第7話 マチルダの店が一番

 午後の日差しに照らされたラヴェンナの街は、淡いオレンジ色に輝いていた。

 大きな屋敷の立ち並ぶ通りを馬車で走り抜け、町の中心部に近づいて行く。


 馬車を降り、煉瓦造りのアーチを歩いて抜けると沢山の商店や屋台が並んでいた。


 雑多な人混みを抜け目的の店を探したがなかなか見つからず、近くを歩いている人に尋ねた。


「レース編みの糸ですか? だったらマチルダんとこが一番ですよ。

この後近くを通るからついて来て下さいな」


 親切な人に案内され、マチルダの店に着いた。



 店は奥に細長く、床に置かれた木箱の中から壁や天井まで、様々な色の糸が並んでいた。


「凄いわ、こんなに沢山の色。しかも奥にはレース生地もあるのね」


 アメリアは目的の糸を選んだ後、店の奥でとても繊細な織りのレース生地を見つけた。


「これも頂くわ」


 ロージーが慌ててアメリアの腕を引く。


「お嬢様、ここには仕事しに来たんじゃねぇです。奥様からきっつく言われとります。

お嬢様に少しは娘らしい時間をって」


「編み物や刺繍ってとっても娘らしいでしょ。だから問題ないわ」


「これ以上儲けんでもええそうです。奥様がそう言うとられました」


「大丈夫だから、備えあれば憂いなしって言うでしょう。

私のノルマンディーレースは、結構高値で売れるのよ」


「それは知っとります。奥様がよう言うとられましたから」



「お嬢さん、ノルマンディーレース作るんかい?」

 黙って二人の会話を聞いていた女性マチルダが声をかけてきた。


「ええ、ここ一年ほどはお休みしてたけど、これを見たらまた作りたくなったの」


「だったらちょっと待っとき」


 マチルダが店の奥から包みを持ってきた。包みを開くと、


「凄い、ここに置いてあるものよりもっと上質ね」



 結局、予定していたアイリッシュクロッシェレースの糸以外に、ノルマンディーレース用の生地と糸を購入して領主館に戻ることにした。


「ロージー、帰り道分かる?」


「はい、分かりますとも。お嬢様は方向音痴ですから私がしっかりしないと、あっという間に迷子です」


「助かるわ。ロージーありがとう」



 ロージーの道案内で、待っていた馬車に無事に辿り着き領主館に戻ると、玄関前に大男が仁王立ちしていた。


「随分と大きな包みを抱えて、こんな時間までどこをほっつき歩いてた!」


 大男は話をするにつれて激昂していっているようで、語尾がどんどん険しくなっていった。


「買い物に行っておりましたの。

少し予定より遅くなりましたが、ご迷惑はおかけしてないと思いますわ」


「迷惑をかけてない? 外はもう暗くなり始めてるんだぞ!」


「まあ、ご心配頂いたのですね。申し訳ありません。糸選びに夢中になってしまって、時間を忘れてしまいましたの」


 素直に頭を下げたアメリアに向かって、

「別に心配したわけじゃない!」



 アメリアを叱った後、さっさと立ち去って行くイライジャの後ろ姿を見ながら、



「見た目よりお優しい方なのね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る