第7話 お嬢様、はじめてのおでかけ

濃い一日を過ごした一行は、ひとまず各々用事を済ますために一旦解散することにした。

アベルは町へ戻って報告へ。ソフィアは再び魔法使いの協会で報告と会議。ユーリアは塔へタコの世話と千尋を持て成す準備を。千尋は寝室でぐっすり仮眠をとり、ステラはそのお世話と保存食作りにせいをだしている。ギードは幽霊の分際で客室で爆睡していた。

異世界生活3日目にして生活リズムが乱れに乱れている千尋ではあったものの、好奇心の強さからか若さからか、昼前にはすっきりと目を覚まして身支度を整えだした。

艶やかな髪をポニーテールにしてパールの髪飾りを結び目に挿し、ターコイズブルーの清楚な立襟のワンピースに着替え、千尋はそわそわと迎えを待つ。


「お師匠様の塔はどんな場所なのでしょう。やっぱりここみたいに森の中にあるのかしら?どんな使い魔のかたがいるのかも気になるわ。

こちらの世界での作法にはまだ詳しくないけれども、すくなくともお土産については完璧ね。ステラさんのクッキーは絶品ですもの!」


ニコニコと話しかけてくる千尋の首元に細い濃紺のリボンを結びながら、ステラは薄っすらと見える口元でにこりと笑いかける。

まだ言葉による双方向的なコミュニケーションは取れていない二人ではあるが、お互い細かいことを気にしない穏やかな性格なのが幸いしてか、関係は非常に良好なようだ。

リビングのソファに座った千尋は、膝の上に底面の広いリネンのトートバックを置き、油紙で包んだクッキーを入れてもらう。ふんわりと漂う甘い匂いが、弾む心をより浮き立たせた。

ふと扉に顔を向けたステラがドアノブを握るのと同時に、ドアノッカーがコツコツと音を立てる。

開かれた扉からやってきたのはソフィアだ。働き通しだというのにまったく衰えないきらきらふわふわの笑顔を浮かべる姿に、千尋は自分もそのうちこんなふうになれるのだろうかと考えた。


