね実は男なんだよね。で、マネージャーさんにはそれを知って期間内に他のメンバーにバレる事なくサポートしてほしいんだ」
「うぇぇっ?」
笹島は思わず飛び上がり、その後更に苦悶する事になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます