第284話「絶対好きになりたくないヤツなのに」

深夜一時。

いつもはとっくに消灯しているはずの木屋町隼の部屋に煌々と明かりが灯っている。



「あれ、電気ついてる。今日は珍しいな」



それをバイト帰りの隣人、金子は彼の部屋を見上げて一人呟く。

彼が入居してきて以来、この時間に明かりが灯っているのを見るのはこれが初めての事だ。



「あの人も現役時代はすごかったんだけどなぁ…」



木屋町隼は金子と同世代の選手で、強い憧れを集めていた。

それだけに早すぎる引退はショックであり残念だった。

しかし彼がまだ現役でいたならばここに戻って来る事はなかったと思うし、こうして接する機会もなかったと思うとかつてのファンとしては複雑な心境だった。


その時、冷たい夜風が襟元にまで忍び込み、金子は思わずブルっと震える。



「うっ…まだ夜は寒いなぁ。今日はシャワーはやめて熱めの風呂でも入るかな」



金子は小走りで部屋に入って行った。

その頃、隣室では実にホットな時間が流れていた。



「ただいまー。紗里ぃ。はぐはぐしよう」



「わっ…こら、土足で上がるなよ。最近じゃアメリカ人だって靴脱いで上がるんだぞ…って、ほっぺをひっぱるにゃ…!」



強盗のように押し入ってきた鏡子は酒臭い息を吐きながら荒々しく隼の顔を弄ってきた。


彼女が連呼する「紗里」とは誰なのだろう。

ペットなのか、まさか自分の子供の名前なんてことはないだろか。

そんな考えがぐるぐる回っていたが、生憎そんな思考に浸っている余裕はない。


呂律の回らない舌足らずな声で鏡子は突然上に着ていたジャケットを脱ぎ捨てた。


今まで気付かなかったが、ブラウス一枚の薄着になるとかなりスタイルが良い事がわかり、無意識に隼の喉が鳴った。



「脱ぐの?わかった。紗里、一緒にお風呂入ろうか」



「は?あんた、脱ぐのは靴であって…ちょっ待って……まさかここで…」



何とか顔から鏡子の手が離れたかと思うと、何を思ったのか、急に鏡子はブラウスのボタンに手をかけた。


思わずギョッとした隼はすぐに腕を掴んで阻止しようとする。



「なによ〜、もう邪魔!」




すると煩いとばかりに鏡子の肘が隼の顎に綺麗に決まった。

その衝撃で目に火花が散った。




「あがっ……このゴリラ女が!」



しかし鏡子はあまりの痛みに悶絶する隼を見ようともせず、鼻歌を歌いながら豪快にブラウスのボタンを外していく。

するとすぐに紫の下着に包まれた豊かな双丘が勢いよく飛び出した。



「なっ…あんたもう色々反則過ぎるだろ。勘弁してくれよ」



視界に広がる夢のような光景に先ほどの痛みさえ遠のいた。

更に鏡子はそんな姿のまま隼に身体を寄せてきたのだ。

目の前がチカチカするような刺激がダイレクトに身体を駆け巡る。


それと同時に下半身に熱が集まっていくのを感じた隼は危機を感じ、慌てながらも床に放置したままだった洗濯物から大きめのTシャツを掴かみ、上からズボっと被せた。


そしてまだ暴れる鏡子を力ずくで寝室へ運び、布団に押し込んだ。



「はぁ…はぁ。な…何なんだよ。こいつ。マジで頭おかしい…」



隼は憎々しげに布団の方を見た。

そこからすぐに健康的な寝息が聞こえてきた。

しかしすぐにその中でゴソゴソと動き始め、隼がどうしたのか覗き込もうとした瞬間、何かが顔面に飛んできた。



「うぷっ!?なっ…何だこれ。スカート?」



どうやらこんなに泥酔していてもシワになる衣服は気になるらしい。

隼はまだ温もりの残る生々しいソレを拾い上げ、ノロノロとした動作で寝室を出た。

そして玄関先に脱ぎ捨てられたままのジャケットとブラウスも拾ってきてハンガーに掛けた。



「マジで俺、バカみてぇなんだけど」



顎はまだズキズキ痛むし、下腹部は中途半端に煽られたせいで脈打つように疼いている。

本当に最悪な気分だった。



「何でだよ。メンタルやられてから全く性欲なかったのに何であんなゴリラ女に……いや違う。これは誤反応だ!あー、くそっ!ムカつく。絶対好きになるかよ。こんな女」



隼は半分泣きそうな思いで彼女の服にシワを取るスプレーを吹き付けるのだった。



「あれ、そういえばこの部屋に布団一組しかないぞ…」



隣から眠気を誘う健康的な寝息を耳した途端、現実的な問題に気付いた。

布団が足りないのだ。

だからといって、彼女と一緒の布団になど眠れるはずがない。

更にまたあの姿を思い出すと、落ち着きかけていた熱がぶり返してしまいそうになる。



「俺、病人なのに………いや。一先ずトイレ行くか。全く中学生かよ。情けねー」



隼はヨロヨロとした足取りでトイレに向かった。

長い一日になりそうだった。
















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