「お師匠様、いらっしゃいませ。準備は万端ですわ!」

「えらいわねえ。さて、お客さんがいるからステラはお留守番よね?大丈夫、安心してチヒロを預けて頂戴ね~。

それじゃあユーリアを待たせてるし、早速行きましょうか」

「はい!ステラさん、いってきます!」


ソフィアの顔を見た途端ぱっと立ち上がって挨拶をする千尋の頭を撫でながら、ソフィアがステラに手を振る。

楚々とした仕草でステラがお辞儀をするのを見届けてから、宝石の杖が一度振られ、魔法使いとその弟子はその場から姿を消した。

ちなみにこの後、主人不在の塔の中を触手全開で掃除しまくるステラの様子に、ビビリ散らしたギードが部屋に引きこもるのだが、そのへんは割愛とする。


◇◇◇


ソフィアの塔に到着した千尋は、周囲に広がる美しい光景に歓声を上げた。

小高い丘の上に立つ白亜の塔は、すぐそばに生える巨木と一体化したような不思議な外見をしており、神秘的な威容がいかにも魔法使いの塔という風情だ。

周囲は呪いの森と違って明るい木立と無数の小川、芳しい香りを放つ草花に溢れ、見る者の心を癒してくれる。

空も呪いの森の常時薄紫の霧っぽいエフェクトでもかかっているようなそれとは違い、美しく晴れ渡っている。


「すごい!お師匠様!とってもきれいな場所ね!」

「そうでしょう?自慢の景色なのよ~。後でお庭もお散歩していってね~」


無邪気な賞賛にニコニコのソフィアが、花と蔓草の彫刻が施された瀟洒な扉をゆっくりと開く。


「ただいま!ユーリア、帰ってきたわよ~!」

「おかえりなさいませ、師匠。それにチヒロさんも、ようこそ」

「おじゃまいたしますわ!まあ、内装もとても素敵ねえ」


床から天井まで真っ白な塔の中は、明るい茶と若草色で統一された家具が置かれ、塔周辺の環境と同じくとても柔らかな雰囲気で落ち着いている。

リビング中央のテーブルにはティースタンドとティーセットが置かれ、周囲に美味しそうな匂いを漂わせていた。


「軽食を用意しておきました。どうぞお寛ぎください」

「ありがとうございます!そうだ、ステラさんがお土産を持たせてくださったの。どうぞ召し上がって」

「ありがとうございます。では一緒に食べましょうか」


3段のティースタンドにはサンドイッチとキッシュ、ケーキのほか、地球と違ってスコーンではなく数種類の焼き菓子が置かれている。どれも見た目も美しく、華やかだ。

チヒロは鶏ハムとからし菜のサンドイッチを食べながら、その美味しさと美しさに感嘆のため息を零した。


「とっても美味しい!このパン、私が住んでいた世界のベーグルというパンに食感が似ています。作り方が近いのかしら。鶏肉はジューシーで、野菜のピリッとした味が良いアクセントになっていますわ。ユーリアさんはお料理が上手なのね」

「そうなのよ~!おかげで私も助かってるわあ。一応使い魔に料理を作ってもらうこともできるんだけれど、この子のほうがずっと上手だから、忙しくないときにはしてもらってるのよ」

「恐縮です。ですが本日はケーキと焼き菓子はパティスリーで購入してまいりました。まだ菓子類に関しては未熟なもので」

「十分よぉ。ああ、ちなみに料理を作ったり家事をしてくれる使い魔は、こういう感じ」


言いながら、ソフィアが杖をひと振りすると、髪や肌、身に着けているエプロンドレスまで真っ白な少女が現れる。スカートを摘まんでお辞儀をし、ぱっと消えた少女に、チヒロはぱちぱちと拍手をした。


「あら、ありがとう。さっきのはステラと違って自我の無い、言ってみれば動くマネキンみたいな使い魔ね。

魔物の使い魔もいるのだけれど、今はお昼寝中かしら?」

「はい、師匠。先程屋上で昼寝をしているところを見かけました」

「ということらしいから、後で時間があったら会わせてあげる。ごめんなさいね。気分屋な子なの」

「ええ、わかりました。楽しみにしていますね!」


そのまま3人で談笑しながら、ベーコンとほうれん草のキッシュ、トマトとチーズとハムのサンドイッチ、干し杏とチョコのタルト、洋ナシとキャラメルのムースと食べ進み、最後にマドレーヌとクッキーをつまみながら、話は池に滞在しているタコの話題へと移っていく。

ユーリアが世話をしつつ観察した結果、どこか遠くの海からやってきたらしい巨大なタコはとても温厚で高い知性を持ち、池の環境をある程度自分の生息しやすいよう整えられる様子から、どうやらそれなりに強い力を持った魔物らしい。


「それと、どうも生息域から直接召喚されていたわけではなく、どこかに閉じ込められていたそうです。ただ、その時の記憶が定かではないとか」

「あらやだ、監禁?魔物を無理矢理服従させるタイプの魔法使いかしら。正式な契約を結ぶのが嫌いなのか、単に下手くそで力任せなのか、どっちかしらね。召喚自体は上手みたいだけれど」

