第17話 知られざる真実

 深い穴を埋めるには大量の土が必要だ。ヒロインが一体どんな魔法を使ったのかは存ぜぬが、その場所だけポッカリと穴が開いている。壊れた魔法訓練場の壁がその衝撃の強さを物語っている。


 これ、他の生徒たちも無事じゃすまなかったんじゃね? 大丈夫なの? 庶民クラスだからって許される案件じゃないと思うんだけど。まあ、俺がいくら考えてもどうしようもないな。俺は自分に与えられた仕事をするだけだ。


 俺は杖を振りかざし、宙空から大量の土を生み出した。この土はどこから出てくるのだろうか、なんて無粋なことを考えてはいけない。魔法は何でもあり。そう考えるんだ。

 とても俺一人では対処できないので殿下にも頼んだ。二人かがりなら何とかなるだろう。


「す、すごいですわ。こんなに大量の土を作り出しても、まだ魔力に余裕があるだなんて」


 近くで地ならしの作業をしているリアが驚いている。フッフッフ、すごかろう。これが攻略対象補正の力だよ。などと思っていると、調子に乗った殿下がペースを乱しオーバーワーク気味になっている。これはまずい。


「殿下、少し作業速度を落として下さい。このままだと倒れますよ」

「なんの。まだまだいけ……?」


 糸が切れた操り人形のようにガクリと膝が崩れる殿下。ほら、いわんこっちゃない。慌てて護衛の兵士が駆けつけた。魔力を一気に使いすぎて、リミッターがかかったのだろう。しばらく休めばもとに戻るはずだ。


 心配そうに駆けつけた婚約者のマリーナ様とともに、休憩スペースへと向かう。しばらくは俺一人でやるしかないか。


 穴埋め作業は役割分担がなされている。一番魔力を消費する土供給係と、供給された土をならして、固めて整地する係だ。そんなわけで、土の供給が止まれば作業も止まってしまうことになる。ここは頑張りどころだな。


「フェル様、大丈夫ですか?」


 リアがつり上がった目を柔らかくして聞いてきた。うん、なんか最近、リアを心配させてばかりのような気がする。でも、不思議と疲れていないんだよね。何でだろう?


「大丈夫ですよ、リア嬢。まだまだやれます。これは強がっているわけではありません。本当です。もし私が魔力の使いすぎで殿下のように倒れたら、リア嬢の言うことを何でも聞いて差し上げますよ」

「何でも!?」


 リアの声色が高くなった。どうしてそんなにうれしそうなんだ。一体俺に何をさせるつもり!? 慌ててリアが口元を両手で隠した。顔が赤くなっている。本当に何を想像したんだ、この子。


「もう、フェル様はまた私をからかって! これだけ長時間、土を作り出す魔法を使っておいて、平気なハズがありませんわ。本当に倒れたら私の好きにさせてもらいますからね!」

「いや、でも。本当に平気なんですよ」


 ツンモードになったリア。疑わしく思ったのか、俺の体をつついてチェックしている。ちょっとくすぐったい。そしてあることに気がついたらしい。


「フェル様、その杖の素材は何ですの?」

「え? ええっと、確か、フェニックスの尾羽とグリフォンの羽、フェザードラゴンの羽根、だったと思います。土台は世界樹ですね」


 それを聞いたリアが美しいギリシャ彫刻のように固まった。あれ? 何かまずいこと言った? 固まった状態でリアが抑揚のない声で聞いてきた。


「その素材を選んだのはご両親ですわよね?」

「はい。お父様がすべて選んで下さいました。ジョナサンも何も言いませんでしたけど、何か問題でも?」

「大ありですわ!」


 動く石像のように動き出したリアが詰め寄ってきた。顔が近い。いつもはそんな大胆なことをする娘じゃないのに。


「よくもまあそのような特殊な杖で、あれほどの土を作り出せますわね。驚きを隠しきれませんわ。フェル様には『規格外』というお言葉がお似合いですわ!」


 どうした、リア。何かツンが強いぞ。そんなにかみつくことでもないと思うけど……でも気になるな。この杖に一体どんな秘密が?


「リア嬢、言っている意味が分からないので、どういうことなのか教えていただけませんか?」


 はあ、と大きなため息をつき、首を左右に振った。こいつ、本当に何も知らないんだ、という無言の圧力が俺に押し寄せる。何かごめん。


「フェル様は杖の素材について、お調べになったことはありませんの?」

「そういえばありませんね。あまり興味がなかったもので……」


 これは本当だ。どこかの大賢者が使った「伝説の杖」じゃなかった時点で興味をなくしていた。そして、素材が魔法に何かしらの影響を与えるとも思っていなかった。やたらと羽根系の素材を入れてるな、とは思ったけど。


「よろしいですか、フェル様。フェル様の杖に使われている三つの素材、それらはすべて魔力の消費を抑える素材ですわ」


 なるほど。羽根系の素材は魔力の消費を抑える。そのお陰で長時間魔法を使っても疲れないし、魔力が枯渇することもなかったのか。


「魔力の消費が抑えられれば、たくさん魔法を使えますよね? それならば、みんな同じような素材を使っているのではないですか?」


 俺の疑問にリアは眉間のしわをほぐしながら頭を左右に小さく振った。答えはノーのようである。残念。


「残念ですが、そうそう都合の良いものはありませんわ。同時にもう一つ、別の効果がありますのよ」

「あ」


 何となく察した。それならリアが固まるのもうなずける。言葉を紡ごうとした俺の口を、リアの小さな手が塞いだ。リアの深緑の双眸が、「言わせませんわ」と言っている。


「魔力の消費を抑えると同時に、魔法の威力も抑えますわ」

「……」


 つまり俺は、三つの素材の複合効果で魔法の威力を抑えられていたというわけだ。お父様が素材を選び、ジョナサンが丹精込めて作った杖だ。きっと掛け合わせによって効率よく抑え込まれていることだろう。


 小さいころ、初心者用の杖をタコさんウインナーにしてしまったのは、俺が危険な魔法(シャーベットを作る魔法)を作っていたからだけではない。魔法の威力が高すぎたのだ。それを両親とジョナサンは察したのだ。


「本当に知らなかっただなんて、呆れてものも言えませんわ」


 リアの目がうつろに染まった。今も土は着々と生み出され続けている。それも、殿下と同じ規模の土生成速度である。ああ見えて殿下の魔法は一流である。だからこそ、土供給係に任命されたのだ。


「リア嬢の杖は何か特殊な効果があるのですか?」

「いえ、ありませんわって、絶対に貸しませんわよ!?」


 リアが自分の杖を隠した。どうやら試し撃ちしようと思ったのがバレたようである。なかなか鋭いな。俺がジッとリアの杖を見つめていることに気がついたのか、リアは慌てて胸の谷間に杖を隠した。徹底抗戦の構えである。

 ……なんだろう、ますます欲しくなったぞ。


 しょうがなく俺は自分に与えられた仕事をまっとうすることにした。

 俺の土魔法は穴を完全に埋めるまで止まることはなかった。驚愕の瞳で俺を見ていた先生方が印象的だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る