かわいい婚約者と一緒にハッピーエンドを目指します!
えながゆうき
第1話 よみがえる忌まわしき記憶
Gが! Gがこっちに向かって飛んできたー!
そのあまりの恐怖に掛け布団を蹴飛ばして飛び起きた。荒い息を整えると、恐る恐る辺りを見渡した。すでに日は昇っているようであり、窓からは温かい日差しが降り注いでいる。
新緑のような色をしたカーテンはすでに左右へと追いやられ、白い純白のレースのカーテンが気持ちよさそうに風に泳いでいる。どうやらGはいないようだ。
何だ、夢か。フウ、脅かしやがって。
ん? ちょっと待て、何だこのカーテン!? 俺の部屋にこんな色のカーテンはぶら下がってなかったはずだぞ。それにあんなしゃれたレースのカーテンなんて、なかったはずだ。
古いアパートの、貧しくも楽しい一人暮らし。それを満喫していたはずだ。
おかしい。何かがおかしい。この、手のひらをすべるように流れていくシーツの感触が、ただ事ではないことを示していた。……これってもしかしてシルク? ハハハ、そんなアホな。
そのとき、ズキリと頭が痛み出した。そこから水道管が破裂したかのように、グチャグチャになった記憶が吹き出した。頭の中が絵の具をぶちまけたかのように色とりどりに染まっていった。
気がつくと、さっき蹴り上げたはずの掛け布団が、いつの間にか胸の辺りにまでかけらていた。どれくらい時間が経過したのかは分からなかったが、窓からはまだ日の光が差し込んでいる。周囲にハッキリとした人の気配はなかった。
しかし、ハッキリしたことがある。自分がどこのだれかということだ。名前はフェルナンド・ガジェゴス。ガジェゴス伯爵家の長男である。どうでもいいけど呼びにくいな、このガジェゴスという名前。舌を噛みそう。あと、濁点が多い。
話を戻そう。現在八歳であり、生き写しと言われるほどお父様に似ている。カラスのような黒髪に、夜空のような濃紺の瞳。あ、この世界にカラスなんているのかな?
そして何と、ついさっき前世の記憶を一部思い出した。たぶん、Gショックによってである。うまいこと言った。
Gか。昔から苦手だったな。あいつら、これ見よがしにこっちに向かって飛んでくるもんな。気持ち悪い。
そういえば実家に住んでいたころ、Gが出たときに妹が素手で潰していたな。とんでもないゴリラだ。「セイ!」じゃねぇよ!
そしてニチャアってなったGを得意げに俺に見せるんじゃない。思わず悲鳴を上げて飛びのいたじゃないか。妹は俺の悲鳴がツボに入ったらしくて「ギェピーって」と言いながら腹を抱えて笑っていたが、俺の反応は正常だ。
それよりもお前が乙女ゲームをやっている最中にするドラミングの方が異常だわ。母さん直接は言わなかったけど、お前の将来を心配していたぞ。あの世でも元気にしてるかな、母さん。
ん? 乙女ゲーム? 何だか嫌な思い出を思い出しそうだぞ。確か妹がなんどもドラミングしてたゲームがあったな。あまりの異常な興奮っぷりに興味をそそられて、ちょっとだけゲームする様子を後ろから見てたっけ。
うん。すごく嫌な予感がしてきたぞ。確かそのゲームの攻略対象の名前に「フェルナンド・ガジェゴス」っていう名前があったね。そのときも俺は「読みづらい!」って言ったよね。それにそのキャラクターの立ち絵がどことなくお父様に似ていた気がする。
……もしかして、俺、それなの? だとしたら、非常にまずいことになる可能性が――確かそのフェルナンド・ガジェゴスとヒロインが結ばれると、クーデターを起こして国を乗っ取るエンディングを迎えたはずだ。
屍の山の上で誓いのキスをしている一枚絵をドラミングしながら自慢げに見せられたときはさすがに狂気を感じた。……それってまずくない!?
