飛び込みJKを助けたら、同棲することになった

アサギリスタレ

迫る電車と女子高生

 憂鬱な月曜日の朝。

 出勤のため、勤め人である俺はいつものように電車を待っていた。

 今日も一日頑張るぞ。

 なんて意気込んでいると、アナウンスが流れ、そろそろ電車が来る頃合いだ。

 なんとなしに電車が来る方を見詰める。

 その時、ふと、若い女の子が視界に入った。制服を着ているので女子高生だ。膝丈のスカートの真面目ちゃんだが、雰囲気でなんとなく分かった。

 それだけならば別に、然程気にも止めなかったが、女子高生は結構前の方に出てしまっていた。ここはホームドアがないから、あんなに前に出たら危ない。注意散漫な歩きスマホ野郎に後ろから軽く当たられれば、下手するとホームから落ちてしまうだろう。

 それに実際起こるかは定かではないが、電車が来たとき引き寄せられるとかネットで見たこともある。もしそれが起きてしまったらまずいことになる。

 女子高生がミンチになるところなんて見たくない。

 ただの傍観者としていられない案件だった。

 年長者としての勤めを果たそう。

 俺は親切心で注意してやろうと、女子高生の元へと歩いてゆく。

 逆ギレのおそれ、というかその可能性が殆どだが、死んでしまったら、元も子もない。

 どころか、俺は声を掛けなかったことを一生後悔するだろう。

 そんなことを考えていたら、距離も縮まり、間もなく説教タイムだ。

 なんて声を掛けようか……。

 と考えてしまい、足を止めてしまう。

 すると、ふいに女子高生が、ふらりと前方に傾いて


「――な!」


 俺は反射的に飛び出した。

 電車の警笛を耳に入れながら、俺は全速力で滑り込み、咄嗟に、ぐいっと女子高生の胴体を掴み引き寄せる。


「きゃあっ!」


 女子高生が可愛い悲鳴をあげる。

 そんなことを気にも止められないくらいに、俺は必死だった。

 当然だろう、命懸けだ。

 下手すると俺まであの世行きになってしまいかねない。

 腕に女子高生の全体重がかかる。

 俺は歯を食い縛って根性をみせた。

 どうにか救出成功だ。

 ぎゅっと袂に抱き寄せると、そのまま後ろに倒れ込みそうになり、足に力を込めて、堪えた。


「ふう……」


 電車からの風圧を浴びながらも、俺は安堵の息を吐いた。

 ……ギリギリだった。

 なんとか女子高生を助けることが出来た。助けられてよかった。

 すると、怒りが込み上げてくる。


「危ないじゃないか! 死ぬ気かよ!」


 俺は罵声を浴びせていた。

 もし目の前で死なれたら自責と後悔で一生もののトラウマだ。そう思うと、怒りがわいた。怒りはもちろん安易に死のうとした事に対してもある。

 それを考えると、逆に悲しみがわいてきた。どんどん胸が苦しくなってくる。


「馬鹿野郎が、なんでそんな簡単に命を投げ捨てられるんだよ……!」


 そう声を絞り出して、今度は泣きそうになった。


「なんで女子高生が死のうとなんてするんだよ……」


 そこまで言って深呼吸する。

 俺の息はまだ荒いが、頭はどうにか冷静になる。

 今、女子高生の命は俺の腕の中にある。ひとまず安心だ。

 と思うと、今度は下らないことを考える余裕ができる。彼女はそこそこの体重だった。このちっこい身長ならこんなものだろう。小柄であり、痩せ型という訳ではないが太っている訳でもない、程よい肉つきだ。――っと、分析してる場合じゃないな。

 ふつふつと邪念がわいてくるが、暴走されたらまずいので離してはやらない。

 ふと気づく、周囲の目が不審そうなものとなっている。

 目の前の扉も開いてなおのことピンチだ。

 まずい。痴漢だと思われる。

 こちらに目を向けながら、出たり入ったりする人たち。

 その人たちの視線を意識しながら、やべぇと焦りが募る。

 脳みそがフル回転した。

 しかし、脳裏に浮かんだのは馬鹿馬鹿しいものだった。

 だが、俺はとんでもない窮地にたたされている。冷静に考える余裕もなく、その案を実行する。

 俺は無理を承知で、


「サリー」


 とか言って、バカップルを偽装する。

 サリーって誰だ?

