第10話 誕生日プレゼント大作戦
ああ困った。困ったぞ、マジで。もうすぐリアの十一歳の誕生日がやってくる。俺たちが婚約者になってから初めて迎える誕生日だ。一体何をプレゼントしてあげればいいのか、それが分からない。
お母様いわく、「フェルが選んだものなら何でもいい」そうだが、そのことが余計に俺を悩ませることになった。これ完全にセンスが問われますよね? どうして正解を教えてくれないのですか、お母様。
俺の問いにはお父様も答えてくれなかった。「自分で考えろ」だそうである。ケチ。
女性と付き合った経験がそれほどないのがネックだな。一般的な女性が何をプレゼントされれば喜ぶのかが分からない。
殿下の婚約者に聞くということも考えたが……バレたときにとんでもないことになるのが目に見えている。そんな危険は犯せない。
殿下に聞くなど時間の無駄だ。あいつならきっと「スケスケのランジェリーを送れ」とか言い出すだろう。実際に婚約者にプレゼントして紅葉狩りされていたからな。
上の空で手紙を書いているときにふと気がついた。そう言えば、リアは手紙を書くのが好きだよね? 刺繍も好きだけど、手紙を書くのが好きだとも言っていた。もしかしたら、物語も書いているかも知れない。
俺は手に持っている羽根ペンをジッと見つめた。羽根ペン、書きにくいよね? それならば、もっといいペンをプレゼントすれば喜ぶんじゃね?
確か羽根ペンの進化系は付けペンだったはず。でも、この世界ではまだ付けペンが存在しない。付けペンと、付け替え用のペン先を鍛冶工房に頼んで、いくつかオーダーメイドで作ってもらうか? いやでも、プレゼントにしては地味過ぎるな。
うーん……そうだ、ガラスペンにしよう! これならプレゼントにも最適なおしゃれなペンができるはずだ。確か書き心地が良くて、さらにインクの持ちも良かったはず。これならきっと喜んでもらえるはずだ。
万年筆は……無理だな。俺が構造をよく知らない。今の技術で作れるかも不明だ。
思い立ったが吉日。俺は急いでパトロンとなっている鍛冶工房の親方ジョナサンに会いに行った。
「まったく、フェルナンド様もガジェゴス伯爵様によく似ておられますな」
「ごめんなさい」
タイミングが悪いことに、鍛冶工房にはジョナサンの孫が遊びに来ていた。そのお陰でジョナサンの機嫌がすこぶる悪かった。先触れもなしに訪れたことも減点要素だ。
ここは孫を先に仲間に引き入れるべきだな。俺は手土産として持ってきたお菓子をうまく使い味方に引き入れた。餌付けしたとも言う。
「それで、今度は一体何のようですかな?」
孫を膝に抱えたジョナサンが目尻を下げて聞いてきた。話し合いに孫も連れて来て構わないと言ったのだ。そのかいあって、今はただの好々爺である。変わりすぎ!
「ジョナサンにガラスで作ってもらいものがあるんだ。この工房はガラス製品も作れるんだろう?」
「ええ、もちろん。ガラスだけでなく、金属加工もできますよ。ご存じとは思いますが、木工品も得意です」
金属加工もできるのか。そのうち付けペンを開発するのもいいかも知れない。今ならペン本体も、ペン先も独占できるだろう。ガラスペンよりも使い勝手が良さそうだ。何より、落としても割れないからね。
俺は用意していた図面をジョナサンに見せた。図面には、とがった先端部分に向けて何本もの筋が走った、奇妙な筒状のものが描かれている。その筒状のものも、太かったり細かったりと緩急がつけられてある。
「これは?」
「ガラスペンだよ。羽根ペンが使いにくいから、もっと使いやすいペンが欲しいと思ってね」
ジョナサンはその設計図を不思議そうな目で見ていた。これが本当にペンの役割を果たすのか、そう思っているのかも知れない。
「ジョナサン、このいくつもついた筋にインクをためておくんだよ。これならば、一度インクをつけただけで、長い時間ペンを走らせることができると思うんだよ」
思う、とは言ったが、前世では実際に存在しているものなので間違いはない。半信半疑でも構わないので、一本でも作ってもらえれば俺としてはオッケーだ。
「無理そうかな? 持ち手の部分を色ガラスで作ってもらって、それを俺の婚約者の誕生日プレゼントに贈ろうと思っているんだけど……」
「ハッハッハッハ。面白いですな、フェルナンド様の発明は。よろしい。何とかやってみましょう。それにこんなときはお願いではなく、命令すればいいのですよ。我々はガジェゴス伯爵家の後ろ盾があるからこそ、こうやって伸び伸びと仕事ができるのですから」
優しい声色だったが、こげ茶色の瞳は食い入るように図面を見ていた。すでに職人の顔である。どうやってこれを作るのか、真剣に考えている様子だった。俺はお礼を言うと、これ以上邪魔をしないように工房を後にした。
その三日後、完成した商品を持ってジョナサンがガジェゴス伯爵家を訪ねて来た。ジョナサンが伯爵家に訪れたのは、俺が知っている限り初めてのことであり、両親もものすごく驚いていた。山が動いた、と。大げさである。
「ガジェゴス伯爵様、伯爵夫人、ご無沙汰しております」
「おお、ジョナサン。気にする必要は何もないぞ。いつもきみの鍛冶工房から送られてくる品々はどれも素晴らしい。それで、一体どうした?」
困惑するお父様。来客室には両親と俺、ジョナサン、そして数人の使用人が壁の花となっていた。猫足のついた飴色のテーブルは、天井のシャンデリアが映り込んでいる。そのテーブルの上に、ジョナサンが小さな長方形の箱を二つ、静かにおいた。
「本日はフェルナンド様に頼まれた品をお持ちしました。そして、一つお願いに参りました。フェルナンド様が開発された『ガラスペン』を我が工房で作らせていただけないでしょうか?」
「ガラスペン?」
両親がそろって首を左に傾けた。シンクロしてる。さすがは夫婦。そしてそのままシンクロの状態でこちらに顔を向けた。何だろう、目が「お前、何をしでかしたんだ?」って無言の圧力をかけてくる。
「こちらです。フェルナンド様からの注文は婚約者様のものだけでしたが、おそろいでフェルナンド様の分もご用意いたしました。工房で一般販売させてもらう商品はこれよりも品質が悪いものになります。この水準のものですと、オーダーメイドにする予定です」
すかさずジョナサンがフォローしてくれた。ナイスフォロー。俺は差し出された小さな箱を開けた。両親がほうと声を上げた。
お父様はすぐに製品化の許可を出した。そして自分たちの分をその場で注文した。
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