4章 誕生⑥

「う~ん、何だろう・・・そう、何か足りない。私の求めているあたしに何か欠けている気がするのよねぇ」

変貌を遂げつつあるオモチャの出来栄えに満足のいかない通り魔は淫猥な視線で奈津子の全身を見回している。奈津子本人はこの状況から逃げ出したくて仕方ない気持ちたが、設置面積の少ない極細ヒールを履かされている履いている今の自分にはその場で立ち続けているだけでも精一杯で、まるで足枷を嵌められ足の自由が奪われているような感覚に襲われていた。

「あっ!分かった、ヘアスタイル。これよこれ、これこそが足りないピースだったんだわ」

奈津子は姉が火事で髪を焦がして以来、気を使ってアップスタイルで目立たないようにしている。通り魔はその髪に狙いを定め、手を伸ばしてきた。

「えっ!止めてください。私の髪はクセっ毛で艶がなく、それでいてパサついているので人に見せられたモノではありません。これまではあなたに従い受け入れてきましたが、どうか髪だけはご勘弁ください」

他人に髪を見られること、特に触られることを嫌っている奈津子は通り魔の手首を無意識に握りしめた。

「勝手に動くなと忠告したばかりだけど、この手はどういうつもりかしら。私は着せ替え人形で楽しんでいるんだから邪魔しないで」

「・・・『確かに今は着せ替え人形のようになっているけど、なんで動いたぐらいで怒られなくちゃいけないのよ・・・だけど怖くて何も言い返せない』」

強い命令口調に怖気づいた奈津子は握りしめていた手を放すと直立不動の姿勢をとった。

「そうよ、それでいいの。さて、窮屈そうに束ねられた髪が自由を得たらどんな姿を現すのか見ものだわ」

奈津子が抵抗を止め,大人しくなったと見るや手が再び髪へと伸びてきた。見ていられなくなった奈津子が目を閉じて耐え忍んでいると通り魔は髪を固定させているヘアピンを外し始めた。解き放たれた髪はヘアモデルではないかと思えるほどの潤いある髪質が保たれていて、膝下に届きそうな長さを有している。すべてを外し終えるとストレートのスーパーロングヘアが姿を現し、それは通り魔と同じ髪型であった。

「《嘘つき殺人鬼の始まり》って知らないの、1mは優に超えているのに痛みが一切なく,サラサラとした髪質が高級感を生んで黒光りしているじゃない。人様の大事な髪を奪っておきながら自らはこんなにも素敵な髪を隠し持っていたなんて・・・ボロボロに燃やしつくしてやりたいわね」

そう言うと何を思ったのか、通り魔は奈津子の髪を力いっぱい握りしめた。

「痛い、止めてください」

ハッと我に返った通り魔は握りしめた髪を放した。

「アラ、ごめんなさい。私ったらあまりの美しさに嫉妬しちゃった」

続けてドライヤーとブラシを手に取り、奈津子の髪にブラッシングを施していくと髪からツヤツヤな光が放ち始めた。

「これだけ長く,黒々としているならウィッグなんて必要ないわね・・・さぁ、あなた自身の目でも確かめてみるといいわ」

通り魔の言葉に恐る恐る目を開けて見ると鏡には口唇に真っ赤なルージュ,爪にも真っ赤なマニキュア,全身に真っ赤な衣服,足元には真っ赤なハイヒール,そして髪はストレートのスーパーロングヘア,数日前、遊歩道で遭遇した女性が映し出されていた。

「・・・『これが私、通り魔の姿そのまんまじゃない。私って本当に通り魔の女に変えられてしまったんだ。嫌だ、このままだと私が私でなくなってしまいそう。だけど自分ではどうすることできない、誰か助けて』」

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