 こいつか。

 サリーって髪色じゃないぞ。

 さっき見た顔も、純日本人だったし。

 冗談はともかく、これなら朝っぱらから抱き着いていても大丈夫だろう。……駄目? バレなきゃセーフだろ。

 ただ、女子高生に悲鳴をあげられたらヤバイ。

 生憎と離してやることは出来ないが、できるリスクマネジメントをしなければ――。

 そこで、はっと俺の手の位置が結構際どい事に気づく。

 にしては感触が板みたいに平坦だ……。

 しかしずっと触っていたのか。

 意識しなければ気付かなかった。

 ――彼女は、可哀想なくらいにぺちゃぱいだった。

 俺は憐れみを覚えつつ、胸部の方にいっちゃっている手を少しずらした。

 なお、彼女の名誉のために言うが、俺は早い段階から、ちゃんと反応してしまっている。ナニがとは言わない。

 すると今度はお腹へと到達だ。勘弁してほしい。

 女子高生のお腹を触っているという事実は俺の胸をばくばくいわせた。呼吸で脈動するナマモノだから尚更ヤバい。

 俺は、煩悩に呑まれそうになり、悶々としていた。

 すると、


「死ねなかった」


 俯いていた女子高生が、陰気な声で呟いた。

 やるせない気持ちになった俺は言ってやる。


「そんな若いのに飛び込み自殺とか止めろよ、親が泣くぞ」


「死ねなかった」


「そもそも電車で死のうとして、死ねなかったらどうなるかわかるか」


「死ねなかった」


「下手すると、腕とか欠損して生き永らえるんだよ。その若さでそれは辛いだろ」


「死ねなかった」


「おい、聞いてるのか?」


「死ねなかった」


「さっき、きゃあっ、って言ってなかったか?」


「死ねなかった」


 駄目だこいつ。

 説得を試みるも上手く行かなかった。

 それもそのはず、さっきから全く同じ言葉しか喋っていない。

 死のうとしたのに、死に損なった。

 そう考えているのだろう。冗談じゃない。

 ――俺が助けたのは、余計なお世話だったとでも言うのかよ……。

 そうやってどんよりとした空気を醸し出すものだから、俺も気分が沈んでしまい、そんなことを思ってしまった。

 そんな考えは、抱いている女子高生の熱を確かめたことにより即座に打ち消された。

 ――死んだら何もかもおしまいだ。ここで生かして正解に決まっている。

 俺は気を取り直した。

 しかしながら、陰気な声で陰気な事を繰り返されるのは、さすがに参る。

 擽れば笑うかもしれない。

 試しにあちこち擽ると、身を捩った。先程より醸し出している雰囲気からして効かないのかと思ったら、結構反応を返してくれるので、なんだか楽しい。

 たまらず女子高生が振り向いた。涙目で軽く睨んでくる。ぜぇぜぇと荒い息を吐いていた。頬は紅潮し、表情は少しムスッとしている。頬が膨らんでいる。


「意地悪」


 恨みがましそうに呟いた。そんなに擽られるのが嫌なのか。そりゃあ見ず知らずの男にやられたら嫌か。


「離して」


 さっきまでとは違い声にも感情がこもってきている。非常に冷淡なトーンだ。ちょっと声が震えているのは、擽りが効いたのだろう。


「よし」


 俺は女子高生ごと回転し、安全な方で解放してやった。


「ありがとう」


 彼女がぼそりと言う。

 俺は彼女の目を真摯にみた。


「もう死のうとするなよ」


 ぽんと頭に手を乗せ、そう言ってやると、女子高生は表情を固くする。


「死にたい」


「はあ!?」


 思わず声をあげてしまった。

 流石に目立ったか、駅員が向かってくる。

 それを認めた女子高生は何を思ったか、


「行こう」


 そう言って、俺の服の袖を摘まむ。


「んん?」


「落ち着いたところで話をしよう」


 女子高生が独自のペースで話を進めてきだした。

 本来、主導権を握るのは俺のはずで、そう切り出すのも俺のはずだ。これじゃあ真逆じゃないか。

 彼女とは、見えている世界が違うのかもしれない。


「俺、仕事なんだが」


 一応、言ってみた。

 もちろん、自殺志願の女子高生をこのまま放って仕事に行くなんてことはしないが。


「そんなの知らない。来て」


 女子高生は整然と無理を言う。なかなか強引だ。


「参ったなあ」


 俺は苦笑混じりに呟いた。女子高生にここまで圧倒されるとは、ほんと参った。降参だ。

 ともあれ、乗りかかった船という奴である。

 うちの会社ごく少数で回してるところだし、社員たちにどやされそうだ。

 が、かといって、この女子高生を放っておくわけにはいかない。

 俺は頭をぽりぽり連行される。




 その途中で、会社に電話を掛けなくてはと思い当たり立ち止まる。スマホを取り出そうとすると、


「どうしたの?」


 振り向いた女子高生が不思議そうに訊いてきた。

 出したスマホを手に持つ俺をじっと見て、すぐに不安そうな顔になり、


「まさか警察に……?」


 捨てられた子犬みたいな目で見詰めてくる。俺の裾を握る手が震えているのを感じた。

 

