第18話 フラグの力

 魔法訓練場の穴埋め作業を完了してから数日が経過した。今では壁も修復されており、何事もなかったかのように授業が行われている。

 訓練場を半壊させたのはやはりヒロインのビラリーニョ嬢だった。彼女に普通の杖を持たせるのは危険と判断され、彼女専用の杖が用意されたそうである。


 その杖には「フェニックスの尾羽」が使われているそうである。先生方もその素材が使われていれば、まず大丈夫だろうと太鼓判を押していた。

 ……そのストッパーを三つ付けてる俺って、もしや本当にリアが言うように規格外なのでは? 何だか怖くなってきたぞ。


 なぜ俺がビラリーニョ嬢の杖についてこれほどまで詳しいかと言うと、その杖を用意したのが殿下だからである。殿下によると、「在学中にこれ以上の問題事があると醜聞が悪い」とのことである。


 それに問題を起こしたとは言え、それほどの魔力を持った人物である。国としても捨て置くわけにはいかなかったのだろう。何としてでも国に取り込みたいはずだ。専用の杖を用意した背景には国の思惑もあったものと思われる。


 当然のことながら、殿下の婚約者であるマリーナ様は怒った。自分以外の女性に杖をプレゼントするとは何事か、と。

 これは殿下が悪い。国の使者からビラリーニョ嬢に杖を渡せば良かったのに、何を思ったのか殿下が手渡したのだ。


 恩に着せようと思ったのかも知れない。それが思わぬところに飛び火した。マリーナ様に新しい杖をプレゼントすることで一応鎮火したが、まだ火はくすぶり続けていると俺は思っている。


 学園生活が始まってからまだ半年もたっていない。それなのに早くもほころびが出始めている。これがゲーム補正、もしくは、主人公補正ということか。

 もしかすると、ゲーム内で同じイベントがあったのかも知れないな。魔法が暴走したヒロインに殿下が彼女専用の杖をプレゼントするイベント。ありえそうで怖い。これはますます注意した方が良さそうだ。そして、殿下とマリーナ様の関係を修復する必要がある。頭が痛いわ。



 本日の授業が終わり、俺は生徒会室へと向かった。本当は行きたくないのだが殿下の面倒を見ないといけないため、行かざるを得ない。殿下も行きたくなさそうだが、「王族としての務め」を果たそうとしているのか、毎日顔を出していた。


 さっさと仕事を終わらせるべく机に座る。今は特に差し迫ったイベントはないので、報告書にザッと目を通し、間違いがないかを確認するだけである。五分もあれば終わる。

 俺が報告書を見ていると、目の前に人影が立った。顔を上げるとそこには攻略対象のギルバートが立っていた。


 悪い予感しかしない。俺は見なかったことにして報告書に目を落とした。だが、空気が読めなかったのか話しかけてきた。


「フェルナンド様、お願いがあります。私の代わりにビラリーニョ嬢に勉強を教えていただけませんか?」

「断る。最初に俺は知らんと言ったはずだ」


 顔も上げずに切り捨てた。やっぱり良くない話だったか。なぜヒロインとフラグが立ちそうなことをしなければならないのか。俺はやらないぞ。


「それは重々承知しております。ですがどうか今回だけ、お願いできませんでしょうか。前回のテストでは私よりもフェルナンド様の方が成績が上。そして私が教えたビラリーニョ嬢は赤点スレスレ。このままでは生徒会の沽券に関わります」

「生徒会の沽券など興味がない。俺は殿下がいるから生徒会に所属しているだけだ。最初から好んで生徒会に参加したわけではない」


 顔を上げ、相手をにらみつけた。俺の剣幕に半歩後ずさる。そんな俺たちの間に生徒会長が割って入った。こいつも敵だな。


「フェルナンド様、ここは殿下の顔を立てて、引き受けてもらえないだろうか?」

「殿下にそう言われたのですか?」

「え? いや、その……」


 まさに殿下の威を借る狐。殿下の許可もなく、勝手に名前を出すなよ。殿下の方を見ると眉間にシワをよせていた。不愉快そうだな。それでも何も言わないところをみると、殿下にも何か思うところがあるのかも知れない。


「フェルナンド様、生徒会役員の中に極端に成績の悪いものがいれば、影で生徒会を笑う者が増えることでしょう。そうなれば、殿下の評価も下がることになりかねません」


 なるほど、やはりそうきたか。殿下を出汁にするとは、ずいぶんと危険なことをするものだな。もしここで断れば、殿下に反抗したように思われるだろう。周囲の心証を悪くするのは得策ではないな。

 俺は「三十分だけ」という条件で引き受けざるを得なかった。

 たった三十分なら大丈夫だろう。そう思っていたときが正直俺にもありました。


 参考書を開き、ビラリーニョ嬢への指導を始めようかと思っていたときに悲劇が訪れた。これまで一度も生徒会室を訪れたことがなかったリアが、何の気の迷いなのか生徒会室を訪ねて来たのだ。しかも、俺がビラリーニョ嬢に勉強を教えているときにだ。

 これがフラグの力かよ、クソッ!


「ふぇ、フェル様……い、一体何を?」

「違うのですわ、トバル様。私がフェルナンド様に勉強を教えて欲しいとお願いしたのですわ」


 慌ててビラリーニョ嬢が否定する。焦ったビラリーニョ嬢の顔には赤みがさしていた。俺はあまりのヒロインに都合の良すぎる展開に血の気が引いていた。背中に薄ら寒いものを感じる。まるで何者かが裏からこの世界を操っているかのような感触。とても不快だ。


 リアの目がつり上がった。しかし同時にその深緑の瞳に涙を浮かべていた。そして何も言わずに走り去った。それを見た瞬間、俺の体の中を血液がものすごい速さで駆け巡り始めた。イスを蹴り飛ばして立ち上がった。


「俺は今このときをもって、生徒会役員をやめる」


 呆気にとられているヒロインには目もくれず、生徒会長をにらみつけた。


「何を言っているですかフェルナンド様。生徒会にはあなたの力が必要です!」

「お前の意見は求めない」


 生徒会長にそう言うと、足早にリアを追いかけた。殿下に見損なわれてしまったかな? だが、ハッキリと言わせてもらおう。殿下よりも、リアの方が大事だ。悪いな、殿下。偏見はないが、俺、そっち方面には興味がないんだ。


 まだそれほど遠くへは行っていないはず。それに加えて廊下を走るご令嬢の姿は、生徒たちの間では異様な光景に見えることだろう。騒がしい方向へ向かえば見つかるはずだ。

 そして俺はリアの姿を捉えた。どうやら自習室へと向かっているようだ。


 今、リアは一人の状態。これはこれで危険だ。早くリアに追いつかねば。

 そう思っていると、体が軽くなったような気がした。それになぜか、体の中から力が湧いてくるような気がする。もしかしてこれが愛の力! リア、今行くぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る