第12話 やっぱり
俺は薄い緑の便箋にペンを走らせた。深緑のインクが春を待ちわびた草木のように紙の上に枝葉を伸ばしていった。
この深緑のインクは誕生日プレゼントのお返しにリアがくれたものだ。リアの瞳と同じ色。俺のお気に入りの色だ。
月日は流れ、俺たちは十五歳になった。春が来れば、共にゲームの舞台となる王立学園に入学することになる。
いや、まだだ。まだこの世界がゲームの世界と決まったわけではない。似て非なる世界であることも十分に考えられるのだ。
俺の記憶も、今ではおぼろげになっていた。パッケージに描かれていた攻略対象の容姿も曖昧になっている。もしかしたら、他人のそら似である可能性も大いにありうる。その証拠に、どうも殿下が攻略対象のようには思えないのだ。あんな頭の悪い王子が攻略対象であってたまるか。見た目と身分だけはいいけどね。
リアへの手紙には、「学園生活が始まって、毎日会える日を楽しみにしている」ということと、「妙な胸騒ぎがして少し緊張している」ということを書いた。ちょっと弱気な発言ではあるが、リアにはなるべく今の俺の現状を知ってもらった方が良いだろう。
今は少しでもリアとの間に行き違いがないようにしておきたい。
付けペンの数が少なくなってきた。注文すれば工房から届けてくれるのだが、久しぶりに鍛冶工房を訪れることにした。元気でやってるかな、ジョナサン。今日は注文だけなので、孫がいても嫌な顔はされないだろう。
「付けペンの残りが少なくなったので注文に来たぞ」
「おお! これはフェルナンド様、お待ちしておりましたぞ」
なぜかほくほく顔でやってくるジョナサン。どうした、何か良いことでもあったのかな? 二人目の孫でもできたのか?
首をかしげていると、ジョナサンが一つの箱を持ってきた。
「フェルナンド様、王立学園への入学、おめでとうございます。これはささやかですが、私から、いや、この鍛冶工房のみんなからのプレゼントです」
俺はうなずきを返した。理由は分かる。付けペンとガラスペンは今ではこの鍛冶工房の主力となっている。そのお陰で工房の職人たちもずいぶんと儲かっているらしい。その他にも、娯楽品としてチェスやダーツなんかも開発していた。
俺のチェスの実力はクソ雑魚ナメクジだが、駒の動かし方は覚えていた。この世界には娯楽品が少なくて退屈だったので作ったのだ。それがなぜかお父様の目にとまり、あれよあれよという間に国王陛下に献上されて、一気に普及した。今では大会が開かれるくらいに大人気だ。
ダーツも大人気だ。丸い木のボードに矢を投げつけるだけなのだが、そのお手軽感から庶民にも広く普及している。今ではどこの酒場にも備え付けてあるらしい。酒場に行ったことがないので知らんけど。
「これは、ブローチ?」
差し出された箱を開けると、中には青みを帯びた銀色の小枝が入っていた。留め金が付いているのでおそらく当たっていると思う。
ジョナサンを見上げると、ニヤリと笑った。
「これはブローチを模した杖になります。王立学園では授業以外では杖を持つことは禁止されているのでしょう? そのブローチを身につけておけば、万が一のときに杖として役立てることができます」
なるほど、護身用の杖か。法の抜け穴をつくようで申し訳ないが、これなら服に付けていても怒られることはないだろう。だが問題もある。
「こんなに小さい杖はありなのか?」
そう。問題はサイズである。普通は自分の手の長さに合った杖を使う。長い杖は魔法の威力を増大させることができると言われており、持っている人を見たことがある。しかし、これほど小さな杖は見たことがなかった。
長さが威力に影響するのなら、この小さな杖では役に立たないのではないだろうか?
「なしです。普通は。その杖は魔法金属のミスリルでできています」
「ミスリル!」
聞いたことがある。魔法金属のミスリルは銀山から稀に産出する希少金属である。魔力の通りが段違いに良いらしく、それを用いた杖は極めて高性能。国内を見渡しても、ミスリルの杖を持っている人は片手で数えられるほどだろう。
「驚かれましたかな? ですからそのサイズでも十分にお役に立つと思います」
自信たっぷりにジョナサンが言った。いつの間にか工房の職人たちが集まっていた。みんな誇らしげに俺を見ていた。
「良いのかな? こんなすごい杖をもらってしまって」
「ハッハッハッハ、ぜひもらって下さい。みんなで考えて、みんなでお金を出し合って作った一品です」
「ありがとう。いざというときに頼りにさせてもらうよ」
職人たちからは、それでこそ、フェルナンド様、と声が上がっていた。とてもうれしそうな声だった。もちろん俺もうれしかった。この杖を使うような事態がなければ良いのだが――。
王立学園の入学式は滞りなく終了した。王立学園には貴族だけでなく、才能のある庶民も通っている。もちろん、平等なんてことはない。そこはキッチリと線引きされていた。
今年の目玉は何と言っても皇太子殿下のレオン・アルレギ・デラが入学することだろう。
少しでも殿下にお近づきになれるようにと、王妃様が身ごもった同じ年に、多くの貴族が子供を作った。俺もそんな中の一人なのだろうと思ったのだが、まったくの偶然だったようである。むしろ、王家がうちに合わせて来たんじゃね? ってウワサもあるくらいだ。
何せ俺は殿下よりも先に産まれている。後出しで王妃様が身ごもったときに、お父様は大いに舌打ちしたらしい。そしてそのことでお母様と大げんかになったらしい。子供ができたのに何事か、と。ガジェゴス伯爵家の黒歴史である。
そんなわけで、今年の貴族の入学生はものすごく多い。そのため、通常なら寮生活を強いられるところを、タウンハウスを持つ貴族は自宅から学園に通うことになっていた。もちろん俺も、リアも、自宅組である。
面倒事が起こる前に帰ろうと廊下を急いでいると、校長先生に捕まった。ものすごく悪い予感がする。いや、悪い予感しかしない。校長室まで来て欲しいと言われたのだが断った。
俺が折れないことを察したのか、校長先生が廊下を転げ回ってだだをこね始めた。もちろん周りには生徒が数人残っている。不憫な目で校長先生を見る生徒たちの視線に耐えきれず、渋々校長室に向かった。
校長室ではすでに数人の人影があった。殿下に騎士団長の息子、魔法ギルド長の息子、先輩の生徒会長。その面子を見たときに俺は確信した。こいつら、ゲームのジャケットのメンバーだ!
もはや顔は覚えていないが、カラーリングが同じである。かろうじて「死海文書(仮)」には髪の色だけ書いてあるのだ。やっぱりこの世界は乙女ゲームの世界だったか。
生徒会役員になってくれないかと頼まれたが、当然断った。俺が折れないことを察したのか、殿下が床を転げ回ってだだをこね始めた。他のメンバーが不憫な子を見るような目つきで殿下を見ている。
これ以上、殿下の尊厳を傷つけるわけにはいかない。このままだと、パートナーの婚約者も、殿下と同じような目で見られてしまう。同志がそのような目で見られるのは耐えがたい。俺は了承せざるを得なかった。これが強制力。侮り難し。
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