6章 豹変①
少女は周囲の景色が全く目に入らないほどの動揺ぶりで、途中何度も転びそうになりながらも足早に歩を進めている。
「コツン・・・コツン・・コツン・・・・・コツン・・・」
通り魔によって口裂け女としての思考を植え付けられたとは言え赤の他人を傷つけてしまった。もしかすると自分の潜在意識にはあの女と同じく狂気に満ちた感情が渦巻いているのかもしれない。
「ポツポツポツポツ・・・・・ザーッ、ザーザー・・・」
病院へと向かっていると突然、辺り一面を濡らすような大粒の雨が降り出してきた。雨は徐々に勢いが増して次第に周囲すら見えなくなるほどで、少女は全身ずぶ濡れにはなるものの運良く誰にも遭遇せずに帰り着くことができた。
部屋に入って直ぐのことである、洗面台の方で何か人影のようなモノが動いているのに気がついた。少女がそちらに顔を向けてみると開いたままになっている鏡に口が大きく裂け,全身に返り血を浴び,赤みが増した口裂け女が映し出されていた。
「!・・・!『こ、これが私なの!』」
恐ろしくなった少女は少しでも早く本来の自分に戻るべく脱衣場で身に着けている衣服や下着,靴を脱ぎ去り、口元を創傷被覆材で覆うと浴室へと向かった。シャワーを浴び始めると浴槽があっという間に真っ赤に染まりだして一面血の海へと変えた。浴び続けていると温かいお湯が気持ちを和らげたのか、少女は少しずつであるが落ち着きを取り戻していく。全身を洗い終えた少女は口裂け女の一式を黒いポリ袋に押し込めるとそれを浴槽へと隠しその場を後にするのであった。
部屋に戻ってまず始めに着替えを取り出すべくクローゼットを開けてみると・・・驚いた。入れてあったはずのパジャマや下着類のすべて無くなり、代わりとして少女が先ほどまで身に着けていた同じデザインのショーツとスリーインワン,それとガーターベルトにストッキングが置かれていたのである。
「・・・『これって通り魔の仕業だよねぇ。困ったなぁ、これを私に着けるってことだよね』」
昨日までの奈津子ならこのような極端に露出度が高く,卑猥なデザインの下着類を着けることなど考えられないことであったが、今は躊躇することなく寧ろ自らが進んで身に着けるまでになっていた。2回目ともなると手間取ることなく1人で着けることができ、次に髪を乾かしヘアゴムでアップスタイルに束ねた。後は口元を隠せる物であるが、衣類と同様に包帯の類いがなく、代わりに使えそうな物と言えば余っていた例のシリコンマスクぐらいである。仕方がないとは言え、マスクの方も躊躇なく手に取ると口元を覆い顔に固定させた。マスクからは前回と同様に仄かに甘酸っぱい香りが漂ってきて、暫く吸い続けた少女が洗面台の鏡を覗きこむと自らの顔に違和感を覚えた。
「・・・???『アレ、あたしの顔ってこんなんだったかしら』」
顔を隈なく動かし確認すると何を思ったのか束ねたばかりの髪のヘアゴムを外した。再び覗き込むも依然として違和感を覚える顔に少女は鏡に映る自らに鋭利な眼差しで睨みつけた。三度覗き込むと今度はスーパーロングヘアと憎しみに満ちた目に満足したのか鏡に向かって笑みを浮かべた。
「・・・『そうよ、これこそがあたしの顔だわ・・・うふふ』」
そこには口裂け女の顔が存在していた。
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