第34話 ダンスパーティー予行練習

 ダンスパーティーの準備期間は思った以上に大変だった。なにせ、途中から女性陣がドレスの準備とかで戦線から離脱していったのだ。これには男性陣の顔が青ざめた。

 もちろん男性も服装の準備はする。だがそのほとんどは、馴染みの店に行き、採寸してもらい、今年流行の服を選んでもらえば終わりである。


 しかし女性陣はそうも行かなかった。ドレスの打ち合わせ、宝石の確認などで生徒会室に来なくなったのだ。あっという間に生徒会室は男だらけのむさ苦しい空間になった。

 当然、リアもマリーナ様も同様である。王立学園の授業が終わると早々に帰宅していった。


「なんといか、女性は大変だな」

「そうですね、殿下。そのお陰で私たちも大変なことになっているのですがね」

「そうだな……」


 殿下の目の前に書類の束をドンと置くと、その顔が引きつったものに変わっていった。これまではマリーナ様がサポート要員としてついており、書類の分類や、間違いの確認をやってくれていた。今はそれがないのだ。全て殿下の力でやらなければならない。


「ふぇ、フェルナンド……」


 ええい! 捨てられた子犬のような目で俺を見るな!


「私も手伝いますから、殿下も頑張って下さい」

「おう! 任せておけ!」


 白い歯を輝かせ、サムズアップをキメる殿下。それはマリーナ様の前でするべきなのではなかろうか? 俺は心を無にして書類の山へと手を伸ばした。



 そんなこんながありながらも、準備は着々と進んでいった。早めにダンスパーティーの準備をしていたこともあり、それなりに余裕を持ってダンスホールの準備が終わった。

 今はそのダンスホールの最終チェック中である。もちろんいるのは男性のみである。


「窓を開けておけば十分に風が入ってくるな。ダンスパーティーは昼間に行われるから、天井の照明を使う必要はそれほどないだろう」

「食べるものは軽い軽食を用意する予定です。飲み物は果物のジュースのみ。お酒はありません」


 内装や調度品に問題がないかどうかをチェックしてゆく。あらかじめ作成しておいたチェック項目を書いた紙があるため、スムーズに作業が行われている。


「軽食か……大丈夫か?」


 殿下の不安はもっともだろう。そんな不特定多数が行き交う中で提供されるのだ。毒殺の危険性は十分にある。


「十分な監視役を配置しておく予定です。それに万が一に備えて医者も薬も十分に用意しておきますよ」

「そうか。それなら安心できるか」


 もっとも、殿下が食べ物を口にする前には必ず毒味が入る。殿下が毒殺される可能性は極めて低いだろう。 殿下も自分のことだけではなく、周囲についても配慮するようになった。

 生徒会長という役割は、間違いなく殿下を新しいステージへと進ませてくれたようである。


「あとは予行練習をするだけですね。場所は新しく確保したこの部屋にしましょうか。ここの使い勝手を確認する必要があります」

「そうですね。このダンスホールは他の二つの会場から離れたところにありますから、移動の際に問題があるかも知れません。調べておいた方がいいですね」


 方針は決まった。ある程度の人数を呼び込んで、小さなダンスパーティーでも開くことにしよう。

 参加者は生徒会役員に加えて希望者を募ったのだが、予想以上に希望者が多かった。そのため、くじ引きで抽選することになった。



 当日の衣装は普通の服装にすること。ガッツリと整えたドレスは不可にした。そうでもしなければ、ファッションショーになりかねない。それでもさすがは貴族なだけはあって、気合いの入った服装をしてくる生徒も多かった。


「私ももう少しボリュームのあるドレスにすれば良かったかしら?」

「リア嬢、今のドレスでも十分に魅力的ですよ。それに今日は予行練習です。あちこち動き回る予定なので、軽いドレスの方が疲れませんよ」


 そうでしたわね、と笑うリア。冗談でも何でもなく、いま着ているドレスだけでも本当に素晴らしいものであった。本番はさらにすごいドレスになると言っていた。今からワクワクしてきたぞ。


 だがしかし、何の因果か、ヒロインのビラリーニョ嬢と攻略対象のアレクも抽選で選ばれていた。まさかこれもゲームの……いや考えすぎか。もしゲームのイベントがあるとするならば、ダンスパーティー本番のはずだ。ただの予行練習で問題が起きることはないはずだ。


 そしていつの間にかに仲直りしていたのか、二人は親しそうに話している。もちろん周りには他の取り巻きも健在だ。

 あの感じだと、少なくとも付き合ってはいないのだろう。逆にあの男に囲まれた状況でだれかと付き合っていたら、ある意味大物だと思う。


 俺もリアという婚約者がいるからこそ、女性陣に囲まれないですんでいると思っている。殿下も同じだろう。そして逆に、リアとマリーナ様に取り巻きがいないのは俺と殿下がいるからだろう。持ちつ持たれつの関係である。


「やはり抽選から外しておくべきでしたわ」

「リア?」


 男だまりの方を見ながらリアが言った。その眉間には深いシワが刻まれており、美人が台無しである。きつくつり上がった目はまさに悪役令嬢そのものである。

 俺はリアのほほに手を添えると、親指でその目尻を下げた。情けない顔になるリア。


「プッ」

「ちょっと、いきなり何をなさいますの!?」

「ごめん、ごめん。美人が台無しだと思ってさ。目尻を下げたらどうなるかな、と思ったら、予想以上に面白かった」

「ちょっと!?」


 リアが顔を赤くして抗議の声を上げた。リアの眉間のシワをほぐしながら謝った。あんなの気にする必要ないのに。


「抽選じゃなくて、生徒会が選んだ方が良かったですね。そうすればリア嬢もそんな顔をしなくてすんだのに」

「そ、そうですわね。でも、今更どうこう言っても仕方がありませんわ。この反省を次に生かすべきですわ。来年は同じことを繰り返しませんことよ!」


 顔を赤くしたリアがプイとよそを向いた。その通りだな。違うなと思ったら、その都度調整していけば良いだけの話だ。


 今日の予行練習は移動だけではなく、軽くではあるがダンスも踊ることになっている。演奏を頼んでいる、国内有数の楽団が音楽を奏で始めた。

 その音楽と共に、ダンスホールの空気がお祭り会場のような浮き足立つものへと塗り変わってゆく。


 確認のための予行練習ではあるが、それなりに楽しめそうな感じがしている。食べ物の提供はないが、本番で軽食を置くスペースには代わりの飲み物が置かれている。

 早くもダンスを始めたグループから距離をとると、残りの空間がどのくらいになるかをチェックした。


「思ったよりもゆとりがありそうですね。さすがは王立学園が建設された当時に使われていたダンスホールなだけはありますね」


 ウンウンとうなずきつつ、リアに話しかけた。ここまで準備して「使い物になりませんでした」では、頑張って準備をしてくれている生徒会役員のみんなに申し訳ないからね。


「そうですわね。確かこのダンスホールにも魔法封じの術式が施されているのでしたわね。その点も都合が良かったですわ」


 王立学園の主要施設には魔法封じの術式が施されている建物がいくつかある。もちろんそれは安全性の確保のためであり、人が多く集まるところや王族、高位貴族が頻繁に利用するところに設置されていた。


「次はトイレまでの動線を確認しましょう」

「案内板が正しいか、迷わずに往復できるかをしっかり確認しなければなりませんわね」


 リアがチェック用紙とにらめっこを始めた。

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