現在の我が国は、長きに渡って戦争をしてた西の隣国と停戦協定を結んだばかりだ。お互いの疲弊が激しくなっての停戦。国力が戻るまでとりあえず戦争は止めておきましょうというわけだ。
そんな仲が良くない隣国がいる状態でのクーデター。我が国の国力のさらなる低下は避けられないだろう。もしもそのような事態になれば、必ず隣国が停戦協定を破って再び戦争を仕掛けてくるはずだ。
そうなればこの国は間違いなく負ける。隣国に蹂躙されることだろう。これはまずい。非常にまずい。
これは何としてでもヒロインとの恋愛フラグをへし折らなければならない。そのためにもまずは敵を知らなければならないな。彼を知り己を知れば百戦あやうからず。昔の偉い人もそう言っていた。
思い出せ、思い出すんだ。確かヒロインの髪の毛はピンク色で――ダメだ、思い出しただけでは不安だ。記憶が残っているうちにしっかりと紙に書き記しておかなければ。なんどそれで失敗したことか。自分の記憶力を信じるな!
ベッドから飛び降りると一目散に机へと向かおうとした。あそこには紙があったはずだ。あれを使えば……あれ? どうしたことだ。足が生まれたての子鹿のようにプルプルしてうまく歩くことができない。腕もプルプルしてきた。動け、動かんかー!
俺をあざ笑うかのような膝を叱咤して、何とか机にたどり着いた。震える手で紙と鉛筆を――鉛筆ないじゃん。え、この羽根ペンで書くの? 大丈夫だよね? 恐る恐るインクをつけると、試しに紙の上を走らせた。ネイビーブルーの線が紙の上を汚していく。そして……すぐに文字はかすれた。
「使いづらい!」
折れかけた俺の心と共に羽根ペンをへし折ろうとしていた手を慌てて止める。便利なものを使う生活に慣れすぎると、そこから生活レベルを落とすことが難しくなる。まさに今がそのときだ。
それよりも書かねば。生まれてから八年間の知識はそのままだ。当然のことながら話すこともできるし、この世界の文字を書くこともできる。ミミズがのたうち回ったような文字だが。
しかしそれだと、他の人に見られたときに内容がバレる恐れがある。ここはやはり慣れ親しんだ日本語で書くべきだろう。漢字多めで。
俺はかすかに残っているゲームの記憶を、まるで夏休み最後の日に残された、大量の夏休みの課題を片付けるがごとく、必死に紙の上に書きつづった。持ってくれよ、俺の記憶ー!
そのとき不意にガチャリと部屋の扉が開いた。あれれー、おかしいぞー? 普段なら扉をノックしてから入ってくるよね? ノーノックとはこれいかに。何か急ぎの用でもあるのかな?
「今、坊ちゃまの声が聞こえたような……あ! 目を覚まされたのですね! 良かった……。奥様、奥様ー!」
「あなた、早く奥様を呼んできなさい。坊ちゃま、まだ寝てなければなりませんよって何を書かれているので……な、何ですかその不気味な文字は! 呪いの呪文!? おやめ下さいませ! だれか、だれかお医者様をお呼びしてー!」
てんやわんやである。扉から二人の使用人が入って来たかと思ったら、大声を上げて出ていた。何を言っているか分からないが、このままだとこの「死海文書(仮)」がこの世から抹消される恐れがある。
急いで一番上の引き出しにある二重底を外しそこに隠した。これならそうそうバレないだろう。エロ本を隠すのにもちょうど良さそうだ。
「フェル! 私の可愛いフェルナンド! 目を覚ましたのね。もう大丈夫よ、お母様が来たわ!」
「もう大丈夫じゃ、医者のワシも来たぞ!」
お母様とお医者様の後ろからはワラワラと使用人たちがやってきて、もみくちゃにされた。あーもう、むちゃくちゃだよ。
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