第5話 元カップルはとなり合う
※優希※
……さて、どういう理由で休もうか。
新入生に訪れる最初の宿泊行事、オリエンテーション合宿を翌日に控えた四月下旬。
俺は自室でオリエンテーション合宿を休む理由を考えていた。
「風邪……はちょっと弱いよな……」
あの田川先生ならば「それくらい大丈夫!先生の隣に座ってればいいよ!」くらい言いそうだ。となると風邪は理由として弱い。
とはいえ感染症だったとなれば、周りの人達へ迷惑がかかる恐れがある。そこまでしたいわけではない。
俺一人だけが休めればいいんだ。
いや待て、そもそもなんで俺が休もうとしているんだ?
もちろん原因は乗車するバスの隣の席が笹川だからだが、わざわざ俺が休む必要なんてないじゃないか。それじゃあまるで俺が負けたみたいになる。
俺があのクソ女に屈することだけは許されない。もう昔の陰キャの俺では無いのだ。
よし、悩むのはやめだ、堂々といこう。
俺は逃げも隠れもしない!あいつが俺にどんな嫌がらせをしてこようが、俺は動じない。
明日のオリエンテーション合宿、楽しみだなぁ────
────翌日。
「おはよう」
「……おう、おはよう」
場所の関係もあって、出発前の点呼はバスの中で行うらしく、先に着いた俺が窓側に座っていると、点呼寸前になって笹川がやってきた。
俺と笹川はいつものようにいがみ合わず軽く挨拶を交わす。
楽しい旅がこれから始まるのだ。極力そういうことは避けたいというのが本音だ。恐らく笹川もそうなのだろう。
「変わってくれない?」
「え?」
「私酔いやすいの、窓際に座らせて」
「お、おう……」
俺は初めて聞いたことに驚きつつ、素直に笹川に窓際の席を譲る。
「「…………」」
覚悟していたことだが気まづい……。
これがあと二時間も続くって言うのか?!拷問以外のなんだって言うんだよ!
横目で笹川の様子を窺うと、浮かない表情で外の景色を頬杖をつきながら見つめている。
「……なに、そんなに私を見て。なんか変なとこでもある?」
「い、いや、なんでもない……!」
見てたのバレたー!決してやましい目的があったわけでも、笹川に変なものが付いてたわけでもない。
ただ……
※萌結※
中学の修学旅行は三泊四日。うち中日の二日は自由行動である。
原則は皆、事前に決められた班で行動するのだが、うちの中学ではカップルは例外という暗黙の了解が代々伝わっていた。
「ほら!早く早くー!」
「う、うん……」
漏れなく私も当時付き合っていた彼氏……佐々木と共に修学旅行三日目を行動した。
その頃の私たちは付き合ってまだ一ヶ月ほど、まだまだ初々しく、お互い初めてのお付き合いということで、まだキスすらしていなかった。
「見て!金閣寺!」
「おぉ……!初めて本物見た」
「まあ、三代目だけどね」
私は金閣寺こと舎利殿のパンフレットを読みながら言う。
観光客は多いが、基本的には外国人や家族連れ。同中の修学旅行生は見られない。
それもそのはず、ここは私たちの泊まるホテルから有名な観光地としてはそれなりに遠い。
皆は近場の観光地から見ていくだろうと予想した私たちは、あえて遠いとこから始めることで、すれ違いになるという作戦を取っている。
「えーとね、とりあえずこのバスに乗るよ」
「……わかった」
金閣寺を一通り観光し終えた私たちは、次の場所に移動するため、路線バスを利用することに。
「二人席にしない?」
「二人……?!」
「うん、だって…………付き合ってるんだし」
「そ、そうだね……!」
うぅ……恥ずかしい。
今の私がその光景を見たら、二人とも殴り倒していただろう。というか、なんとか説明して、あの失態を犯さないよう注意するだろう。
まぁ……もう出来ないわけだが。
私たちはバスに乗り二人席に座った。私が窓際で彼が通路側。
彼がガチガチに緊張しているのがすごい伝わってくる。可愛いなもう!
