4章 誕生⑦
変わり果てていく自らの姿に悲しんでいると通り魔が背後に立ち耳元まで顔を近づくと囁き出してきた。
「鏡に映った姿をよーく見なさい。これからあなたにはその姿でお散歩をしてきてもらいたいの」
「えっ!こんな真夜中に、このまま出かけるんですか」
「そうよ。真っ昼間じゃ絶対に無理な話だけど、この時間帯なら出歩いている人もそう多くはないわ。そしてもし誰かと遭遇しようものなら・・・そうねぇ、生まれ変わった姿でも見せびらかしてくるといいわ」
奈津子にはこの姿に抵抗があって、他人に見られようものならもう生きていけないとさえ思えるほどである。
「でも、もし知り合いと鉢合わせでもしたら」
「安心しなさい、例え親類縁者であっても今のあなたを見て、気がつく人なんていないわ」
派手な色合いの衣服とヒールの高い靴,長い髪に極めつけは口が左右に大きく広がった顔、確かに両親や姉でさえ奈津子だとは分からないだろう。おそらくは180cmを超え周りに威圧感を与えるデカ女,あるいは異様な装いに恐怖心を抱かせる女,はたまたもの凄く醜い顔を曝し続ける化け物の類としか思われないのではないか。。
「だけど、口は・・・」
「その点は考えてあるわ。最初からそんな顔を見せられた日には逃げ出されるのがオチ、そこでコレを付けていきなさい」
そう言うと通り魔はビニール袋に収納された白い布を取り出し、奈津子に手渡した。
「このマスクはサイドが幅広く,周囲のシリコンゴムによって密着性が高まっているんで少々強い風が吹いていたとしても外れない。口の裂けた女性にピッタリな代物よ」
「で、ですが」
「これでもダメなの。まったく~、外見が変わっても心はお子様なのね・・・そこまで嫌がるなら今夜の所はもうお開きとしましょうか」
「ええっ!本当ですか」
思いがけない申し出に奈津子は驚きを隠せなかった。
「ただし1度そのマスクを付けて、それでも不安が拭い去れないようだったら続きはまた今度と言うことで」
「本当にそれだけでいいのでしたら・・・分かりました」
今夜だけでも見逃してもらえるなら朝になって今起こったことを話せばきっと対策を講じてもらえるであろう。
「・・・『今だけ、今だけやり過ごせたらきっと・・・』」
ほんの少しだが心に余裕が生まれた奈津子は1枚取り出すとおかしな所がないか調べ始めた。マスクはガーゼタイプの綿素材,プリーツ型でズレにくい構造をしている。また通り魔が言った通りにサイドが広く,シリコンゴムが付いていることを除けば普通のマスクと何ら変わらないように思われた。
「ダ・イ・コ・ン、もう忘れちゃったのかしら」
奈津子が更に詳しく調べだしたと見るや通り魔はあるワードを言い放った。
「!!!」
その言葉は奈津子に大根での苦しかった記憶を思い出させ、それと同時に調査を切り上げさせるのに最適であった。奈津子は慌ててマスクで口元を覆い、鏡ではみ出している所がないかを入念に確認すると両耳に紐をかけて装着させた。
「あ、あの~、これでいいでしょうか」
「ええっ、よーく似合っているわ」
マスクによって呼吸がしづらくなることはなく、逆にまるで顔の一部ではと思えるほどにフィットした。
「・・・『うん、これだったら問題なく出かけ・・・じゃなくて、断らないと・・イケ・ナァクモ・・・アレ、おかしい・・・私、やっぱりドコか変』」
付けていると仄かな甘酸っぱい香りがドコからともなく漂ってくるのを感じた。
「気づいたかしら。それはねぇ、着せ替え人形を操り人形へと変身させるためのお薬なの。今は何も考えず、ただ吸い続けなさい」
暫くすると奈津子は視点の定まらない虚ろな表情を浮かべ、なぜだかその匂いから離れたくないという不思議な感覚に襲われていった。更に吸い続けているうちに瞳からは輝きが失われ、意識がもうろうとし始めた。
「そろそろいい頃合いみたいね。さぁ、お前の心の声を聞かせてもらおうかしら」
表情から薬の効果を感じ取った通り魔は再び近づくと耳元で囁き出した。
「お前はこの姿でお散歩に出かけたい、そうなんでしょう」
「・・・『はい』」
奈津子は無言で頷いた。
「お前は皆に全身を、特に顔を見せびらかしたい、そうなんでしょう」
「・・・『はい』」
奈津子は再び無言で頷いた。
先ほどまで【あなた】だった呼称がいつの間にか【お前】に変わっている。しかし奈津子は甘酸っぱい匂いを嗅ぎ続けているためその変化にさえ気づかず、甘い囁きがまるで催眠術ように聞こえていた。
「お前は自らの意思であたしそのモノに成り代わり、お人形さんとして私に操られたい、そうなんでしょう」
「・・・『はい』」
奈津子は尚も再び無言で頷いた。
「やっぱりねぇ、口では嫌々と言っておきながらも本心ではまんざらでもないみたいね。もう~、素直じゃないんだから」
媚薬は思考能力を著しく低下させて、通り魔の命令に従わせる操り人形へと変えてしまった。
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