第248話「ボクはキミのファン一号だ」

「ふぅ…水揚げも終わったし、床掃除も終わったー!しっかし疲れたなぁ」



夜になり、客は途切れる事なく入り、薔薇は引っ切りなしに夜の街へ繰り出す人々のオーダーに応じアレンジブーケを作った。


中には会った事もないホステスの写真を見せられ、彼女のイメージにピッタリなブーケを頼まれたのが難しかった。


しかし夜も更けて、客足も疎になってきた。

そろそろ閉店してもいい頃合いだ。


最後に店の確認をして、出ようとしたところに薔薇は路地側に小さな人影を見た。



「うん?何だ…あれ。酔っ払いじゃないよな」



ここは新宿の飲み屋街という土地柄、泥酔した客たちが暴れ出したりと、あまり治安が良くない。


薔薇自身もよくこの時間帯はそんな逆に絡まれたりする。


なのであまり関わりあいたくないのだが、何となく気になった。



「……そこに誰かいんの?」



「きゃっ…!」




「は?……あれ、あんたはあの時の」




店の路地を覗き込むような体制で見ているのは華奢な女の子だった。

薔薇が声をかけると、その背が過剰なまでに反応する。


同時に彼女がこちらを弾かれたように振り返った。


その顔に薔薇は見覚えがあった。




「…すみません。今朝のアレ、片付けに来ました」




「あー、やっぱり!あの時、ドラマの撮影してた女優の!……ゴメン。マジ名前わかんないや。俺テレビ見ないからドラマや映画も疎くて」




「北河あづ紗」




女の子はそうボソリと名乗った。

やはり名前を聞いても知らない名前だった。




「北河さんね…やっぱわからないや。ゴメン。それからさ、アレの事なら片付けておくって言ったよね?もう大丈夫だから。わざわざ律儀に戻ってくれるなんて思わなかったからびっくりしたな」



薔薇は彼女に近づかないように距離を保ったまま、そう言った。




「……あなた、名前は?」




「え?俺?藤森薔薇。「バラ」って書いて「ソウビ」って読むんだぜ。キラキラネームもいいトコ。妹が那由多っていうんだけど、逆だったら良かったよなぁ。小学生の頃はそれでよくイジられてた」



薔薇は自嘲気味に笑った。

父親の独特なセンスで名付けられた名はあまり気に入っていない。



むしろコンプレックスとなっていた。



男のクセに花の名前なんて変だと揶揄われ、よくそれで喧嘩になった。



ホストになってからは、源氏名のようだと称賛されたりもしたが、それでもやはり好きにはなれなかった。


だからあづ紗もこの名前を聞いたら、変な顔をするか、揶揄うように笑うだろうと思っていた。



「綺麗な名前だね」



「……え?」




薔薇は驚いたような顔であづ紗を見た。

その時のあづ紗は揶揄うような笑みではなく、心から微笑んでいるように見えた。




(笑うと結構可愛いじゃん…)




「私、こんなに男の人と話して気持ち悪くならなかったの初めて」




「本当?それは良かったじゃん」




「ソウビさんは変に思わないの?私の事…」




「え?あぁ、俺さ。短い間だったけどホストやってたんだよ。そこにはさ、色んな客が来んの。会社での憂さ晴らしをしたい会社員のお姉さんとか、日々に疲れた主婦、何年も引きこもりしてて、自分を変える為に来たっていう女の子とか…そんな客の相手をしてた。だから彼女たちには敢えて「普通」に接する事にしたんだ」



「普通?」



「そ。普通に会話をする。それだけ。逆にこの客はこうだからこうしないとって態度変えるのはやめた。でもさ、やっぱホストは客を気持ちよくさせんのが仕事じゃん?そんなホストは必要ないんだって先輩に言われて、あー、俺、この仕事向いてないんだなってわかった。で、さっさとホストは廃業して店長の知り合いのこの店紹介してもらったの」




「ソウビさんは花屋なんだね」




「薔薇が花屋なんてな。でもさ、花は好きなんだ。ずっと小さい頃から花屋になりたかったし。まぁ、意外と力仕事ばかりで大変だけどホストしていた頃から比べると充実してる」




「………」




あづ紗は黙って薔薇の話を聞いている。

薔薇からすると、路地に向かって一人で話しているような感じだが、何となく楽しかった。




「あ、そうだ。ちょい待ってて」




「?」




薔薇は何か思い出したように店の中に駆け込んだ。

そして手に綺麗なミントグリーンに色付けされたカスミソウと白いスプレー薔薇のブーケを持って現れる。



「これ、良かったら持ってきな」



「えっ、でも…」




「いいよ。あげる。花ってさ、心が癒されるんだよ。これ部屋に飾ってみな。きっと気持ちが整うと思うよ。あ、そうか。近寄れないんだったな…どこかに置いて……」



「ううん。…大丈夫だと思う」



すると暗がりからあづ紗が出て来た。

短めの髪が風に靡き、綺麗な顔立ちが露わになる。

その一挙手一投足に薔薇は見惚れた。


やがて薔薇の前まで来ると、あづ紗はそれを受け取った。




「ありがとう…嬉しい……誰かにお花貰うのなんて初めてだから」




「え、マジ?じゃあ俺が女優、北河あづ紗に花を贈ったファン一号になるな」



「ファン?」



あづ紗が首を傾げる。



「そ。たった今からそうなったの」




「ふふっ…変な人。あの、また来てもいい?」




「勿論。いつでもお気軽にお越しください。お待ちしてます」




薔薇は少し戯けて一礼した。

あづ紗はそれを見て笑う。


あの撮影の時に見た笑顔とはまるで印象が違った。
















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