第41話
朝一番にメッセージの着信音に起こされ、夕陽は寝癖だらけの髪を掻き上げながら枕元のスマホを手にした。
「ん……みなみ?何だよこんな時間に」
メッセージは画像付きで、何の心の準備もない状態で見た夕陽の手からスマホがポトリと落ちた。
「バカか…。あいつ」
……「おはよー。夕陽さん。これ見て今日も一日元気に過ごしてね♡」
画像は来年のカレンダー用に撮影されもののオフショットで、ビニールプールに水着姿のみなみが戯れているものだった。
細くくびれた腰のラインや、柔らかな曲線を描く双丘を覆うパステルカラーのビキニが輝いて見える。
「おっ、お兄ちゃん?朝から元気だね〜」
「のわっ?み…美空!」
不意に頭上から声が降ってきて、見上げると美空がスマホを覗き込んでいた。
「へぇ、お兄ちゃんが朝から水着のアイドルの写真見てニヤけてるなんてねぇ。それって耕平くんの影響?」
「いや違うから。これは違うんだ」
一体何が違うのやら。
妹相手にしどろもどろになりながらも夕陽はこっそり画像を保存しておくのを忘れない。
後で一人になった時、もっとじっくり見ようという何とも哀しい男の性であった。
「くそっ…。あいつ何考えてんだよ」
☆☆☆
「う〜ん。ここはもっと攻めて、写真集用の手ブラショットにしとくべきだったかなぁ」
その頃、みなみはフォトスタジオの控室で同じトロピカルエースのメンバー、後島エナと一緒にスマホの写真を見ている。
「じゃあさー、いっそ素っ裸はどう?」
エナは身体を捻らせ、妙なポーズを取って見せる。
「えー、それは攻め過ぎじゃ…。かえってドン引きされるよ。それに小心で小者な男子は見えそうで見えないギリギリなラインにキュンとするって聞いたし」
ちなみにそう言ったのは、小心で小者代表の笹島耕平である。
「そっかー。難しいね。小心で小者男子は」
エナは本気でそう思っているのかないのか、掴みきれない表情を浮かべている。
「まぁ、私は私なりに攻めてみるわけよ。でも夕陽さん、いまいち手応えがないんだよね〜。一人のアイドルとして愛されてるのか、一人の女の子として愛されてるのか…」
そう言ってみなみはスマホをカバンにしまった。
「うーん。部外者の私が言うのもアレなんだけど、だからって攻略対象にいきなり水着の写真送るのは見当違いの攻略法だと思うよ」
「まじ?」
エナは力強く頷く。
「真剣(マジ)」
みなみはため息を吐く。
そして自分の腹部に手を当てる。
「それにしても来年はグラビアのお仕事出来るかなぁ。お腹の傷跡が隠せるといいんだけど」
「大丈夫だよ。みーちゃん。何とかなるなる!」
後ろからエナが背中ごと抱き締めてくれる。
「うん。ありがとう。エナ」
☆☆☆
「お母さん〜、お兄ちゃんが朝っぱらから水着のアイドルの写真見てニヤけてたんだけどー」
「おいおいおいっ、待てって美空!」
こちらは真鍋家。
みなみの間違った攻略法で送られた写真は大きな火種になっていた。
台所で朝食の支度をしていた母は、そんな兄妹のドタバタにうんざりしている。
「あんたたち、本当に成長しないわね。いつまでもこんな感じで。お母さん恥ずかしいわ」
「ちょっとお母さん、お兄ちゃんと一緒にしないでよ」
すぐに美空が抗議する。
「大体さぁ、そのアイドル誰なの?まさかグラドル?」
「違うわ!グラドルならもう少し……いや、とにかくそういうんじゃなくて………あれだ、笹島のイタズラだよ」
「うーわー、何その取ってつけた感」
美空は軽蔑の目で兄を見ている。
「……とにかく、そういう事だから」
そういう事にした感の強い苦肉の策ではあるが、美空の追求から逃れる事は出来たようだ。
「喧嘩は終わったの?じゃあ、これ食べたら大掃除よ」
そんなタイミングを見計らって、朝食が食卓に置かれる。
真鍋家の朝食は和食が多い。
手際の良い母の手によって、あっという間にご飯に味噌汁、卵焼き等が並べられた。
ふと夕陽は父親の席を見る。
「あれ、父さんは?」
「自分の部屋の掃除をさせてるわ」
「……うちの男の力関係、かなり弱いよな」
夕陽は力なく笑って浅漬けを齧った。
今日は大晦日。
みなみは今日も仕事だろうか。
人気アイドルを彼女に持つと、こういう節目のイベントを一緒に過ごす事は難しいだろう。
しかしいつか、彼女と一緒に新しい一年を笑いながら過ごしてみたい。
そんな事を思った。
「……その前に家族に何て紹介すればいいんだよ。家にアイドルなんて連れてきたら、父さん倒れそうだぞ」
人気アイドルと一緒に人生を歩くには、まだまだ乗り越えなくてはならない事が多そうである。
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