第15話 元カップルと浴衣

 ※萌結※


 私が佐々木と付き合っていたのは秋から冬にかけての三ヶ月。季節も季節なので当然夏祭りデートなんて出来なかった。


「扇子と朝顔……どっちがいいかな?」


 真剣な眼差しで二つの浴衣を見比べる真昼。

 期末テストが無事終了し、私たちには高校生活初めての夏休みが到来した。

 目下の予定は来週に迫る夏祭り。

 己の体の成長を鑑みた私たちはこうして二人揃って浴衣を新調するため、浴衣専門店を訪れていた。


「萌結はどう?これとこれ」

「そうねぇ……」


 左右に浴衣を持って交互に重ねてみせる真昼。

 真昼が持っているのはどちらも濃い紫を基調とした浴衣で、大きな違いといえば柄が扇子か朝顔か。

 ……何が違うんだろう……?

 中学時代に友人と行ったお祭りの時に着た浴衣は元から家にあったものだったし……。


「朝顔の方が可愛いけど、扇子の方が大人っぽわね」

「なるほど!」


 私は思った通りにアドバイスし、真昼の元を離れて自分の浴衣を探し始める。

 メインヒロインが紫なら、私は明るめの色が妥当よね。

 引き立て役がヒロインと浴衣の色合いが被るなんてことはあってはならない。

 すると私は、良さそうな浴衣を見つけ手を伸ばし……。


「「あっ……」」


 同じく浴衣に手を伸ばした人と手がぶつかる。

 私は自分が伸ばした手を引っ込めて、もう一つの手の持ち主の方を見る。

 そこにいたのは、


「田川先生?!」

「え、笹川さん?!」


 うちのクラスの担任、田川凛先生だった。

 先生は完全にオフ仕様で、黒のブラウスに、ゆったりとした白のスカート。

 恐ろしいほど似合っていて、恐ろしいほど可愛い。


「先生も浴衣を?」

「え、えぇ……!」


 あからさまに焦る田川先生。まさか自分の生徒に浴衣を買う場面を見られるとは思ってもみなかったんだろう。

 確か田川先生は今二十四歳で既婚だったはず……。


「旦那さんとお祭りですかー、いいですね」

「うぅ……恥ずかしい……!」


 大人になって結婚しても、こうして旦那さんとお祭りに行くほどラブラブなのは羨ましい。

 別れたのに夏祭りに行く私たちは果たしてどんな関係なのか。少なくともラブラブではないと思うけど……。


「旦那さんどんな人なんですか?」

「え、その話広げる?!……ま、まぁ……いい人よ」

「へー!何年付き合ってたんですか?」

「え、えーと……」


 田川先生が何年か数えていると。


「あー!田川先生だー!」


 響いたのは真昼の声。

 真昼はどうやらさっきの浴衣が入っているらしい袋を持ちながら田川先生に駆け寄る。


「先生も浴衣買うんですか?」

「え、えぇ……!たまたま笹川さんと同じ浴衣を見つけてね。話してたところよ」

「どんな話してたんですか、私も気になりますー!」


 すると田川先生は少し考えてから「はぁ……」とため息をついてから。


「仕方ないわね……場所を変えましょうか」


 ────場所は変わって浴衣店の入っているショッピングモール内にあるフードコート。

 田川先生も元々お昼はここで食べる予定だったらしい。


「それで、今の旦那さんとは何年目なんですか?」

「えーと、……高二の時からだから九年目ね」


 高校生の恋愛というのは長続きしないとよく言われるが、田川先生の場合は、付き合って結婚までいきついたパターンらしい。

 てことは、真昼と佐々木が付き合って結婚するなんてことも有り得るのよね……。


「告白はどっちからしたんですか?」

「明確に付き合うことになった時は私からね。最初は向こうからだったわ」

「???」


 真昼は、田川先生が返した答えに疑問符を浮かべる。そして「どういうことですか?」と聞く。


「私ね、今の旦那の前は、他に好きな人がいたのよ。ただその人に振られて……傷心してた所で今の旦那……匠って名前なんだけど、告白してきて」

「それで意識しちゃったと」

「そーゆーことね」


 こんな身近に青春ラブコメを送っていた人物がいたなんて……。まるでね。

 正直、田川先生を振ったというその人はどんな人なのかがとても気になる。


「先生たちはずっとラブラブなんですか?」


 真昼がぐいぐいと次の質問をする。

 田川先生はクスッと小さく笑って「そんな事ないわよ」と言う。


