第186話

怜との会話を終えて、夕陽はそのままゆっくりと自分の部屋へ移動する。


一十に渡されたルームキーを片手でもてあそびながら扉の前へ立つ。



「ん?何か人の気配みたいなものを感じる…。いや、まさかな。気のせいだよな?確か部屋は個室だったはず」



部屋へ入る前に夕陽は微かな違和感に眉を顰めた。

中に人の気配を感じたのだ。


何かの手違いで笹島と相部屋にでもなったのだろうか。


それも妙な話だ。

笹島は今、怜と一緒にいるはずだ。



「……だ…大丈夫だよな?」



一体誰に問いかけているのやら。

夕陽はゴクリと唾を呑み込むと、慎重な動作で中へ入る。

入った瞬間、異様な匂いが鼻腔を貫いた。




「なっ…何だよこれは」




室内へ足を踏み入れた瞬間、目の前に広がる光景に夕陽は目の前が真っ暗になった。


部屋の中は足の踏み場もないくらい荒らされていて、酷い状態だった。

部屋の空気は澱み、様々な菓子の匂いが混ざり合って異臭に近いレベルだ。


夕陽の脳裏に即座に最悪の予想が浮かぶ。



「もしかしてアレか、客室荒らしってヤツ?でも俺、今回貴重品なんて持って来てないのに…」



夕陽が考えたのは、宿泊施設でよくある入浴等で留守になった部屋に押し入り、金銭等を狙った窃盗事件だ。


しかし夕陽はここへは半ば拉致同然に連行された為、金目になりそうなものは持ってきていない。



「うん?部屋を間違えた…とか?いや、ルームキーは合ってたよな。じゃあ…」



夕陽はゆっくりと部屋へ足を踏み入れる。

パキっと足元で音がした。

どうやら割り箸を踏んでしまったらしい。



「あー、夕陽さん。遅かったね。あんまり長い時間入ってたら溶けちゃうよ?」



「ぬぁっ!!びっ…びっくりしたぁ。お前か!」



すると突然中央の塊がモゾモゾと動いたかと思うと、そこからボサボサの髪にジャージ姿のモッサリした不気味な存在が立ち上がった。


よく見るとそれはみなみのようだ。

みなみはよっこらせっと、気合を入れてゴミの中から飛び出して来た。



「な…何なんだよコレは。ここって俺の部屋だよな?」



「うん。そうだよ」



「じゃあ何でこんな惨状になってんだよ」



夕陽は辺りいっぺんを指差す。



「あ〜、これ?夕陽さん何も持たずにこっち来たっていうの聞いて、何も暇つぶしないの寂しいじゃんって思ったから色々持って来てあげたんだよ」



「寂しいじゃんって、コレ主にお前が満喫しちゃってんじゃねぇか」



夕陽は頭を抱えたくなった。



「何で新年早々片付けせにゃならんのよ…」



こんな惨状のまま部屋を出るわけにはいかない。

一十の風評にも影響が出てしまう。

夕陽は黙々とゴミを拾い集めて袋へまとめた。



「いやぁ、さすがは夕陽さんだね。手際いいな〜」



「そりゃ、お前のせいで強制的に掃除のスキルアップさせられたからな」



夕陽は憎々しげに吐き捨て、最後のゴミ袋の口をきつく縛った。




「あはははっ。面白っ」



「どこがだ!お前の笑いのツボは異次元過ぎんだよ」



折角風呂へ入ったというのに、また汗をかいてしまった。

夕陽は寝る前にまた風呂へ行こうと頭の隅で思いつつ、ようやく綺麗になった部屋を見渡した。

部屋は二間で、和室と洋室になっている。

どうやら和室は応接用で寝室が洋室のようだ。


みなみは折角居心地良く整えてあげたのにと頬を膨らませていたが、全力で無視してやった。



「で、何でお前は一人でガンガンいっちゃうんだ?」



「ふぇ?私の戦闘コマンドにはガンガンいこうぜ一択しか備わってないよ」



「ムカつく〜っ。はぁ、まぁそうだよな。お前はそういうヤツだ」



夕陽は机の上にあった湯呑みを手に取ると、ポットから急須へ湯を注ぎ、お茶を淹れた。


何だか無性に喉が渇いていた。



「でもいきなりアレはないだろう。会場で開けた瞬間びびったぞ」



「あー。アレ?アレさぁ、凄くない?新曲がちょうどウェディングソングで、コレ絶対使える!って思ったもん」



みなみは夕陽の手から湯呑みを奪い取ると、一気にお茶を飲み干した。

熱くないのだろうか。

そう思いながらも夕陽は今度は自分用のお茶を淹れる。



「だからってあれはないだろう。それに何で俺の実家に行ったんだ?俺に何も相談無しで」



まさかみなみが単身で夕陽の実家へ乗り込むとは思わなかった。

だがみなみはケロリとした態度だ。



「えー、だって夕陽さん。何か最近ずっと悩んでるみたいだったじゃん。聞いても言ってくれないし。だから考えたんだけど、夕陽さんがおかしくなったのって、夕陽さんが一人で実家に呼ばれた時からかなって」



「お前、色々大事な事は抜けてるのに、変なところで名探偵並みの推理力かますよな。はっきり言って怖いわ」



夕陽は思わず身震いした。



「ちょっと、そこドン引きするところ?」



みなみは更に頬を膨らませる。

まだまだ彼女には聞く事が沢山あるようだ。


夕陽はお茶を一口啜ると、軽く息を漏らした。
















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