第30話 誤解
俺の部屋に戻ると、すぐに初代王妃はリアを解放した。うっすらと背景が透けて見える白いモヤのような人影が申し訳なさそうにたたずんでいる。
『あなたの大事な婚約者を利用してしまい、申し訳ありませんでしたわ』
「許すつもりはありません。別に他の人でも良かったはずです」
しょんぼりと小さくなる白いモヤ。隣に座るリアが腕を引っ張ってきた。これ以上、責めるなということだろう。どうしてリアはそこまで彼女に肩入れするのか。それが分からない。
『それがそうはいかなかったのです。私の遠い子孫であるリアさんにしかお願いすることができなかったのですよ』
「他の人は声が聞こえなかったと言うことですか?」
『そうです。ですからリアさんに私の声が届いたときはうれしかったですわ』
なるほど。リアを選ばざるを得なかったというわけか。これもゲームのせい、ひいては俺のせいなのかも知れないな。本来はヒロインであるハズのところが、リアにすり替わった。ゲームのシナリオを壊しつつあるのかも知れない。
「私にも声が聞こえていますよ?」
『それはその指輪のせいですわ。おそらくそれで私とのつながりができたのでしょう』
何ということでしょう。呪いの指輪か何かかな? 嫌そうな顔をしている俺に気がついたのだろう。彼女は付け加えた。
『すべてが終わったら、その指輪を湖に投げ込んでもらっても構いません』
「そうさせてもらいます」
「もう、フェルったら。どうしてそのような愛想のない返事しかできませんの?」
リアに怒られた。解せぬ。俺が口をとがらせていると「まあまあ」と初代王妃様の幽霊が仲裁に入ってきた。だれのせいだと思っているんだ? お前じゃ!
『私の役目は終わりました。どうか、よろしくお願いします』
深くお辞儀をすると跡形もなく姿が消え去った。成仏したわけではないと思われる。また同じことがあれば、ひょっこりと出てくるさ。しょんぼりとしているリアにそう言うと、それもそうですわね、と言ってほほ笑みを返してくれた。
「フェルナンド様、フェルナンド様! エウラリア様が……あっ!」
俺の部屋に駆け込んできたマリーナ様が絶句した。なぜなら俺の布団にリアが寝ていたからだ。もちろん、手を出してなどいない。あのあと、憑依されたことで体力を持って行かれたのか、部屋に戻る間もなく、リアが寝入ってしまったのだ。
リアを部屋に戻そうかとも思ったのだが、目を離したすきにまた何かあると困る。よって俺はそのまま部屋のベッドに寝かせていたのだ。
マリーナ様の叫び声に目を覚ましたリア。何事かと辺りを見回した。そして合点がいったようである。
「ち、違いますわ。誤解ですわマリーナ様!」
「ふ、不潔ですわー!」
不潔と言われたリアはショックを受けていた。すぐに何だ何だ何事だ、と人が集まってきた。主要メンバーが集まったところで昨晩の出来事をすべて話した。
別に内緒にしておくようにとは言われなかったからね。当然、みんなも巻き込む。
「まさか、そのようなものが湖に眠っているとは……」
「あなた方から聞いた姿形が初代王妃様と間違いなく一致しておりますわ。この館は初代王妃が亡くなられた場所ですもの。大いにあり得ることですわ」
国王陛下と王妃様が困惑と納得の表情にクルクルと顔を変えながら言った。国王陛下は手元にある指輪をしきりに見つめている。
「これが封印の指輪か。代わりの宝石が必要だと言ったそうだな?」
「はい。しかし、形なりについては一切言及しませんでした」
そうか、と言って考え込むと、国王陛下は指輪を俺に戻してきた。
「国王陛下、この指輪は私が持つべきものではないと思いますが……」
「フェルナンドに託されたのだ。フェルナンドが持っておくべきだろう」
国王陛下の目は真剣そのものだったが、何だか厄介払いされたような気がしてならない。「面倒なことになりそうだから、あとはよろしくね」と言われているかのようである。