「違う。会社に電話を掛ける」


 手を彼女の頭にそっと乗せた。

 そしてアイコンタクトを取る。

 途中で投げ出すような真似はしないから、安心しろ。と言外に伝えた。


「そう……」


 安心したのか、ほっと胸を撫で下ろした女子高生。

 そして何を思ったか俺をじっと見詰め返してきた。

 すると彼女は言った。


「待ってる」


 いじらしいことを言ってくれるものだ。

 俺はそんな女子高生を横目に電話を掛ける。


「待たせたのう」


 電話応対者として不安になる応対で、上司の瀧本たきもとさんが出た。


「おはようございます。松尾まつおです」


「なんじゃ松尾かい、気張って損したわ。油売ってねえではよ会社来んかい」


「……実は、女子高生が電車に飛び込もうとしているところを助けてしまいまして、彼女をこれからどうにかしなければいけないんです。だから少し会社には遅れますね」


 嘘を交えてもどうせバレるので正直に話す。余計嘘っぽくなった気がするが。


「あ゛あ゛?」


 まずい。瀧本さんの声色に怒りが含まれている。ヤクザみたいにドスの効いた声だ。

 実はヤクザが本業じゃないだろうな……。と不敬にも疑念を抱いてしまう。

 ――彼は、見た目が厳つく。強面だ。

 瀧本さん、普段は優しいヤンキーだけど、厳つい見た目だからか怒ると結構怖いんだよなあ……。

 しかしまあ、突然こんなこと言われたら、そうなるのは当然だろう。だが事実だ。少しずつ分からせていこう。

 すると、くいくいと袖を引っ張られた。見やると、


「貸して」


 何を思ったか、女子高生がスマホを渡せと催促してくる。


「ええ」


 俺は戸惑う。瀧本さんの怒りが増してしまうだけではなかろうか。


「上手く説得するから」


 やけに自信ありげだったので、


「出来るものならやってみろ」


 物は試しと渡してみる。

 ぶっちゃけ、瀧本さんが女子高生に言い負けるところが見(聞き)たかったから、スピーカーにしておく。


「どうも、不本意にも松尾に助けられた女子高生です」


「……ドウモ。わしゃ瀧本言うねん。松尾はどうした、うんこかあ?」


「松尾はただいま、おしっこです」


 と俺は言った。


「おるじゃないか! お゛い゛!」


 瀧本さんの物騒な声を聞いても、女子高生は落ち着いていた。

 どころか、


「まあまあ、今は抑えて」


 そう宥める。


「……おう」


 あの瀧本さんを静めるとは期待以上だ。

 瀧本さんは声を潜めて、


「……そんで、あんさん自殺しようとしたんか?」


 と訊く。

 すると女子高生が、


「彼が力強く抱き締めてくれたから、死ねなかった」


「ぶは!」


 俺は吹き出した。

 事実だが伝え方があるだろうが!


「そういうわけで彼とお話しがあるんです」


「なら仕方ないのう……」


 瀧本さんは渋々といった様子だ。

 女子高生が「返す」と俺のスマホを返してくれた。

 女子高生の健闘を称えるため、口の動きで「よくやった」と伝えつつ、親指を立ててみせてやりながら、俺は電話を引き継ぐ。


「そういうわけですので失礼します」


「おう。おめでとう」


「待ってください。何か誤解を――」


 ぷっつり電話が切れる。

 弁明しようとしたのに……。

 俺はがっくりした。スマホを持った手を垂れ下げる。

 ああ。女子高生が変な風に伝えるから、瀧本さんが、とんでもない解釈違いをしてしまったじゃないか。

 にしてもあの瀧本さんが根負けするとは……。

 きっと女子高生の生の声が効いたのだろう。

 俺の袖が引かれる。


「松尾、早く行こう」


 急かす女子高生に、俺は頷いた。

 ふと、気付いた。


「というか呼び捨て」


 呟く。するとぴくっとした女子高生が、振り向く。

 不安げな表情だ。そんな彼女の表情には、俺と親しくなりたいのだという気持ちが透けて見えるような気がするが、果たして……。


「不快だった?」


 おずおずと訊いてきて、首を軽く傾ける。

 まさか脈があるんじゃないだろうな。まだ出会ったばかりなのに……。

 そう思ってしまうと、ドキリとしてしまう。

 ちょっとだけ顔を背け、俺は素っ気なく答える。


「別に」


 そもそも、ただ口に出しただけであり、文句なんてなかった。

 女子高生に呼び捨てられると言うのも悪くない。

 俺は女子高生に連れられ、何処かへと歩みを進める。いよいよ本命のお話しタイムだ。

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