第15話 顔合わせ

 顔に紅葉を携えた俺たちを見た先生は何も言わずに目をそらした。もちろん、先生だけでなく、クラスメイトも目をそらしている。なんてったって王子だもんね。

 そんな微妙な空気の中、初めての授業が始まったのであった。


「今日の授業は午前中だけでしたね」

「そうですわね。まずはクラスメイトとの顔合わせ、と言ったところでしょうか」


 初日の授業は学園での過ごし方についてだった。一応、冊子でもらってはいるのだが、全員が読んでいるとは限らない。そのため、念を入れてわざわざ説明したのだろう。そしてその合間合間に施設や先生方、クラスメイトの紹介を行った。


 王立学園の施設は今いる教室だけでなく、食堂や、工房、屋外訓練場、魔法訓練場、ダンスホールなど、多岐にわたる。さすがこの国で一番大きな学校だけはあるな。施設が充実している。


 その一方で、それらの施設を使うには、先生方からの許可が必要だ。そして当然のことながら、特定施設内以外での剣や杖の持ち込みは固く禁止されていた。それを破れば、謹慎もしくは退学になる。


「フェル様はこれからどうなさるのですか?」

「それが、生徒会に呼ばれているんですよ」

「……そんな露骨に嫌そうな顔をしないで下さいませ。私にはどうすることもできませんわ」


 だってしょうがないじゃないか。本当に行きたくないんだもん。顔合わせなら勝手にやってくれ。盛大にため息をつくと、足取りも重く生徒会室へと向かった。



「こちらが今日から生徒会役員になるステラ・ビラリーニョ嬢だ。庶民の出ではあるが、同じ学園の運営を手助けする生徒会役員だ。お互いの立場は対等と考えるように」


 どうやら生徒会長の先輩が直々にビラリーニョ嬢を迎えに行ったようである。そしてこのとき初めて、ヒロインの名前を知った。そんな名前だったのか、というのが正直な感想である。もちろん、聞き覚えはなかった。


 生徒会長の言葉に女子生徒会役員が不満を漏らした。彼女たちの主張によると、「昨年まで庶民とは対等な立場じゃなかっただろう。なぜ今になってそんなことを言うのか」とのことである。しかし生徒会長はそれを完全に無視して話を先に進めた。

 これは思ったよりも生徒会が崩壊するのは早そうだ。俺は警戒レベルを一段階あげた。俺と殿下が巻き込まれないようにしなければ。


「ステラと呼んで下さい。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げると、男性陣が次々に挨拶をしていた。女性陣がものすごい目でにらんでいる。どうやら男性陣の注目が、全てビラリーニョ嬢に向いたのが気に食わない様子。女性の嫉妬はやはり怖いな。かかわらないようにしよう。


 殿下はその様子を醒めた目で見ていた。どうした、殿下。もしかして、覚醒フラグでもあったのか?


「殿下、どうかしましたか?」

「ああ、胸の大きさはイマイチだな」

「またマリーナ様に殴られますよ」


 俺がそう言うと、サッとほほをガードし、キョロキョロと居るはずのない婚約者の姿を探した。その反応速度ではとてもマリーナ様の高速ビンタは防げまい。往復ビンタされるのがオチである。


 生徒会といっても日常は特にすることはない。イベント事があるときに限り、その運営や計画を仕切ることになるのだ。

 これは領地運営の練習を兼ねている。指定された日数と人数、予算を使ってどれだけうまくイベントを実行できるかが生徒会役員の腕の見せ所である。今年はすでに亀裂が入ってるみたいだけどね。どうなることやら。


 ビラリーニョ嬢はさっそく男性陣に対して愛嬌を振りまいているように見えた。……いかんいかん。こんな偏見を持つべきではない。彼女はただ、挨拶をしているだけだ。

 でも女性陣には一切挨拶してないみたいだけど大丈夫だろうか? いや、ダメだろう。


 もちろん俺や殿下にも挨拶をしてきた。そこは無難に返事をしたが、しきりに話しかけてきた。うーん、俺の認識が間違っていなければ、庶民が貴族に対してこれほど話しかけてくることはないと思うのだが。無礼だと受け止められる恐れがある。


