人気絶頂アイドルが一般男性とお付き合いし、結婚する確率
涼月一那
第1話
女優栗原柚菜、電撃結婚!
お相手は一般男性。
「くっそ、マジかよ。ゆっずー結婚て…。あ〜、もう午後から仕事する気萎えたわ」
高校からの友人にして同僚の笹島は、力なくスマホを伏せてガックリ項垂れる。
社食のテーブルには半分くらい食べかけたカレーが乾きかけていた。先程入った芸能速報のショックが強すぎて食事を再開する気力もないらしい。
それを見た向かいの席に座る真鍋夕陽は、うんざりした顔できつねうどんの分厚い油揚げに噛み付く。
「お前なぁ、そんな事でモチベ下げてんじゃねぇよ。大体芸能人なんて遠い世界の人間なんだ。どう逆立ちしたって無理ゲーだろうが」
「でもよぅ、相手、一般男性なんだぜ。俺にもワンチャンあるんじゃね?とか考えるじゃん」
「まずあり得ないな。俺だったら考えねぇわ」
夕陽もスマホのニュースサイトを開いてみる。
確かにSNSは一瞬で彼女の電撃結婚に関するニュース一色になっていた。
それだけ周囲の関心が高いのだろう。
栗原柚菜は今年で30歳になる女優である。
素のキュートな笑顔と、役に入ると見せる妖艶な表情とのギャップが印象的で、幅広い年代に愛されている。
愛称はいつからかファンの間で広まった「ゆっずー」
高校時代に学園モノのラブコメ映画でデビューし、それ以降様々なドラマやバラエティー番組に多数出演、絶大な人気を誇っていた。しかしそんな彼女もそろそろお年頃。
ここ最近、度々男性との密会報道をネット上で見かけてはいたが、決定的ものは出てこなかった。だがファンの間ではそろそろではという予感めいたものは感じていたらしい。
笹島は何年も彼女のファンをしているが、彼女一筋というわけでもなく、他にもアイドルや声優、スポーツ選手など各ジャンルに推しがいる。
だからそれ程気落ちする事もないだろうと思っていたので、今回の落胆ぶりは意外だった。
数多くいる推しの中の一人が消える。ただそれだけだと。
「あ〜、一体ゆっずーとその一般男性ってヤツ、どこでどう知り合ったんだろうな」
遠い目で笹島はつぶやく。
「一般男性といっても、俺らのようなどこにでもいるようなガチ一般男性じゃなくて、芸能関係にコネや繋がりのある特殊な一般男性だろ。そうじゃなきゃ、芸能人になる前の知り合いとかじゃね?」
「そうなんかなぁ。まぁ、色んな推しのSNS見てる限り仕事と家の往復で、一般人と出会って遊ぶ暇すらない感じはするな」
ため息を吐き、笹島は食べる気をなくしたカレーのトレイを持って立ち上がる。
「ま、そこに投稿してある事だけが事実って事はないと思うけど、早々に気持ちを切り替えるべきだな」
夕陽もコップの水を一息に飲み干し、トレイを返却するべく立ち上がった。
食堂は昼時だというのに半分程度しか席は埋まっておらず、やや閑散としている。
ここの社食はメニューが充実して価格も良心的で美味いのだが、何故かあまり利用者が増えない。
気分転換も兼ねて外で食べるか、弁当持参する者が多いのかもしれない。
やがてトレイを返却した笹島が幽鬼のような姿で戻って来る。
「はぁ…全てが虚しく感じる」
「ははは。そんなの今だけだよ。早く新しい推しでも見つけろよ」
夕陽はポンと笹島の肩に手を置いた。
☆☆☆
それからどうにかつつがなく本日の業務を終え、夕陽は欠伸を噛み殺しながら周囲を見渡した。
時刻はそろそろ19時。
職場に残っている者も疎らだ。
自分も今日はこれで上がろうと、カバンに私物を詰めている時、ポケットのスマホが振動した。
「笹島?」
メッセージは笹島からだった。
周囲を軽く見渡し、社内に姿が見えないという事はもう既に退社しているのだろう。
大方何か忘れ物でもして、それを届けて欲しいという用件かもしれない。
夕陽は早速スマホを確認する
しかしそのような用件はなく、メッセージにはある画像が添えられていた。
「誰だ、これ」
画像は何か制服のような格好をした女の子が数人ポーズを決めていた。
皆10代だろうか。皆笑顔がキラキラしている。
多分アイドル歌手なのだろう。
どれも夕陽の知らない顔だ。
わけがわからず、困惑していると今度は電話が来た。
「もっしー?見た?」
「見たって、何なんだよ。急に」
不機嫌に返すが、笹島はそれに構う事なく捲し立てる。
「どうだった?可愛いだろ〜。トロピカルエース」
「と…とろぴ?」
「だからトロピカルエースだよ。今年の春にデビューしたばかりのアイドルユニット。俺、今度の推し、コレにするわ」
「早っ…………」
聞いた瞬間、チラリと殺意が芽生えたが、何とか耐え、夕陽は出来るだけ冷静に口を開く。
確かに昼に新しい推しを見つけろとは言ったが、こんなに早いとは思わなかった。
「ほぉ。それは良かったな。早速新しい推しが出来て。写真を見る限りかなり若そうだからデビュー早々電撃結婚の可能性は薄そうだ。だが彼氏は出来そうだがな」
「おいおい、いきなり絶望させんなよ。それでさ、来月彼女たちの初のツアーがあるんだよ」
いい加減通話を切りたくなったが、中々切らせて貰えそうにない勢いだ。
夕陽は荷物をまとめると、通話を継続したまま退社する。
「勝手に行けばいいだろう?まさか俺にチケット予約手伝わせる気か?まぁ、それくらいならやってもいいけど…」
「いやいや、チケットはそんなまだ知名度ないからいつもより楽に取れたんだ。俺が頼みたいのは、そのライブに一緒に行って欲しいって事」
それを聞いた瞬間、夕陽の眉間に皺が刻まれた。
「お前なぁ、野郎二人で雁首揃えてアイドルのライブ参戦なんて誰が行くかよ」
想像するだけでもゾッとする。
だが、笹島は諦めない。
「勿論チケット代はこっちで持つよ。それに夕飯も奢る。これでどうよ」
「なっ……」
これにはやや夕陽の心がグラつく。
「聞くけどよ、何で今回は一人で行かねぇんだよ。お前、いつもこういうイベントは大抵一人で行ってるだろうが」
すると電話越しの笹島が一瞬、言葉を詰まらせる。
彼は大体推しのイベントは一人で参加していた。
以前は別の友人か従兄弟と行っていたらしいが、自分の好きなように行動出来ないと言って、現在のボッチ参戦スタイルになっていた。
しかし今回、彼は妙にしおらしく口を開く。
「だってよぉ、こういう陽キャなアイドルの客層って怖ぇイメージあるし、何かそこに一人飛び込むのは勇気いるじゃん」
「何をバカバカしい」
「いや今回だけだから、次からは絶対一人で行くし。なぁ、今回だけ頼むって」
「………」
駅前で立ち止まり、思案する事数秒。
夕陽はため息を吐いた。
「オーケー。分かったよ。だけど今回だけだからな」
「やった!だから夕陽好きなんだよー」
「その台詞はいらん」
「はははっ、じゃ詳しくはまた明日な。俺、これからルナちゃんの配信見るから」
通話は一方的に切れた。
「お…おいっ、はぁ。もう切れてる」
夕陽は肩をすくめると、そのまま駅のホームへと向かった。
思えばこのライブが彼の人生を大きく変える事になるとは、この時の彼はまだ知らなかった。
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