「それでは、あのかたのほかにも無理矢理呼ばれて迷惑をしているかたがいらっしゃるかもしれないのですね?可哀想だわ……」

「本当にねえ。他の魔法使いの評判にも関わるから止めて欲しいわあ。

さてと、それじゃ私も本人に話しを聞きに行こうかしら。二人ともついて来て頂戴」


件のタコは塔の裏側の大きな池の中に滞在している。

色とりどりの睡蓮の浮かぶ池の中に、時折ぷかりと大ダコが浮かんでくる光景はなかなかにシュールだったが、魔法使い二人とお嬢様は気にした様子もない。

近づいてくる三人に気付いたタコは足の一本を振り、気楽な挨拶で出迎えた。


「ああ、こりゃどうも、魔法使いさんたちとお嬢さん。

さっきそこのユーリアさんに塩を貰ったんで、おれの周りだけ塩水にさせてもらったんだけれどね、帰るときにゃ真水に戻しときますんでな」

「あらぁ、わざわざすみません。お気遣い痛み入りますわぁ。それじゃあちょっと触らせてもらいますわね」

「へえ、頼みます」


紫色のムチムチな足が水の中から差し出され、魔法使いの細い指がその先端をそっと受け止める。何やら変則的E.T.のようだ。


「……ああ、南のほうのかたでしたの。あの辺りは行ったことがありますわ。

それじゃ、お送りしますわね。二人も一緒に行きましょ?せっかくだからお土産買いたいわぁ」

「ありがとうございます。そんじゃ、……へい、こっちも準備万端でさぁ」


タコの周囲が一瞬青い光に包まれ、水がぐねりと動いた後、また元の透明な様子に戻る。

一次的に一部が海水のようになっていた池を戻してくれたタコにお礼を言い、ソフィアはぱっと杖を振った。

途端、3人と一匹は海の真上の空中に出現する。

突然の360度オーシャンビューに千尋が歓声を上げ、海にどぱーんとしぶきを上げて落ちたタコは楽しげに笑い、ユーリアは海風に吹かれて乱れる黒髪をそっと耳にかけた。


「お師匠様!すごい!浮かんでるわ!」

「あら~、本当チヒロったら怖がらないわねえ。じゃあこのまま岸まで飛んでいきましょうか。

ごめんなさいね、ちょっと一緒に岸まで来ていただいてもよろしいかしら?」

「おー、構わんよぉ」


タコからの返答に頷き、ソフィアが杖で陸のある方向を指し示すと、3人の体がそちらへ向かってぐんと加速する。

ジェットコースターのような勢いに大喜びする千尋に、ソフィアとユーリアは微笑ましげに笑顔を浮かべる。精神年齢的に孫を見ているような気分のソフィアは勿論、かなり年若いユーリアも末っ子を見守るような空気があるあたり、少なくとも相性のよい師匠と姉弟子に出会えた千尋は運がよいのだろう。自宅の立地は最悪だが。

3人が白く輝く美しい浜辺に着地すると、タコも岸に身を乗り出し、波の合間からその巨体をのぞかせる。


「はい到着!大丈夫?酔ってないかしら?」

「ええ!とても楽しかったわ!」

「はい、師匠。問題ありません」

「それならよかったわ~。それじゃタコさん。ちょっとお聞きしたいことがあるのだけれどいいかしら?」

「おう、何でも聞いてくれえ」


ひょいと足を上げて答えるタコの動きは、見た目の不気味さとは裏腹にユーモラスだ。これがギャップ萌えというものだろうか。


「お会いした場所に召喚される前にいらっしゃった場所についてお聞きしたいのだけれど、どんな場所で、どんな人間に召喚されたかは覚えているかしらぁ?」

「おう、ちょっと記憶が定かでないんだけれどね、どこかの屋敷の庭だろうなあ。大勢出入りしてたけんど、近くまで来てたのは食いもんを持ってくる係のやつと、あとは魔法使いだけだったなあ。

魔法使いのお姉さんよりなんぼか背が高くて、髪が茶色くて、喋り方は優しかったけどちょっと気持ち悪かっただよー。

あとはそうそう、杖についとったのがここの海みたいな色の宝石と、あとは真珠だったなあ。材質は木だったからよく分からんかったけどね」

「なるほどねえ、とても参考になりましたわ~。

魔法使いがご迷惑をおかけしてしまって、本当に申し訳ありませんでした。今後このようなことのないように、見つけてちゃーんとボコボコにしておきますからねぇ」

「おう、頼むよぉ」


気の良いタコがそう答えた次の瞬間、沖から波を蹴立てて何かが岸に向かって直進してきた。ドパンと勢いよく水しぶきを上げ、おっさんダコと同じくらいに大きなタコが岸に身を乗り上げる。


「あんたぁ!戻ってこれたのかい!」

「か、かあちゃん!いやあ大変だっただよ、ほれ、こちらの魔法使いさんらに助けてもらってよぉ」

「そうなんかい?あらぁ~、別嬪さんぞろいで!」


やたら肝っ玉母ちゃん感のあるタコだった。口調が田舎風なのはタコの特徴なのだろうか。

闖入者に慌てず騒がず、ソフィアが丁寧にお辞儀をする。


「まあ、初めまして。魔法使いのソフィアと申しますわ~。この度はよその魔法使いが迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「いいのよぉ、戻してもらえたんだから。戻ってこなかったら恨んでたけどねえ。

