第36話

「メリークリスマス!サルーテ!」


気の抜ける乾杯の音頭でグラスを合わせる硬質な音が部屋に響く。


「ささっ、カレシさんもどうぞ、どうぞ。イケる口ですかぁ?」


「あっ、あぁ、どうも」


グラスに細かい気泡のシャンパンが注がれる。

未成年の二人はノンアルコールのシャンパンを飲んでいる。


夕陽は戸惑いながらもおずおずとグラスを手にした。

注いでくれているのは芸能人。それも人気アイドル後島エナだ。

その横には同じメンバーで、しかも彼女の永瀬みなみもいる。


思い返すと付き合う事になった時に、みなみには合鍵を渡していた事をすっかり忘れていた。


しかしこんなクリスマスの奇跡、あっていいのだろうか。


「夕陽さん、さっきからガン見しすぎ。少しは落ち着きなよ」


テーブルの上には夕陽が作ったマリネの他に、様々なオードブルや菓子類が並べられ、これまでにない華やかさだ。


「いやいやいや、これが落ち着いてられるか?もし笹島だったら全身から血を噴いて錯乱するぞ」


「うーわー。それ、カンタンに想像出来ちゃうわ」


「あはは。何?その人、面白そう。見たいな〜♡」



「見んでいいからっ!」



二人同時に叫んだ。


「ほえ?」


エナはのほほんとした様子で首を傾げている。

改めて見ると、本当に二人並んでいると神々しさを感じるくらいオーラがある。

部屋も何だかいい匂いがする。


「……で、なんで後島さんがウチにいらっしゃったんだ?」


「あっ、はーい」


エナが何故か生徒のようにビシっと挙手する。

どうも調子の狂う子だ。


「…じゃあ、はい。後島さん」


何のコントだよと困惑気味で指名する。


「みーちゃんがカレシさんとけっこ……うひゃぁっ」


「わーーーーっ!それ言っちゃダメっ!」


突然みなみがエナにタックルを仕掛け、二人は後方へ倒れ込む。

目の前で女の子たちがもつれ合う様は見ていて何だか気恥ずかしい。

いかがわしいものではないのに、夕陽はつい目を逸らしてしまった。


「………マジで何なんだよ」


「ううん。夕陽さん、エナは私がどんな人と付き合ってるのか心配して、来てくれたの」


「ほぉ…」


するとエナはコクコクと頷く。


「うんうん。みーちゃん。変な男の人にばかりモテるから心配なんだよ〜」


「まぁ、それはわかるか」


つまり二人は仕事仲間以上の友情があるらしい。

何となくみなみはグループ内で孤立でもしているのではと思っていたので安心した。


「でも本当にここは居心地いーねー♡」


エナはそう言って、ゴロリと床に寝そべる。

サンタ衣装のミニスカから真っ赤な見せてもいいタイプの下着が丸見えである。

再び夕陽は目を逸らす。


「でしょ?何か実家に帰った感じだよね」


「うん。他の皆も呼んじゃおうか?」


「はぁっ?まさかトロエーのか?」


夕陽はギョっとして目を剥く。

アイドルグループ、トロピカルエースが一般男性の家に集結。

想像するだけで恐ろしい構図だ。


「あははは。いいね、それ」


「やめてくれ、マジで」


夕陽は一気にシャンパンを飲み干した。

テレビで見る後島エナはメンバーの中で一番賑やかで仲間思いの熱血キャラで通っているが、本来はおっとりした緩い少女だったようだ。

そこで夕陽は彼女の父親が元プロ野球選手だった事を思い出した。


「あ。そういえば後島さんのお父さんって後島継利だったよね?」


「はい〜。そうですよ。サインとか要ります?」


「えっ?」


思わず夕陽が目を見開くと、エナは笑った。


「エヘヘ。要らないですよね。もう62歳のお爺ちゃんのサインなんて」


「いやいやいや、そんな事ないですよ。ただ驚いて」


後島継利は名ピッチャーとして名を馳せたレジェンドと呼ばれる選手だ。

独特なピッチングで翻弄し、野球ブームを牽引した。

現在はタレント活動がメインで、夕陽の世代ではタレントというイメージが強いが、本当に凄い選手だった事は確かだ。


「うふふ。でも本当に家ではただのお爺ちゃんなんだよ〜。朝も一人だけゆで卵のカラが綺麗に剥けなくてヘコんじゃうくらいの」


「え…それは聞きたくなかったような」


どうも芸能人というのは違う一面を持っているものなのかもしれない。



     

        ☆☆☆



「そうなんだ〜。じゃあ、みーちゃんがピンチだったのをカレシさんが格好良く助けてくれたんだね。いいな〜。素敵だね〜」


宴は進み、今はエナに二人の出会いを説明していた。


「そうそう、コイツが財布から万札出して、俺にこれで何か食えって突き出してきた時は腹わたが煮え繰り返ったね」


あの時のみなみは本当に可愛げがなかった。

それを思い出すと今でも腹が立つ。


「だって、あれで変に私に興味持たれたら困るから、やるなら徹底的にって思って…」


「俺はあの時、お前が永瀬みなみだなんて気付いちゃいなかったよ!」


「でも、滲み出る私のアイドルオーラで変態心に火がつくかもしれないじゃん」


夕陽は鼻で笑った。


「残念だな。んなもんちっとも滲んでなかったぞ。逆にお前の方こそ変態だと思ったぜ」


「あはは。本当に二人はお似合いだねぇ」


エナは楽しそうに笑う。

今年のクリスマスイブはとんでもない事になったが、彼女たちのおかげで今までになく楽しい一日になった。
















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