第2話:怒れる副ギルドマスター
「それで、盗人を教会で火葬しちまうとこだったわけか」
テーブルを挟んで少女の向かい座る男――ダイ・フェアクル――は、さっぱりとしたショートの黒髪をグシャッと掴んでかきあげると、呆れた様子で手に持った書類を放り出した。言い方こそ冗談めかしてはいるが、その鋭い目をさらに細めて少女を睨みつけるような顔をしている。言葉以上に滲み出る凄みは、目を合わせることすらはばからせる。
対する小柄な黒髪の少女――ホムラ・フェルシャー――はその顔をまじまじと見つめていた。いつもの事ながら、この怖い顔と口から出る言葉のギャップには自然と笑いがこみ上げてくる。ホムラは必死で笑いを堪えるが、すぐに耐えきれなくなって口から音が漏れ出した。
「ふふっ」
「笑い事じゃない!」
すかさず怒鳴り声を上げるダイ。恫喝のようにテーブルを叩くような真似はしなかったが、それでも緩んだ口元をキュッと引き締めるには十分な迫力を出していた。
「隣町じゃ前の件もあってうちに対する不満が溜まってるんだ。マスターが朝から隣町まで謝りに行ってなかったら、今頃うちがあの教会みたいになっててもおかしくないんだぞ」
ダイの言うことはもっとだ。結果は結果として受け入れて、ちゃんと反省する。それでも、わざとやったけではないし、依頼通りに窃盗犯を捕まえたことはちゃんと評価して欲しい。大人しくしながらも心中ではそう思ったていたホムラは、不服そうに唇をとがらせ視線を落とした。
それを見たダイはため息をついた。しかし、先ほどまでの呆れた様子とは打って変わって、憐れみを抱いたどこか同情的な、そんな目をしている。
「言いたいことがあるのはわかる。だが、結果は結果だ。俺たちは、頑張るだけじゃ評価されない。俺たちが認められるには全員が納得いく結果を残すしかないんだ」
「でも――」
ホムラが口を開き掛けるとすかさずダイは、めっ。とでも言わんばかりに顔の前でビシッと人差し指を突き立てた。
「とにかく!」
やや声を荒げて発言しようとするホムラを遮ると、一転して落ち着いた様子で淡々と話し始める。
「ホムラは今、力に頼りすぎている。力を使わないということも学べ」
ホムラは不服に思いながらも、口答えしてお説教が長引くのも嫌なので渋々頷いた。
口から溢れそうになる思いをグッと堪え、縫い合わせたかのように口を真一文字に結んだ。しかし、そんな必死の我慢はダイの次の発言で簡単に無に帰した。
「しばらく依頼の受諾は禁止だ」
それを聞いた瞬間、ホムラは両手でテーブルを叩きながら勢いよく立ち上がった。テーブルの上に置かれたカップが揺れるガシャンという音が小さな部屋の中をこだまする。
「はぁ?!」
ホムラはダイを見下ろして怒気を孕んだ瞳で睨みつけるが、向かいに座る冷血漢は動じることなく涼しげにしており、ホムラの方に視線を向けることすらしない。その様子がホムラにとっては余計に腹立たしかった。
「まだ話は終わってない」
ダイはそう言って、人差し指でテーブルをトントンと叩いて座るように促した。もう少し粗暴な物言いでもすれば張り合いがあるが、こうも相手にされないと1人で勝手に興奮しているのが馬鹿らしくなってきて平静さを取り戻さざるを得ない。ホムラは沸き上がっていた感情がすっと引いていくの感じながら再び椅子に腰を下ろした。
「うちには再生術士(さいせいじゅつし)がいないんだ。怪我したまま出て行って、また怪我をして帰って来られたらこっちが困る」
「そんなヘマ……」
しない。そう言い切ってやりたかった。だが、現に素肌の出た腕や脚のところどころに包帯が巻かれている。大した怪我ではないが、力を入れるとヒリヒリと痛み、自身の失敗を印象付けるには十分だった。
「火を操れるといっても、火に焼かれればそうやって火傷はするし傷は残るんだ。ちゃんと力を扱えるようになれ」