そんでほれ、あんた、お礼はしたのかい?」

「い、いやあ、着の身着のままだったもんで、なんも無くってな」

「なーに!これだから男は雑でいけないよ。

ほら、魔法使いさん、良かったらこれ貰ってって下さいな。良い真珠だろう?」


そう言って母ダコが伸ばしてきた手には、直径3cm近くありそうな巨大な真珠が握られていた。

代表して受け取ったソフィアはさすがに恐縮して頭を下げる。


「まぁ~、こんな立派なもの、いただいてもよろしいの?」

「いいんだよぉ、旦那の命の恩人だもの。それに海の底のほう探せばまた見つかるだろうから、遠慮しないでちょうだいな」

「それじゃあ、ありがたく頂戴しますわぁ」


礼を言う師匠の後ろで弟子たちも深々と頭を下げる様子に、母ダコはあらぁめんこいと手をペチペチ叩いて喜ぶ。タコの巨体からすると、人間の少女の動きは小動物じみて見えるのだろう。


「そんじゃ、世話になっただよ」

「ありがとね、この辺は果物が美味しいから、食べてってねぇ」

「ええ、こちらこそ結構なものを頂いてしまって、ありがとうございます!どうぞお元気で~」

「お元気で!」

「お元気で」


テンションの高低はそれぞれながら、和やかにタコ夫婦と別れた後、魔法使い一行は場所を移し、ヤシの木の生える街道へと繋がる小道を歩き始めた。

空は晴れ渡って雲は高く、いくぶん気温は高いものの、風がよく吹いて体感温度は心地よい。

ソフィアがどこからともなく出してくれたつばの広い帽子をかぶり、ワンピースの裾を揺らしながら、千尋が先頭を歩く師匠に尋ねる。


「ねえお師匠様。こちらの世界は動物と魔物がいると習ったのですけれど、魔物はみんな先程のタコさんのように喋れるのですか?」

「あれはそこそこ珍しい例ね。喋れるけれど喋る気が無かったり、言葉を理解しているけれど発声できなかったり、色々な個体がいるから。

でも、大抵の魔物は種族独自の言語はもちろん、多種族の言語を覚えるのも得意よ。

いま千尋と意思疎通できるようにしている魔法は、発する言語の意味をそのまま認識できる機能があるの。魔物はこういう魔法を生まれつき使えるものが多いから、もし知らない魔物と会った時も、こちらの言葉は理解しているものだと思っておいた方が良いわ」

「なるほど、わかりました。ステラさんが最初から私の話していることを理解していたのも、そういうわけでしたのね」

「そうね、ステラは高位の魔物だから大抵の言語は理解できるわ。

チヒロが言語の魔法を自分で扱えるようになったら、チヒロの国の言語とこの国の言語の翻訳をステラに手伝ってもらうと良いわ」

「ステラさん、料理に裁縫に掃除に、語学も堪能なのね……。私には勿体ないくらいだわ」

「込み入った魔法を扱うのはあまり得意じゃないけれど、純粋に力が強いから護衛としても優秀なのよぉ?

