第294話「特別編・ハッピーエンドのその後」
「ねぇ、蓮。私たち本当に今、付き合ってんだよね?」
自宅地下にあるプライベートスタジオで黙々と作業をしている翔に陽菜はソファに寝そべり、肘をつく格好で話しかける。
「んー。何、退屈なの?別に先に寝ててもいいぜ」
作業中の翔はヘッドホンを片方だけずらして、優しく笑いかける。
陽菜は彼の浮かべる「微笑」が好きだった。
線の細い美少女のような顔立ちをしているが、結構口が悪いところも好きだ。
もうはっきり言うと彼の好きなところだけではなく、嫌なところもひっくるめて全部好きなのだ。
その彼はアーティストであり、クリエイターでもあるので毎日多忙を極める。
なのでこうして同じ家で生活していながらも数日顔を合わせない事もしばしばある。
「そうじゃなくて。もっと彼氏っぽい事してよ」
「は?なんだそれ。もしかして超奥手な俺に嫌気がさしたって意味?」
「違うよ。もう。そんなわけないじゃない。もっとイチャイチャしたいって事だよ」
そう言うと陽菜はソファから降りて翔の背後からギュッと抱きしめた。
柑橘系の爽やかな香りが彼の髪や身体からふわりと漂う。
陽菜の心はこの綺麗な人が自分のものだという幸福感で満たされていく。
翔はポンポンと軽く陽菜の頭を手探りで撫でる。
陽菜はその手を取って自分の手と絡ませる。
女性のような外見の翔でも、その手は男性らしく自分のと比べると大きくてゴツゴツしている。
指先には綺麗なネイルを施しているのがいかにもオシャレな彼らしい。
どこのネイルサロンへ行っているのだろう。
今度教えてもらおう。
陽菜がそんな事を考えている内に翔は椅子を回して向かい合わせになると、ゆっくり視線を合わせてきた。
「ごめんな。最近構ってやれなくて。これが片付いたら埋め合わせするから」
「ん。わかってる。ちょっとわがまま言っただけ」
「やべー。めちゃくちゃ可愛いし。お前、策士だな。締切間近の仕事が山積みな僕の理性ガンガン抉ってくるよな」
「サクシってな…に?」
「知ってるクセに」
そう言って翔は陽菜の柔らかな唇に噛み付くようなキスをした。
「はぁ……ちょっと今日はもう仕事になんないからやっぱ休もうか」
唇を離すと、翔は赤くなった目元を誤魔化すように片手で顔を覆いながらそう呟いた。
「うん♡一緒のお布団で眠ろうね。蓮、最近ずっとソファで二、三時間くらいしか寝てないでしょ。目のクマがスゴいよ。そろそろちゃんと寝なくちゃダメだよ」
「はいはい…お前、よく知ってるな。それに確実に僕の操縦上手くなってるよ」
陽菜と一緒に生活をするようになって一番変わった事はあまり無理をしなくなった事だ。
以前は無理に仕事を詰め込んで点滴を打ちながらでもレコーディングしたり、入院先から抜け出して生放送へ出たりと無茶をしたものだ。
今はそうなる前にこうして陽菜がさりげなく休みを促してくれるため、かなり健康面は改善された。
翔はそれにとても感謝していた。
彼女がいる生活が毎日が、こんなに愛おしいものだとは思わなかった。
あの時、命を捨ててもいいとさえ思っていたが今はこうして生きていて良かったと心から思う。
あの日、確かに自分は満たされた気持ちだった。
彼女を守る事が出来て、これ以上の幸せはないと。
だけどその先にこんな幸せな未来が待っていたとは思わなかった。
「なぁ、寝る前にちょっとだけえろい事してもいい?」
ベッドへ向かう道すがら、翔は少し蒸気した顔を近付けて陽菜の耳元に囁いた。
「ダメです!今はしっかり寝て体力を取り戻す時です。それに今日じゃなくてもえろい事はいつでも出来ます」
しかしそんな甘い翔の誘いを陽菜は鋭い顔つきで一喝する。
「さっきはイチャイチャしたいって言ってたよな?アレは何だったんだよ」
「イチャイチャタイムはさっきので予定枚数に達したため、勝手ながら終了しました」
「はっ?何だそれ。予定枚数って握手会やサイン会の整理券かよ」
「もう。そんな寝不足でフラフラなのに何言ってるんですか。顔色も悪いですよ」
彼女の言い分は正しい。
しかし一度火がついた導火線は急に消えたりはしない。
不服そうな翔は未練がましく陽菜の腰に手を回そうとしたが、それもするりと交わされてしまう。
「えー、この滾ったエネルギーをどうすりゃいいんだよ」
「そんなの眠ったらすぐ忘れちゃうよ。我慢我慢♡」
「そんな可愛く言ったら余計滾るだろうが!男は単純なんだよ!この鬼畜娘め」
付き合って間もない二人はそれなりに幸せな毎日を過ごしていた。
本編に絡まないショートストーリーなので本来なら番外編の方に置いた方が良かったかも。
陽菜と翔がカップルになってからあまり二人揃っての場面が少ないので、ちょっとだけ補充…みたいな。
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