「フェルナンド様、私、勉強が苦手でして……良かったら教えていただけませんか?」


 ビラリーニョ嬢が笑顔で尋ねてきた。視線が俺に集まる。何言ってんだ、こいつ。そんな時間があるなら、リアと乳繰り合ってるわ。


「お断りします。私よりも彼の方が適任でしょう。成績も優秀ですし、教え方も上手です」


 俺は同期の魔法ギルド長の息子、ギルバートを押し出した。押し出された彼は満更でもなさそうな様子でお辞儀した。


「え、でも……」

「私に任せて下さい、ステラ嬢。たっぷりと教えてあげますので」

「おい、ずるいぞ。俺も一緒に教えてもらおうか」


 騎士団長の息子、アレクがそう言った。それを皮切りに囲んでいた男子生徒が続く。その様子を醒めた目で女性陣が見ている。

 ビラリーニョ嬢は困惑していたようだが、最後はそれではみんなで一緒に勉強しましょうと言うことになった。


 それに加わらなかった俺と殿下をチラチラとビラリーニョ嬢が見ていた。これは何か? 俺たちが参加することを期待しているのか? だが断る。まったく興味がない。勉強嫌いの殿下も以下同文だろう。マリーナ様の苦労が忍ばれる。


 もしかして、ヒロインはハーレムエンドを狙っているのか? そんな禍根を生み出しそうなエンディングがあるのかどうか知らんけど。

 これ以上巻き込まれるのはまずい。俺は殿下を連れ立って、早々にその場を後にした。


「殿下、やけにビラリーニョ嬢の男性受けが良すぎないですか?」

「言われて見れば確かに。そこまで魅了されるものはないと思うのだが……」


 殿下が真剣な顔をして悩んでいる。まさか殿下、乳、尻、太もものことだけを考えていないだろうな? あり得そうで怖い。ビラリーニョ嬢のスタイルは平均的だ。その点に関して言えば、魅力的な部分はない。

 おっぱい星人の我らにとっては、何をか言わんやである。



 殿下を引き連れて馬車の停車場へ向かうと、リアと殿下の婚約者のマリーナ様が待っていた。俺たちは疲れた様子で二人に近づいた。


「まあ、二人ともずいぶんとお疲れのようですわね。何があったか聞くのが怖いですわ」


 マリーナ様が引きつった表情をしている。リアの顔色も良くない。殿下はふらふらとマリーナ様の隣に座った。そしてマリーナ様の手を取った。


「やっぱりマリーナが一番だな」

「な、な、何をいきなり!?」


 顔を真っ赤に熟れたリンゴのように染め上げたマリーナ様。慌ててその顔を扇子で隠した。しかし俺は殿下の視線が一瞬だけマリーナ様の胸部に向かったのを見逃さなかった。たぶん俺じゃなきゃ見逃してたね。


「殿下はどうなさったのですか?」


 コソコソと耳元でリアが尋ねてきた。俺もリアの耳元に顔を近づける。


「生徒会役員の女性陣を見て、改めてマリーナ様の素晴らしさに気がついたのだろう」

「まあ」

「俺も改めてリアの素晴らしさに気がついたよ」

「な、な……」


 リアも扇子で顔を隠した。ウソではない。色んな意味で本当である。馬車に乗る前に何があったのかを二人にも話した。それを聞いた二人は憤慨した。


「何を言っているのですか! 平等などと……この国の制度を崩壊させるおつもりなのですか? その生徒会長とやらは!」

「落ち着け、マリーナ。美人が台無しだぞ」

「私のフェル様に勉強を教えろですって!? あの小娘、なめたまねを!」

「落ち着いて下さい、リア嬢。口が悪くなっておりますよ」


 俺と殿下は必死に二人をなだめることになった。いつもなだめられている殿下が、婚約者をなだめている光景は、大変、珍しかった。

 ようやく落ち着いた二人だったが、鼻息はいまだに荒かった。


「ステラ・ビラリーニョ嬢はしっかりと監視しておきますわ」

「そうですわね。殿方では監視の目が行き届かないかも知れませんもの」


 どうやら敵として認識されたようである。しかし、俺はその提案に不安を隠し切れなかった。


「いや、監視は学園で働いている人に頼もうと思います。二人が監視をしていることを知られれば、逆に利用されるかも知れません。……根も葉もないウワサを流される危険性があります」

「まさか、そこまで……」

「今の彼女の周りには男性の味方が多い。可能性はあると思います。どうでしょうか、殿下?」

「フェルナンドの言う通りだな。ビラリーニョ嬢の気を引くために、協力するやつがいるかも知れん。もしくは俺たちの仲を引き裂こうとする令嬢がいないとも限らない。なにせ俺たちは優良物件だからなぁ? そうだろう、フェルナンド」

「その通りですね」


 どうしたんだ、殿下。何か悪いものでも食べたんじゃないのか?


「そんな……」


 殿下の意見に二人は顔色を真っ青にして口を閉じた。そして二人には彼女に一切かかわらないことを約束させた。これで少しは安心できればいいのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る