……さてと、到着ね。それじゃ観光と行きましょうか!」


話している間に、一行は砂のレンガで出来た城壁の見える場所まで着いた。町に入る門を目指す行商人や旅人の目が無い位置で、ソフィアはひゅんと杖を振る。


「今から私たちは、周りからはこの辺によく居そうな親子の姿に見えているからね~。さすがにドレスじゃ目立っちゃうもの。さあ、お土産たくさん買わなきゃ!」

「まあ、便利な魔法なのですね。この辺りは、たしか果物や香辛料、砂糖、それと宝石の生産が盛んなのですよね?」


千尋は周囲の植生を眺め、アベルとユーリアから聞いていた地理的特徴と照らし合わせる。


「そうよぉ、よく勉強してるわねえ。

あ、見た目もだけれど、喋っていることもある程度誤魔化される魔法だから、街中でも気にせずお喋りして良いからね?」

「よかったわ、私、この喋り方でないと落ち着きませんの」

「チヒロさんはとても丁寧な口調ですね。ご両親の教育が良かったのでしょう」

「あら!ありがとう!でもユーリアさんも落ち着いた喋りかたで、大人っぽいわ。

そういえば、歳はおいくつなの?」

「今年で14になります。それと、ユーリアで構いませんよ」

「まあ!嬉しいわ。それじゃあ私の事も、チヒロと呼んでくださいな」

「ええ」


弟子二人の微笑ましい会話に、ソフィアはニコニコしながらユーリアの頬を指先でつつく。


「ふふふ、チヒロ、ユーリアはねぇ、いまでこそこうだけれど、昔はとっても男っぽい喋りかただったのよぉ?」

「まあ!そうでしたの?ああ、でも、なんだか男装もお似合いになりそうな雰囲気はありますわね……」


長じれば某歌劇団の男役になれそうな、端正な美しさがユーリアにはある。

なにか分かり合った笑顔で頷き合う師匠と妹弟子に、ユーリアは若干の寒気を覚えながら門の内側を指さした。


「……それよりも、二人とも。ここは門を通ってすぐが大通りですよ。はぐれないように歩きましょう」

「はいはい。無理に着せたりしないから安心してねぇ?」


現地民に混じり、門番にも全く警戒されず町に入った3人は、すぐに賑わう商店街へと足を踏み入れた。

道沿いに並ぶ店舗の前には更に屋台が軒を連ね、食料品や装飾品、日用雑貨まで、様々な品物を取り扱っている。

南国らしい柑橘類や様々な形の香辛料、砂糖の入った高級そうなガラス壺にと、ソフィアはあらゆる商品を買っているわりに、どこにもしまう様子も持つ様子もない。

ユーリアもすっかりそれに慣れているのか、買った端から品物を師匠に渡していく。

魔法というより、逆に手品のような手際の良さだ。

二人に品物の説明をしてもらいながら買い物を進めるうちに、千尋はふと宝飾品を売る屋台に目を止めた。

普段使いにするような廉価なアクセサリーを売っている店の片隅には、小指の爪ほどの大きさの色とりどりの石が入った、いびつな形のガラス鉢が置かれていた。

小さいころ、両親に連れて行ってもらった夏祭りの屋台で、千尋はこれに似たものを見かけたことがある。

宝石のようなキラキラした小石を小さな器で掬い取って買えるシステムで、少女らしくキラキラしたものが大好きな千尋もこれを買ってもらったのだ。実家にある千尋の部屋には、子供の頃に買ったキラキラした小石たちがガラスビンに入れて飾られている。

屋台に並ぶこれは、おそらく宝飾品には使えない二級品か何かなのだろう。

ガラス鉢をじっと見つめる千尋に気付いたソフィアが、横から屋台の店主にコインを渡す。


「おじさん、これ、いただける?」

「おう、一つかみだよ。容器はあるかい?」

「袋もちょうだいな。さ、取っていいわよ?」


にこりと微笑むソフィアに、千尋はほんのりと頬を赤らめて礼を言う。


「あ、ありがとうございます。懐かしくって……」


照れながら、鉢の中の小石を華奢な手でつかみ、屋台の店主が持っている小さな麻袋の中にじゃらりと落とす。

鈍く光るそれを嬉しそうに覗き込む千尋に、ソフィアはにこりと微笑んだ後、次いでぴしりと表情を固まらせた。


「えっ……と、ごめんなさいね。ちょっと急いで帰りましょうか」

「はい、お師匠様。……どうなさったのですか?」

「戻ってから話すわね」


3人でそそくさと人目のない裏路地に移動し、ソフィアは急いで杖を振った。

一瞬で元の美しい白亜の塔の中に帰ってきた3人。きょとんとする弟子二人に、ソフィアは若干ひきつった笑顔で理由を告げた。


「んー、その、なんて言うのかしらね。

千尋ちゃん。あなた、もう魔法が使えてるわ」

「えっ?」

「あと呪われてるわ」

「あらぁ……?」


困惑するわりに、やはり一切怯えない千尋の様子は、やりやすいのかやりにくいのか微妙なところだ。

ただ、トラブルメーカーであることは間違いない。ソフィアはそう確信した。

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