第23話 元カップルと文化祭②
※萌結※
「一緒に帰らないか?」
「えっ……」
中村くんは何も包み隠さず私を誘った。
ここまで彼が直球に言ってきたのは夏祭りの告白以来。何か心変わりがあったのだろうか?
いや、今なそんなことを考えるよりも、彼の誘いに答えなければいけない。
そもそも、私が佐々木のことを好きだろうと気付いているはずの中村くんは、どうして今更行動を開始したのか。
簡単に考えればわかることだ。私が佐々木と一緒に委員をやりたいがために立候補したからだ。
「……駅までなら」
佐々木のことを好きと言っておきながら、ここでしっかり中村くんの誘いをはっきり断れない自分に嫌気が差す。
彼からの好意を拒めない自分がいる。
「あのさ……!」
自己嫌悪に陥っていた私に、中村くんは話しかける。
「俺は、優希が真昼と付き合ってるのを知ってるし、その上で笹川が優希を好きでいるのだって知ってる」
中村くんは「そ、それでさ……!」と懇願するように言葉を吐き出す。
「俺にチャンスをくれないか?」
「……チャンス?」
唐突にそんなことを言い出した中村くん。
そして彼は続ける。
「笹川にもっと俺を知って欲しい。優希を忘れるくらい俺でいっぱいにさせたい。いや、させてみせる。だから俺にチャンスをくれないか?その上でやっぱり俺じゃダメなら、その時にはちゃんと笹川を諦める」
あぁ……私は、こんなにも自分を想ってくれる人の好意を、ずっと見ないフリしてきたのね……。
自分の『好き』って気持ちばかり優先して、猪突猛進のごとく真昼に宣戦布告して、こんなにも自分を想ってくれている中村くんの気持ちを無下にしてきていた。
なんて情けない。
「……わかった」
私は昔からずっと不器用だ。
勉強の要領は悪く、人一倍時間をかけなければまともに点数を取ることすら出来ない。
皆が当たり前のように跳べる二重跳びを、私はせいぜい二回しか跳べない。
裁縫だって、糸を通すだけで時間を食う。
そして、周りばかり気にして、せっかく実った恋を終わらせた。
そして今、私は自分の恋しか見えていなかった。
だから、今私がすべきこと、それは────
「私もちゃんと中村くんを見るよ」
彼の想いに、少しでも応えたいと思うことではないだろうか。
私は佐々木が好き。その気持ちに変わりはない。
でもその瞬間、止まっていた歯車が走り始めた気がした。
※優希※
時の流れというのは実に早いものだと実感する。
気付けば、季節はもう秋から冬へと移り変わる節目に到達し、皆の衣装は半袖から長袖へと変化した。
文化祭の企画を練る二ヶ月はあっという間に過ぎ去って十一月。
文化祭まであと一週間となった。
男女逆転喫茶という企画はもう決定してしまっていて、あとは当日のシフトや装飾やメニューの作成を残すのみ。
この二ヶ月で俺と笹川は度々ぶつかり合い…………いや、笹川が独裁状態を発揮し、それに文句を言った俺を『民主主義』という便利な言葉でねじ伏せていた。その度にもう一人の委員、津川杏奈が仲裁に入っていた。
津川の呼び方も『津川』から『杏奈』に変わり、津川が俺を呼ぶのも『佐々木くん』から『優希くん』に変わった。
「それじゃ、私先に帰るけど。佐々木ほんとに任せて大丈夫?」
「大丈夫」
その日、笹川はどうやら用事があるようで先に帰宅。真昼も今日は待っていないらしい。昴は知らん。
付き合って四ヶ月目。
今のところ、俺と真昼の関係は良好だと言っていい。喧嘩はするがちゃんと仲直り出来るし、デートだって数を重ねた。
…………ただ、それ以上進んでいない。
きっと進もうと思えば進めるし、俺が求めれば真昼は応えてくれるだろう。それはわかっているが、俺の気持ちの整理がまだつかないでいる。
ここ二ヶ月で、昴と笹川が二人きりでよくいる場面を目撃する。
本人から付き合ってると聞いたわけじゃないし、隠れて付き合うことにしたとしても、律儀な昴は俺に一報入れるだろう。