そう言ってダイは腕を伸ばして、ホムラの頬に貼られたガーゼにそっと手を当てた。そして、それまでの険しい顔つきをやめ、ほんの少しだけ優しげな表情になってホムラの青玉のような目を見つめる。
「それまでは絶対に見捨てたりしない」
「ダイ……」
ホムラはダイの顔を見つめる返すと、頬に当てられた手をギュッと握った。
「手冷たいよ。大丈夫?」
「大きなお世話だ」
ダイはゆっくりとホムラの手を引き剥がすと、また元の険しい表情に戻って、小さな子供によく言って聞かせるように話し始めた。
「何はともあれ、しばらくはギルドの仕事をやってもらう。拗ねたりせずにちゃんと明日も朝イチから来いよ」
「はぁい」
ちゃんと話を聞いていたのか復唱させたくなるような返事だが、今更それを咎める気にもなれず、ダイは部屋を後にするホムラの背を黙って見送った。
久しぶりに部屋に静けさが戻ると、先ほどまでは気にならなかった隣の部屋の喧騒が耳に入る。あの喧騒の中に混じっていた頃が懐かしい。ダイは少し物寂しさを覚えながら、息を吐いて大きく背中を伸ばした。
その直後、やかまし声の渦中である隣の部屋へと通じる扉が音もなく開き、そこから1人の女がダイの前に現れる。年頃の女子らしく見た目には気を使っているようで、ピンクのメッシュが混じったアッシュグレーの綺麗な長髪が一際目を引く。柔和な表情も合間って、ダイと同じ年齢だがそれよりも少し若く見えた。
「ノックくらいしろよ」
ダイはそう言うが、その女――レーゼ・ベラートン――は悪びれる様子もなく、ニコニコしながらダイの前に腰を下ろした。そして、両手で頬杖をつくと可愛らしく首を傾げる。
「そーっとしたよ?」
そーっとじゃ意味がないだろう。普段ならそうツッコんでいるところだが、残念ながら今のダイにはそんな気力は残っていない。
「結構疲れてるみたいだね」
「そりゃ夜中に叩き起こされりゃな」
警察が借家を訪ねてくるのはもう慣れっこだが、夜中に押しかけられるのは初めての経験だった。いくら逮捕に至らないからといっても、警察の方で朝まで面倒くらい見てくれてもよさそうなものだが、その夜のうちにホムラを迎えに行くハメになった。
それだけならまだよかったのだが、盗人の身柄引き渡しの手続きや、教会関係者への詫びなど諸々の後処理にも追われた。おかげで昨晩から一睡もできずに今に至る。
「悪党を捕まえる腕は良いんだから、あとは火を付けて回りさえしなけりゃ文句はないんだがな」
そんな恨み節のような独り言を発すると、レーゼはそれまでの笑顔をやめて眉尻を下げた。
「それで、その良いところはちゃんと誉めてあげたの?」
それに対し、ダイは静かに首を横に振る。
「だと思った」
そう言って、呆れた様子でため息をついたレーゼは、さながら小さな子供を叱ろうとする母親のようだった。
「ほんと、素直じゃないね」
「素直になりゃ、あいつは大人になってくれんのかね」
ダイは息をフーッと吐き出して、椅子の背もたれに身を投げ出した。何処にどんな汚れや傷がついているのか覚えてしまうほどに今まで何度となく見上げた天井をまた見上げる。
「誰か1人は厳しくしてやらないと、本人たちのためにならないだろ」
「でも、そのために自分の本心を蔑ろにするなんてダイが辛いだけだよ……」
そう言ったレーゼの顔は、少し悲しそうだった。他人の身を案じ、まるで自分のことのように悲しそうにする。レーゼのみならず、他のギルドメンバーの多くがその心を持っている。ホムラだってそうだ。だからこそ、ダイは自分の意思を曲げようとは思わなかった。
「例え辛くても、あいつらが神術士としてだけじゃなく、人間として強くなれるようにする。それが俺の――」
「副ギルドマスターとしての役目だ」
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