第10話 それぞれの優しさ


 春いっぱいの土曜日、ミホと桜を見に大きな公園に来た。

 コンビニでお酒とジュースを買って……多分、桜の木の下で飲むんだと思う。テレビでやってた、お花見っていうの……なのかな?


「わぁ……ミホ、雲に綺麗な色が付いてるみたい」


「桜の雲か……詩人だね、アキは」


 桜の木の下ではみんな楽しそうな顔をしてご飯を食べたりお話したりしてる。

 それを見てるミホもなんだか嬉しそう。


「ミホ、ここでお酒飲むの? 桜の木の下じゃないよ?」


「ここでいいの。アキも喉乾いたでしょ?」


 公園の入口、パチパチする飲み物をミホからもらって乾杯する。

 飲むたびに驚いちゃうけど、甘くて美味しいパチパチ。


「ふふっ、ホント……滑稽ね」


「こっけい?」


「試してみよっか。アキ、おいで」


 ミホに手を引かれて、みんなが楽しそうにしている桜の木の下へやってきた。

 歌う人、踊る人、眠る人。

 桜よりも人に押しつぶされてしまいそうで、ミホの手を強く握ってしまう。

 

「アキ、そこに立ってジュース飲んでて」


 言われた通り、少し小さめの木の下でパチパチを飲む。ゴミが沢山落ちてるので掃除をしていると、知らないおじさんに声をかけられた。


「ちょっとキミ、そこ予約してあったんだけど!!」


 予約ってなんだろう……

 困ってしまいミホを見るけど、ミホはニヤニヤ笑いながら眺めてるだけ。


「予約ってなんですか?」


「そこは俺が朝早く来て場所取りしたんだ。テープが貼ってあっただろう!!」


 どうしてこんなに怒ってるんだろう?

 みんな楽しそうにしてるのに……


「テープはゴミだと思って剥がしちゃいました。ごめんなさい」


「俺の場所だ。早くどけ!!」


「でも……入り口の看板に“みんなの公園です。綺麗に使いましょう”って書いてあるよ?」


「この……クソガキが!!!」


 おじさんに思い切りビンタをされて、そのまま木の下へと倒れ込んだ。

 頬がヒリヒリして痛い。


 泣いている私のもとへミホが来ると、飲んでいたお酒の缶で頬を冷やしてくれた。

 みんな静かになって、こっちを見てる。


「女の子に正論言われて顔真っ赤にして手を出すなんて……おじさん最低だね」


「う、うるさい!! そもそもここは俺が── 」


「みんなの公園でしょ? 場所取りなんてくだらないローカルルール押し付けて騒ぐあんた達と、桜眺めて笑ってゴミ拾いしてるアキのどっちが正しいと思う? 騒ぎたいなら他所で騒げば?」


「お、お前だって酒持ってここに来てんだろ!!」


「私はね、わざわざこんな所まで来て訳の分かんないルール押し付けあって獣みたいに騒ぐ滑稽な人達を肴に飲んでるの」


「さ、最低な奴だ……」


「そうね。その子を餌に使ってアンタの醜態釣って論破して悦に浸ってる最低な私。ホント、滑稽でしょ? 気持ち悦くてお酒が回ってきちゃった。アキ、帰るよ」


 私の手を強く引くミホ。

 ミホが怒ってるのは分かるけど、その理由が分からなくて……

 折れて落ちていた桜の枝をこっそり鞄に入れて、ミホの手を強く握った。


 

 ◇  ◇  ◇  ◇



「ミホ……ふやけちゃうよ?」


 ミホは部屋についてから、ビンタされた左の頬を舐め続けている。

 温かくて柔らかくて、溶けちゃいそう。

 

「こうした方が早く治るの」


「そうなんだ……ありがとう、ミホ」


「…………机の上の桜、可愛いね」


 拾った桜の枝。花がついていたので、コップに水をいれて花瓶代わり。

 少しはミホが笑ってくれたら……なんて思ってたけど、ミホは涙を流して桜を見てる。私もミホの真似をして、涙を舐める。


「早く治るといいね、ミホ」


「…………私がいいって言うまで舐め続けて」


「でも……ふやけちゃうよ?」


「ふふっ。そしたらこんな私でも優しく見えるでしょう?」


 ミホは優しいよって言いたかったけど、流れ続ける涙が言わせてくれなくて……

 泣き疲れて寝てしまったミホの頬を舐め続けた。

 ミホの為にいっぱい舐めたから……目を覚ましたら、きっと良くなってるよ。


 気が付けば私も寝てしまっていて、私の上には柔らかくて温かなタオルケットが掛けられていた。

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