連絡してこないということは、まだ付き合っていないということ。
そもそも笹川は俺に好きだと言ってきている。
「…………」
わからない。
笹川が何を思って昴と向き合っているのか、今俺をどう思っているのか。
本当のところは本人に聞くしかないのだろうが、俺にはその勇気がない。
……名前負けってこういうことだよな……。
「あぁもう……!」
大体どうして俺がこんなに振り回されなきゃいけないんだ。
最初に告白してきたのも、俺をフったのも、また好きだと伝えてきたのも、全て笹川からだ。
「どうしたの優希くん?」
「あ、杏奈……。いやなんでもない」
「なんでもって感じじゃないけど?」
どうやらバレバレのようだ。
とはいえ、俺個人のみではない複雑な問題にさらに他者を巻き込んでいいものか……。
「話してみなよ。それとも私じゃ頼りない?」
「そんなことは……っ! ……わかった、話すよ」
そうして俺は、今抱えている全ての問題を杏奈に話した。
「────というわけなんだ」
「なるほどねぇ……。部外者の私からすると、萌結がそういう行動を取っている理由はなんとなく察することが出来るよ」
「そうなのか?」
俺の問いに「優希くんは鈍感すぎるよ」と言う。
「例えば君には想い人がいるとしよう。だけどその人には好きな人がいて、君は見向きもされない。そんな時君はどうする?」
「俺なら……」
この問、昔の俺なら間違いなく諦める。それ一択だ。
だが今は違う。そして今俺はこの問いにおいて、昴の立ち位置にいる。
俺と昴は根本的な所は違くとも限りなく近い人間だ。
陽キャで同じクラスカーストトップに位置し、恋に悩み苦しんでいる。
だが俺は取り繕った陽キャで、昴は根っからの陽キャ。
きっと違いはそこにある。
だから、昴ならどうするか……
「『俺のことを見てくれ』」
「きっとそうだろうね。それに萌結も応えたんだろうね」
「なるほど……」
何故だろう、杏奈の言葉にはどこか説得力がある。
話の筋が通っているからか? いや、当事者にはわからない、第三者からの視点を言葉にされているからかもしれない。
「優希くんは結局どうしたいの?」
「え……?」
「優希くんは今、萌結の行動に一憂している。可愛いカノジョがいながら」
「うっ……」
確かに、真昼と付き合っている現状で、笹川の行動に一喜一憂するのは二股を掛けているように取られるかもしれない。
「それってさ、真昼ちゃん以上に萌結のことが────」
この後に続くであろう言葉。それは、
「────やめよう」
「え?」
予想に反し、杏奈は言葉を発するのを直前で止めた。
すると杏奈は「私が出来るのはここまでだから」と言ってスクバを肩にかける。
「良い文化祭になるといいね優希くん」
そう言って、教室を出ていくのだった。
※杏奈※
なんて馬鹿なことをしているんだろう。
思うがままのことを言ったって、彼らの関係が拗れていくだけ。
だけど、もう言ってしまったものはしょうがない。
「ちゃんと聞いてた?」
『…………うん』
教室を出た私は胸ポケットからスマホを取り出す。その画面は通話中になっており、その相手は佐々木優希の恋人、如月真昼。
『結構意地悪だよね、杏奈って』
「頼んできたのは真昼ちゃんじゃん」
そして私は「でも本当にいいの?」と真昼に言う。
あそこでやめたのは、私なりの配慮。それを真昼ちゃんに聞かせるのは酷なことだと思ったから。
『……いい』
「そっか……。あとはちゃんとケジメつけなね」
『わかってる』
文化祭まであと一週間。
真昼をアシストしてしまった上でこんなことを思うのはお門違いだし身勝手だ。
それでも、
「『好きな人』の幸せくらい、願わせて欲しいな……」
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