第4章

第21話 元カップルと過去の話

 ※優希※


 ────は文化祭が苦手だ。

 クラスでは陰キャ男子の中にいて、陽キャ男子とは交わらないような生活をしている僕が、否が応でも陽キャ男子と関わらなければいけなくなるからだ。

 そして陽キャ男子と関わった陰キャの末路、それは孤立。頼りにされてる風のパシリをさせられたり、褒めてる風の煽りを受けたり。


 陽キャと関わってもロクなことがない。


 それが僕が齢十四にして悟ったことだ。

 陰キャには暗黙の了解のようなものがある。『授業中に目立ってはいけない』『女子と遊びに出掛けてはいけない』『遊びに行った先で陽キャグループと会ってはいけない』『恋人を望んではいけない』などなど、陽キャの目の敵にされず、満たされずとも平穏な日々を得るためには必要不可欠なことだった。


 陰キャは陰キャを守らない。

 擁護すればその標的は己へと移される。

 だから陽キャに絡まれた陰キャが取られる行動は切り捨てのみ。

 陽キャからも陰キャからも迫害され、あっという間にぼっちの出来上がりだ。

 だから階段を昇る時も、下を向いて、絶対に陽キャと目を合わせないように……


「きゃっ」

「あ……っ!」


 下を向いていたせいで前から人が来ているのに気付かなかった。

 階段の踊り場には大量の紙がばら撒かれてしまっていた。


「ごめん……笹川さん……」

「佐々木くん、だよね?……大丈夫だよ」


 僕は無言でこくりと頷く。

 そうして、僕はしゃがみこんで紙を収拾する。

 笹川さんは「ありがと」と優しく言う。

 笹川萌結。うちのクラスの人気者。明るく優しい性格で、どんな相手でも分け隔てなく接することから、学年問わず色んな男子からの人気が高い。また、決して男子に媚び売るようなことをしないので女子からの人気も高く、彼女の回りは常に賑やかだ。


「えっと…………これ一人で運ぶの?」

「うん。ほら今日愛菜休みで理科係が私しかいなくてさ」


 笹川さんは「今日に限ってこんなのって……参った参った」と愚痴一つ言わない。

 なんて出来た人なのだろう。保身ばかり気にしている僕とは大違いだ。


「誰かに手伝い頼めば……」

「うーん、それも考えたけど、私の仕事だし、誰かに頼んでも角が立ちそうだし……」


 まあ、笹川さんに頼まれなかった人はその人で、何故選ばれなかったのか不満に思うのだろう。

 人気者もいいことだけじゃないんだなぁと思う。

 そんなことを言いながら最後の一枚に手を伸ばし……


「「あっ……」」


 本当に……本当に偶然に、僕の手と笹川さんの手が紙の上で重なった。

 瞬間、互いに相手に視線を向け、思わず目が合う。

 笹川さんの目は、穢れがなく、黒いのに透明感があって、思わずその瞳に吸い込まれそうになるくらい綺麗だった。


「ご、ごめん!」

「こ、こちらこそ!」


 すぐに手を引いて謝る。

 何をやってるんだ僕は!これがもし陽キャ男子に広まればぼっち所の話じゃない!最悪この学校にいられなくなる……!

 僕がそんなことを考えている間に笹川さんは紙を整え「よいしょ」と持ち上げ階段を降りていく。

 やはりその紙の量は、女の子一人で持つというにはあまりに量が多い。


 ダメだ、これ以上関わるのは危険だ。

 大丈夫、ここで僕が階段を昇っていったって誰も文句は言わない。

 リスクとリターンを考えれば簡単な話。笹川さんを手伝うことは僕にとってメリットがない。むしろリスクの方が大きいだろう。

 だから、ここは何も言わずに…………



「半分持つよ……」



 階段の上から笹川さんに言葉を投げる。

 笹川さんは一瞬驚いたような顔を浮かべてから、


「それじゃあ、お願いしちゃおっかな!」


 にこっと笑みを浮かべて僕に言った。


 ────それからと言うもの、笹川さんはことある事に僕に話しかけてくるようになった。

 しかも、目立たないようこっそりと。彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。


「ね、佐々木くん」

「……笹川さんどうしたの?」


 文化祭の説明やら作業やらでみんなが放課後教室に残らされた日、笹川さんは人ももうそんなにいない教室で話しかけてきた。

 恐らくまだいる人が悪戯に噂話を広げたりしないと踏んだのだろう。


「私、佐々木くんと同じシフトになったからよろしくね!」

「えっ」


 思わず声が出る。

 ただ一瞬、その声が出た理由を考えた。


「……よ、よろしく……」


 胸に違和感を覚えながら僕は、彼女にそう返すのだった。



 ※萌結※


『男女逆転メイド喫茶かー!いいね!』

「でしょでしょー」


 杏奈と佐々木と有志企画について話し合った日の翌日の晩、私は自室で真昼と通話していた。


「でもいいの?」

『?』

「多分これから普段以上に増えるわよ?佐々木と接する機会」

『大丈夫だよ。そんなんじゃ揺るがないから』


 私の言葉にきっぱりと返す真昼。

 それは強がりなのか、心の底からそう思っているのか私には計れない。

 すると真昼は『嬉しいなぁ』と呟く。


「どうして?」

『やっと萌結が

「ッ!」


 そうだ、私はもうやめてしまったんだ。脇役に徹することを。

 今の私は、まぎれもなくヒロイン。中学時代の私に


『ま、私はどんな萌結も好きだけどねー』

「はいはい、ありがと」

『でも負けないよ。好きだから』


 真っ直ぐ、ド直球な言葉の球。

 私はその球をしっかりと胸に収める。


「私も、負けない」

『うん!』


 そう言って私たちは通話を閉じた。

 ……そういえば私と佐々木が付き合い始めたのは、去年の文化祭だったわね……。

 彼はどこまで覚えているのかしら。

 私はそっと目を閉じて思い浮かべる。鮮明に思い浮かぶのは、彼が私の運んでいたプリントを拾ってくれた時、私と目が合った時のあの顔。

 あの瞬間、胸の奥からボウっと熱いものが込み上げた。その感覚は今でも思い出せる。


「……はぁ……好き」


 別れて離れても、たとえ誰の彼氏になろうとも、あなたが好き。

 我ながら身勝手すぎて苦笑してしまう。

 でもそれでいい。それが私、笹川萌結だから。


「────────優希」


 ボソッと呟いた瞬間、手に持ったままだったスマホがメッセージを受信して震えた。

 送り主は中村くん。

 あの夏祭り以降、学校でもチャットでも特にやりとりをしていなかった中村くん。振った自分が言うのもなんだが、どんな顔をすればいいのか……。

 ただ、それとこれとは別問題で、メッセージには返さないといけないだろう。

 そう思い、私はアプリを立ち上げ、メッセージを確認した。



『文化祭最終日、一緒に回らない?』



 全く取り繕わず淡白で、真っ直ぐなメッセージ。

 中村くんはまだ私を諦めていないらしい。でも私は佐々木が…………。

 いや、佐々木を理由に中村くんと向き合わないのは違うだろう。


なぁ……」


返信は少し保留。

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