すぐに国王陛下から殿下には絶対に渡さないようにと釘を刺された。やっぱりか。
「宝石についてはこちらでも探しておこう。城の学者どもが何か知っているかも知れん。少しは役に立ってもらわなければな」
冗談めかして言われたが、顔は真剣そのものだった。やはり「大いなる悪」という存在が気になるのだろう。この件については国王陛下たちが調べてくれることだろう。
俺と言えば、これがゲームのイベントの一つならば、そのうち向こうからこちらへと転がり込んでくるのではないかと思っている。そのときはヒロインも絡んでくるんだろうなぁ。ああ気が重い。
「フェルナンド、昨晩何があったのかは分かった。だが、エウラリアと同衾するのはどうかと思うぞ」
「殿下、何を言われるのですか。リア嬢の身が危険にさらされたのですよ? 将来の夫として、リア嬢のことを守るのは当然です。これからもリア嬢には俺の部屋で寝てもらいます」
ここぞとばかりにキッパリと言い切った。王妃様とマリーナ様が扇子で口元を隠し、リアは扇子で顔を隠した。あまりにも堂々とした俺の態度に、「それもそうか」と納得してもらった。
その場でマリーナ様に一緒に寝ないかと誘っていた殿下は、王妃様とマリーナ様にこっぴどく怒られていた。何をやっているのやら。
それからは、館に初代王妃様の幽霊が現れることはなかったが、新たに初代王妃様をたたえる石碑が建てられ、祭られることになった。
「もうすぐ新学期が始まりますわね」
「そうですね。思えば短い夏休みでしたね。もっと長かったら良かったのに」
つまんないと思っていた夏休みも、終わりが近づくと名残惜しいものとなっていた。
今は王都への帰りの馬車である。夏休みの間は国王陛下たちとチェスやダーツで楽しんだ。もちろんそれだけではない。
湖畔近くの森で狩りをしたり、外でバーベキューをしたり、キャンプをしたり、釣りをしたり。そう言えばようやく白魚を一匹釣り上げたんだっけ。あれはうれしかったなぁ。記念の魚拓を作ったら、なぜかみんな真似し始めたっけ。また変な習慣を広げてしまったかも知れない。
「新学期からは剣術大会、ダンス大会、卒業式とイベントが続くからな。みんなの働きには期待しているぞ」
「レオン様もしっかりと働いてもらいますからね。これまで以上に忙しくなりますわよ」
マリーナ様の言葉に肩を落とし、背中が丸くなる殿下。フリーダムな夏休みを過ごしていただけに、反動が大きそうである。この三つのイベントは規模が大きく、生徒の親も足を運ぶほどである。
生徒会長が辞任したのも、それを見越してのことだろう。あの体制のままだと、予算不足で規模を縮小せざるを得ない状況になっていたことだろう。
その点に関しては、前生徒会長も見る目があったと言うことだろう。もちろん引き留めはしなかったけどね。
新生生徒会にはもちろん先輩方にも参加してもらっている。昨年度のやり方を踏襲すれば、そこまで大変な仕事にはならないのではないかと思っている。運営資金も潤沢にある。スケッチ大会の二の舞にならないように、警備を強化することなど造作もないことだろう。
「まずは安全面の見直しからですね。今年は高位貴族の子弟が多いし、殿下もいます。しっかりとした警備体制を作りあげる必要がありますね」
「そうですわね。スケッチ大会みたいな出来事はもうたくさんですわ」
リアがあのときの緊張感を思い出したのか、プルプルと顔を振っている。俺は自然な流れでリアの腰を引き寄せた。リアも俺の肩に頭を乗せてきた。
そんな俺たちの様子を殿下はうらやましそうに、マリーナ様は扇子の陰から目を輝かせて見ていた。
どうやら夏休みの間では、二人の距離感はさほど縮まらなかったようである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。