第16話 模擬戦

「カサンドラ……その……君を戦わせることになってすまない」

「何を言ってるのよ、私だって望んでいたもの。それにね、あなたが、私が侮辱されて怒ってくれたのと同じくらい私も怒っているのよ、わかるかしら?」



 そういって彼女はイアソンを睨みつける。ああ、そうか……彼女も今の俺と同じくらい怒ってくれているのか……だったらもう言うまい。ならば少しでも彼女を有利になるようにしないと。



「イアソンのスキルは上級剣術だ。あとはサポートスキルだから今回の戦いに関していえば、剣だけを意識していればいいと思う。あと俺がギルドにいるネズミに力を借りて隙をつくるから……」

「いいえ、あなたの援護は不要よ。私を信じてみていて」



 彼女のスキルも上級剣術である。実力的には互角だろうか? 魔族の身体能力と英雄の能力のバフのどちらが上かで決まるのだろうと俺は考えていた時だった。彼女は俺の額をこつんと叩いて唇を尖らせた。



「その顔はスキルが上級剣術同士だから、実力的には互角とか考えているでしょう? まあ、確かにあのオークとは互角だったら勘違いをされてちゃってるけど、私はね、およそタイマンなら負け知らずなのよ。あなたが提案しなければ私が模擬戦を提案しようと思ってたくらいにね、あなたはもっと自分の相棒をを信じてなさい。あと、所持金は全額私にかけておきなさい」



 そういって、彼女は俺に自分の財布を渡してウインクをした。やべえ、かっこいい……英雄譚の英雄みたいじゃん。イアソンの方をみるとあいつは自分の武器にメディアの魔術をかけてもらっていた。え、ずるくない?



「なんだ、シオン。文句があるならお前もかけていいんだぞ、まあ、お前の中級魔術と俺のメディアの上級魔術じゃあ、効果が違いすぎて意味がないだろうがな」

「俺のだなんて……そんな……イアソン様恥ずかしいです……」



 俺の視線に気が付いたイアソンが得意気に笑う。俺は心配になって、カサンドラをみたが、彼女は俺に首を振って、サポートはいらないということを示した。そして不敵な笑みを浮かべてイアソンの前に出る。俺はその顔をみて決意を決める。



「この二つの財布の中身を全部カサンドラに賭ける!!」

「うおおおおおお」



 俺の言葉にギルドが盛り上がる。これでカサンドラが負けたら俺たちは一文無しである。でも、それくらいのリスクは俺も賭けてもいいだろう。それにいざとなったら俺の武器を売ればいいしな。俺の言葉を発端にどんどん賭けが過熱する。一瞬、イアソンが不快そうに眉をひそめたが知るものか。というか、カサンドラには未来予知があるのだ。そうそう負けないだろう。

 そしてカサンドラとイアソンが武器構えて、向き合った。お互いが訓練用の木剣を持って立ち会う。距離は2メートルほどか……先に動いたのはイアソンだ。彼はかかって来いよとでもいうように手招きをした。



「お前のギフトは知ってるぞ、未来予知だろう。でもなぁ、そんなものは圧倒的な力の前では無駄なんだよ。先手は譲ってやるからかかってこいよ」

「お言葉に甘えるわ。炎脚(フランベルジュ)」

「へ?」



 彼女の言葉と共に足元で爆発がおき、カサンドラの身体が猛スピードでイアソンに迫った。そしてそのままの勢いを殺さず彼女は無防備なイアソンの腹に木刀を一突き。



「ほげぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「イアソン様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 すさまじい勢いで壁をぶち抜いてふっとばされたイアソンをメディアが慌てて追いかける。さすがにイアソンも死んでないよな……俺を含めたギルドにいた連中は一瞬あっけにとられたがわーっと叫ぶ。カサンドラにかけていた奴らは歓喜の叫びを、イアソンにかけていたものは絶望の叫びを。



「私のギフトを知っていても、そんなものは圧倒的な加速力の前では無駄なのよ。先手は譲ってくれてありがとうね、自称英雄さん。ってもう聞こえないか」



 カサンドラは意地の悪い笑みを浮かべてイアソンのセリフを揶揄していった。そして俺の方を振り向いてウインクをした。



「シオンどうかしら、あなたの相棒の実力は?」

「最高だよ、相棒」



 そうして俺とカサンドラはお互いの手をたたきあった。俺は思わず満面の笑みを浮かべる。そしてイアソンの負けをみて、俺は胸が軽くなったのを実感していた。確かに俺が弱いからと無理やり納得していたが、やはり、パーティーを追放されたのは引っかかっていたのだろう。でも俺を認めてくれる相棒が現れたのだ、しかも俺のために怒ってくれて、俺のために戦ってくれた。俺ももっと頑張らねば。



「シオンさん……ちょっといいですか?」



 俺が新たな決意を誓っていると肩をちょんちょんと叩かれた。一体誰だろう。今はいいところなのに……少し不満そうに振り向くと、アンジェリーナさんが立っていた。その顔は笑顔だけど目は一切わらってねぇぇぇぇ、むちゃくちゃこわいんだけど!!



「この惨状はどういうことでしょうか? あなたが原因と聞いているのですが……」

「あ……これは……その……」



 彼女が指をさしたのはカサンドラの爆発によって大きくあいた床と、イアソンがふっとんでいった壁の穴である。助けを求めるとほかの冒険者の連中は、いつのまにか、俺から離れていきやがった。お前らさっきまで俺と騒いでたじゃん。薄情過ぎない?



「違うのよ、これはイアソンと私が模擬戦をしただけであって、シオンは悪くないわ」

「いや、元々絡まれたのは俺だよ。だから俺が悪い」

「とりあえず修理費用は、その賭金からいただきますね。あとちょっとお話があるのでお二人ともご同行お願いできますか?」

『はい……』


 カサンドラが俺をフォローしてくれたがあまり意味はないようだ。別室行きとかやばいな、これはがっつりしかられるのだろうか? でも、俺とカサンドラのやりとりをみてアンジェリーナさんはため息をついたあとちょっと嬉しそうに笑った。



「シオンさんはいい仲間を見つけましたね。カサンドラさんすいません、私はあなたを誤解していたようです。シオンさんのために戦ってくれてありがとうございます」

「え……いや、私の噂は聞いているから、勘違いしない方がおかしいわよ。でも……直接謝ってくれてありがとう」



 アンジェリーナさんの言葉で何を言っているか察したのだろう。カサンドラは一瞬目を見開いてから、笑った。カサンドラが、俺以外に微笑むのをはじめてみた気がする。そして俺はアンジェリーナさんの案内でギルドの奥の部屋へと案内された。この部屋はランクアップの面接や接客などに使われる部屋のはずだが……



「シオンさんとカサンドラさんにお聞きしたいというのはこの前のダンジョンでのオークの話です。あなたたちと同じタイミングで入った冒険者たちは一人を除いて全滅しました……」

「え?」



 彼女が言っているのは俺を襲った冒険者達だろう。それがほぼ全滅だと……? 彼らはCクラスのベテランである。素行に問題こそあれど実力はそれなりのはずだ。アンジェリーナさんの話ではその一人も「オークにやられた」と言い残して気を失い治療中だそうだ。



「おそらくあなたたちが会った以外にもギフト持ちのオークがいるのでしょうね……それを踏まえてギルドはクエストではなく、緊急ミッションを出す可能性があるとのことです」

「「緊急ミッション……?」」



 生唾を飲んだのは俺か、カサンドラかどちらかはわからない……でも、緊急ミッションという言葉に俺たちはそれだけ驚いたのだ。だってそれはこの街の危機を示しているのだから。

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