第33話 次の準備

 ギルバートが失踪してから一月ほど経過した。しかし依然として彼は見つからなかった。事態を重く見た王立学園側は剣術大会の期間に何があったのかを調査するとともに、彼の実家の調査も行った。


 実家は関係ないだろうと思っていたのが、彼の部屋から家族のだれも知らない本がいくつも発見された。それらはすぐに押収され、王城で内容の確認作業が行われていた。


「調査によると、見つかったのは近接戦闘向けの魔法の本と、古代魔法の本だったようだ。古代文字を解読するのにかなり時間がかかっていて、古代魔法の本はいまだに全容がつかめていない。もしもあいつがそれを読めたとすると、相当な知識を持っていたことになるな」

「もしかしたら、協力者がいるのではないでしょうか。その辺りの調査はどうでしたか?」


 殿下は首を左右に振った。該当者なしか。これは一体どういうことなのか。本当に古代文字を読むことができていたのだろうか? それならば、そのようなウワサがあっても良さそうな気がするのだが。


 もしかして、初代王妃様が言っていた「大いなる悪」とかいうヤツが手を貸しているのか? そうじゃないと、これほど都合よくゲーム関係者の周りで問題が起こるはずがない。俺の考えすぎだろうか。


「剣術大会で使っていた魔法はどれも初めて見る魔法で、近接戦闘に特化したものだったと聞いている。それらの本を参考にしたのはまず間違いがないだろうな」


 確かにそうかも知れないな。俺が使うことができる接近戦闘で使えそうな魔法は身体強化くらいである。一体どんな魔法を使っていたのか、よく見ておくべきだったな。


「早く見つかると良いのですが……」

「そうだな。だが、問題を起こしたわけではなからな。大々的に指名手配するわけにもいかん。聞き込みをするくらいで精一杯だ」


 これは長期戦を覚悟した方がいいのかも知れないな。大きな問題を起こす前にひょっこりと戻って来てくれたらいいのだが。やっぱり難しいかなぁ。



 攻略対象の一人がリタイアすることになっても、季節は何事もなかったかのように進んで行く。この世界にはリセットもロードもないのだ。泣いても笑っても前に進むしかない。


 相変わらずビラリーニョ嬢の取り巻きにアレクの姿はなかった。これはあれだな、完全にフラれたな。間違いない。こちらにビラリーニョ嬢が接触してくる様子がないのがさいわいである。


 もしビラリーニョ嬢が俺たちのところの寄ってくるようになれば、リアやマリーナ様が排除に動き出すかも知れない。その排除方法が根も葉もないウワサだったり、犯罪まがいの行為だったりであれば非常にまずい。

 そこで俺はすきを見せないために、リアにベッタリ作戦を決行したのであった。


「フェルナンド様、最近エウラリア様と距離感が近くないですか?」

「マリーナ様、気のせいですよ。きっとマリーナ様が疲れているのですよ」

「そんなことはありませんわ。夜もしっかり眠れてますし、食事も運動もしっかり取っていますわ」


 マリーナ様が半眼でにらみつけてきた。

 しかしきかなかった。

 隣に座っているリアは若干苦笑いを浮かべてはいたが。


「なんだ、マリーナ、うらやましいのか? それなら俺が……」

「違いますわ。風紀が乱れるのはよろしくないと言いたいのです」


 殿下の誘いをキッパリと断るマリーナ様。殿下が叱られた子犬のようにしょんぼりとなった。その様子を見たマリーナ様が慌て出した。助けて欲しそうにこちらを見ている。しょうがないな。


「殿下、マリーナ様は二人きりのときでないと甘えられないご様子。イチャイチャするのならば場所を考えた方がよろしいかと思います」


 パアッとわんこが顔を上げた。見える、尻尾をブンブン振っているのが私にも見えるぞ。


「そ、そうか。それはすまなかったな、マリーナ。少し配慮が欠けていたようだ」


 頭を指でかきながら、ほほを赤く染めて殿下が言った。マリーナ様は素早く扇子で顔を隠した。お、耳まで赤くなって来たぞ。これは脈ありだな。

 どうやらここに来て、殿下とマリーナ様の関係も密になってきているようだ。実に良い傾向だぞ。


「ふぇ、フェル様! そろそろ次の大きなイベントである『ダンスパーティー』の準備を始めないと、どうなっても知りませんわよっ」


 俺がマリーナ様を観察していたことに嫉妬したのか、リアが語気を強めて聞いてきた。だがそのほほは赤い。もしかして、リアも二人っきりの方がいいのかな? 今度そうしてみよう。


「おっと、もうそんな時期ですか。確かに今年は生徒の人数も多いですし、早めに動いた方がいいですね。どう致しましょうか?」


 俺は元気に尻尾を振り続けている殿下に聞いた。人の話を聞いていなかったように首をひねった殿下に改めて尋ねた。


「お、おう、そうだな。イベントの準備を始めるとしよう。問題になりそうなのはドレスコードだが、今年は庶民クラスは一クラスしかない。そこまで貸衣装の数をそろえなくても問題なさそうかな?」

「そうですわね、問題ないと思いますわ。時代遅れになったドレスを処分して、その分、新しいものをそろえることに致しましょう」


 殿下の問いにマリーナ様が答えた。個人的には貧乏貴族もいるので、貸衣装をたくさん用意してもいいと思うのだが、さすがに貴族としてのプライドがあるかな? 用意しても借りる人はいないかも知れないな。


「それではマリーナの意見を採用しよう。ダンスホールは例年通り、学年別にして二つの場所を借りようと思う。これについてはどうだ?」

「一年生用のダンスホールはさらに二つに分けた方がよろしいかと思います。昨年でも手狭に感じたくらいでしたので、今年は入りきれないかも知れません」


 頼れる先輩生徒会役員が言った。昨年度の状況が分かるのは本当にありがたい。殿下はすぐにその意見を採用し、一年生用に二つ、二年生用に大きなダンスホールを一つ準備することになった。


「ダンスホールが一つ増えるとなると、準備が大変そうですね」

「ああ。それでも、来年からも使う可能性があるとなれば、やる価値は十分にあるな」

「我ら生徒会役員の力を結集するときでしょう」


 生徒会役員は口々に、楽しそうにそう言った。さしたる問題なくイベントを続けてクリアしてきたので自信が付いたのだろう。良い傾向だな。このまま張り切ってやってもらって、ぜひとも俺を楽させてもらいたいところだ。

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