「今だってしょっちゅう喧嘩するわよ。この前もしたし……。どっちもなかなか折れないから長期化するのもしょっちゅうね」

「この前はどんな事で喧嘩したんですか?」

「この前は……私が塩と砂糖を間違えちゃって……」

「え……?」


 田川先生が塩と砂糖を間違えるなんてありがちなおっちょこちょいをするのも意外だけど、それだけで怒る方も怒る方じゃないかしら。


「でもあの人、それに気付いてて何も言わずに『美味しいよ』って言いながら食べるのよ?!そんな時くらい不味いって言いなさいよ!」


 エクストリーム平和な夫婦じゃないですか。

 心配して損したわ……。

 なんだろう、身近な人の結婚生活について聞くと、嫌でも自分たちのことに置き換えて想像してしまう。

 私もいつか…………佐々木と…………。


「?!?!?!」


 なんてこと想像してるのっっっ!なんで今佐々木が出てくるのよっっっ!

 いなくなれー!私の頭からいなくなれーっっっ!

 すると、田川先生はチラッと自分の腕時計を見て、


「あ、もうこんな時間。夕飯の買い出しに行かなきゃ……。あなたたちも遅くならないうちに帰るのよ」

「「はーい」」


 そう言って立ち上がる田川先生。

 すると田川先生は立ち去り際、私の耳元に顔を寄せて……。



「恋愛相談ならいつでも来てね。いいアドバイスして上げるられると思うわ。女の先輩として」



「っっっ!」


 耳打ちされパッと振り向く私に、田川先生は背中を向けて歩いて行くのだった。



 ※優希※


 暇だ……。

 期末テストが終わり夏休みに入った。物語では描かれないが、当然陽キャといえど予定のない日はある。

 宿題をやろうにも、この暑さではやる気も起きない。

 そう思い目的もなくネットサーフィンしていると、


「はぁ?!」


 俺は偶然目に止まった記事に声を上げた。

 記事のタイトルは『何度でも私は君と恋をする』の後日談を描いた完全新規描き下ろしエピソードの入った新刊が今日出るというもの。

 なんと、今さっき公式サイトで情報解禁されたばかりらしい。


 こうしちゃいられない!


 俺は慌てて洋服を纏い家を出て、最寄りの本屋に向かう。

 程なくして本屋に着く。


「危ねぇ……あと少しだったぜ」


 書店の入り口すぐの目につく場所に平積みされている新刊を手に取る俺。残り三冊、ギリギリだった。

 情報解禁がほんの一時間前だったとはいえ、偶然にも書店を訪れていればファンは購入したに違いない。

 俺は手に取った新刊をレジまで持っていく。

 するとちょうど俺の後ろにカップルが並んだらしい。


「ギリギリ間に合いましたね」

「あと二冊、ギリギリだった……」


 ふむ……。

 あと二冊?ギリギリ?

 これはもしかすると同士かもしれない。


「帰ったら速読勝負ね」

「いや待って、朱里の方がいつも読むの早いじゃん!俺味わって読むタイプなんだよ!」


 女性の方はどうやら朱里という名前らしい。

 正直、会話を盗み聞きしているという罪悪感はあるものの、彼らがいつ始めるかわからない『でも恋』(※何度でも私は君に恋をするの略)トークを聞き漏らしたくない。


「私だってあれでちゃんと読んでるもん。明日人に負けないくらい読み込んでるし」

「ほう、帰ったら勝負だ!」

「望むところ」


 男性の方はどうやら明日人という名前らしい。

 というか、なんだこの高校生のバカップルみたいな会話は……。

 俺は気になって自然な素振りで後ろをチラ見する。


「嘘やん…………」


 思わず小声でそんな言葉が漏れる俺。

 それもそのはず、俺の後ろに並んでいたのは、この世のカッコイイを全て集めたかのような高身長イケメン。

 風貌だけでなく服装や髪型までもが超一流。俺のような装った陽キャではなく、まさに天性の陽キャだと感じさせてくる。

 そしてその隣にいるのも超美人。天性の陽キャを感じさせる人とは違い、おしとやかな雰囲気を漂わせている。


「次の方〜」


 電話番号でも聞こうかと考えていると、レジの店員に呼ばれてしまった。

 続いて俺の後ろにいたカップルも二つ隣のレジに着く。



 あれが本物か…………。



 書店からの帰り道、俺は『でも恋』の新刊より、明日人と呼ばれていたあの人のことで頭がいっぱいだった────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る