第16話 元カップルと夏祭り

 ※優希※


 夏祭り当日。


「「お待たせ」」

「「おぉ……!」」


 祭り会場の境内で、女性陣の到着を待っていた俺と昴の元に現れたのは浴衣に身を包んだ真昼と笹川。

 髪も綺麗な花飾りで結んでおり、いつもと違う雰囲気を漂わせている。


「どう?」


 袖口を摘んでくるりと回ってみせる真昼。

 元がいいおかげか、真昼は何を着ても似合う。


「めっちゃ似合ってる」

「えへへ、ありがと」


 ずっきゅーん!

 なにそれ、可愛すぎませんか?

 危ない危ない……!危うく落ちてしまうところだった。

 平常心……平常心。


「それじゃ、行こっか!」


 真昼の合図で、俺たちは人混みの中へと足を踏み入れるのだった────



 ※萌結※


 …………モヤモヤする……いや、ムカムカ?

 頭の中で不満を訴えるも、この感情に見合った言葉が思いつかない。

 結局、私が買ったのは『桜文』と呼ばれる桜の模様の入った桃色の着物。

 中村くんは「すごい似合ってる!」と言ってくれたけど、佐々木は特に何も言わなかった。

 いや別に彼から褒められたいというわけではなくて!少しくらい感想があってもいいんじゃないかしらと思っただけ!


「どうしたの笹川、顔をしかめて」

「え、そんな顔してた?!」

「うん割と」

「そんなつもりじゃなかったんだけどなー」


 中村くんに指摘され、私は慌てて表情を意識し始める。

 脇役は常にニッコリスマイル!メインヒロイン以外が画を汚くしてはいけない!

 すると中村くんは、


「ずっと思ってたんだけどさ……」

「……うん?」


 少しうしろめたそうに私に聞く。



「無理してない?」



「…………」


 無理……。

 何について私が無理しているように見えるのか、そんなのは聞くまでもない。このキャラについて。

 私の人生において、脇役に徹して過ごした時間とクラスカーストトップのメインヒロインでは雲泥の差がある。そして、本来の私はメインヒロインのような人間。


 人の本質はそう簡単には変わらないと、私は知っている。

 すぐ間近に似たような境遇の人がいるから。

 いつも取り繕って陽キャを演じているが、事情を知ってる私から見れば隙だらけで、いつバレてもおかしくない。


 ────じゃあ私は?


 私は一切ボロを出していないと断言出来る……?

 いや、思わぬ瞬間にボロを出していてもおかしくない。

 いつもそれを必死に抑え込んでいる。

 それを無理してないかと言われると…………



「────無理してないよ。大丈夫!」


 私は笑みを浮かべて返す。私の返答を聞いた中村くんは、


「そうなの?浴衣に下駄で歩きづらそうだったけど大丈夫?」


 …………え?

 あれ……?

 下駄?下駄の話?!


「そっちね!……いやいやそっちも大丈夫!」


 なんだ……勘違いしたじゃない!

 全く人騒がせな中村くんなんだから!

 中村くんは「そっちも何も、下駄しかなくね?」と私の心中が分からず困惑している。

 そしてふと、私はあることに気付いた。



「あれ、二人は……?」



 ※優希※


「ほら行くよ優希!」

「ちょ、ちょっと待て、二人が来てない!」

「あ、ほんとだ」


 俺は少々強引に真昼を引き止める。真昼も二人がいないことに気付き「どうしよ……はぐれちゃった」と心配そうに呟く。

 正直、先行しすぎた真昼も悪いが、注意していなかった俺の責任でもあるので責めたりはしない。


「はぐれてちまったもんはしょうがない。連絡して、合流するしかないな」

「そうだね」


 そう言って俺たちは、屋台通りから少し脇道にそれ、本殿の脇に寄る。

 だが、ここも通行人の邪魔になるので、俺たちはさらに本殿の陰に移動する。


「ここなら分からなくもないだろ。あとは電話に出るかだが……」

「ちょっと待って優希!」

「?」


 俺がスマホで昴に電話を掛けようとすると、それを真昼が制止した。


「勘違いだったらごめんね……?でも聞いておきたくて」

「うん……?」


 この状況下、まるで今から告白するかのようなシチュエーションだ。真昼もそれは分かっていると思う。

 今まではあくまで友達として接してきたつもりだが、もし本当に告白されたらどうしようか……。

 真昼の言動にぐらつきながらも必死に耐えてきた俺だが、正直告白されたら耐えられる気がしない。

 ……あれ?



 そもそもなんで俺、耐えようとしてるんだ?



 何故耐える必要があるんだ?

 だって今の俺はカノジョがいるわけでも、好きな人がいるわけでもない。

 友達として仲がいいから付き合ってみた、というのはよく聞く話だ。

 そしてなにより、そんな俺を責め立てる人間などいないだろう。


「聞きたいことっていうのは……」


 実際問題、俺は真昼のことをどう思っているのだろう?

 顔、性格共にトップレベルだし、少し暴走気味な所もあるが、それを嫌に感じるほどでは無い。

 そして、好きな嫌いかでいえば、当然好きに入る。だがそれが恋愛感情としての好きなのか友人としての好きなのかと問われると、どっちとも言えないというのが正直なところだ。

 しかし、真昼と付き合うのは悪くないと思っている自分がいる。

 そしてついに、真昼は俺に質問を提示した。



「優希を変えてくれた人って萌結だよね?…………もしかして二人って付き合ってた?」



「……………………へ?」



 俺と笹川が必死に隠していたその過去を、真昼は見事に言い当てて見せた────



 ※萌結※


 焦り。

 今の私の心はその感情で埋め尽くされていた。

 はぐれてしまったことに対する焦り……。そして、真昼と佐々木を二人きりにしてしまったという焦り……。

 大事なものを失うカウントダウンをされているような感覚。


「そんな急ぐなって!」

「でも……!」


 なんで私はこんなにも焦っているんだろう。そしてこの焦りはどちらに向けたものなのだろう。

 私はそんな迷いから、中村くんの制止すら無視して探し回る。


「落ち着かなきゃ見えるもんも見えねぇって!」


 と言って、中村くんは私の手首を掴む。

「でも……」と言いかけるが、確かに中村くんの言う通りだと思い、私は冷静になる。


「笹川どうしてそんなに焦ってんだ?」

「それは……はぐれちゃったから……」

「それだけじゃないだろ」


 ビシッと打ちつけるように中村くんは言う。

 すると、


「これは言うか迷ったんだが……」

「?」


 彼は言いづらそうな表情を浮かべながら後頭部を搔く。



「優希のこと、好きなのか?」



「え?!」


 私は思わず声を上げる。


「違うよ?!好きなんてありえない!」


 むしろ消えて欲しいくらいよ、と言いたいが、流石にそれを言うことは今後の私たち……私たち四人の関係に響くことくらい私にもわかる。


「そう?でも俺から見ると……」


 瞬間、周囲の雑音が私の世界から取り除かれる。



だよ」



 ……違う。違う違う違う!

 そんなことない!好きじゃない!

 溢れてくるな!溢れてくるな!

 抑え込んでいたあの感情が、その一言で溢れてきそうになる。

 そして中村くんは続けた────




「俺も好きなんだけど……笹川のこと」

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