「えっ?!」
「(ドヤァ)」
私は彼の手にそっと自分の手を乗せた。
彼はビクッとより一層身体を強ばらせたがそれでいい。もっと私でドキドキしてほしい。
……あの頃の私、殺してやろうか。
ただ、元々酔いやすかった私は、次第に気分が悪くなっていった。
佐々木くんに迷惑は掛けたくない……!
私がその一心で取った手段は我慢。
でも無理して我慢していたのが裏目に出たのだろう。
「大丈夫?気分悪そうだけど」
こういう時だけ察しのいい彼は、私の異変に気が付いてしまった。
私は必死に「大丈夫!」といって気分が悪いのを隠す。
すると彼はそれ以上詮索することはなく「わかった」と言うと、
「僕になら、いくらでも迷惑掛けていいから」
そういうことをスラリと言える。そんな彼が好きだったのだ────
────そして現在。
バスが出発して三十分。私に酔いは徐々に押し寄せてきていた。
これは二時間持たないかも……。
この三十分間、私と佐々木は一切会話をしていない。
別にこいつと話したいわけではないが、周りが話しているのに私たちだけ話してないとなると、変に思われてしまわないだろうか?
そう、あくまで客観的意見。客観的に見た時に話した方がいいと思うだけなのだ。
「「…………」」
まあ、こいつはそんなこと考えてもないでしょうけど。
当然こちらから話しかければ、私が佐々木と話したくてしょうがないみたいな勘違いをされ、また口論になり、ろくなオリエンテーション合宿にならないことは目に見えている。
とは言っても、こいつが話しかけてくれるわけないし……。
「……!」
ヤバい。本格的に気分が悪くなってきた……。
────それは、彼が折れてくれたのか。それとも私の声が届いたのか。
「大丈夫か笹川?気分悪そうだけど」
「……っ!」
ドクン、と心臓が大きく鼓動し、胸の奥が熱くなる。
本当は今すぐ吐きそうだし、バスを降りたい。気分が和らぐように話しかけてほしいし、手を繋いで安心させてほしい。それでも私は強がって「大丈夫よ」と苦し紛れに伝える。
彼は「そうか」と軽く呟くと、
「俺になら、いくらでも迷惑掛けてくれて構わないからな。我慢し過ぎるなよ」
「……うん、わかった」
私はそう言って再び外を眺めた。
でも見ているのは外の景色じゃない。
窓ガラスに映る、赤い顔した私だ。
※優希※
笹川の様子を見るに、酔ってしまったのだろうと思い一度は声を掛けてみたものの、それ以上何かを話すわけでもなく……結局、ほぼ話さないまま出発して一時間が経過した。
「……」
話しかけた方がいいのか……?
無言で外の景色を眺める彼女を横目で見ながら思う。
迷惑を掛けていいとは言ったが、吐かれたら吐かれたで困る。
会話をすると気分が和らぐって言うし、やはり話しかけてみるか?
「……た、楽しみだよなぁ!これから行くホテル!」
「……そうね」
折角話を振ったんだからもっと広げろよ!!!
笹川の素っ気ない返事に、流石に口には出さないが、俺の優しさ無下にすんな、と言ってやりたい。
しかし、ここで折れたら陽キャの名折れ!
「新設校だからやっぱ良いホテルだろうな!」
新設校だからという理由は少し無理あるか……?
「……しおり見て今からでも調べればいいじゃない……」
調べたわ!事前にもちろん調べたわ!
こちとらお前の気分が少しでも良くなればと話を振ってんだよ!
それとも、話す気力もないほど気分が悪いのか?
それとも…………俺とそんなに話したくないのか?
そう思ったが最期、俺の思考は急速に過去を思い出す。
俺たちが別れた理由は、ずっと陰口や誹謗中傷に耐えられなくなったからだと思っていた。それさえ無ければきっと、もっと長く続いていたと思っていた。
でも勘違いだったということなのか?
ただ単純に彼女が俺のことを嫌いになったから別れを切り出されたのだ。陰口や誹謗中傷はただの
「……あぁ……そうかよ」
自分にだけ聞こえる音量でそう呟いた俺。
俺が陰キャだからいけないのだと思っていた。でも、彼女が俺の本質を嫌いになったのだとしたら、たとえ俺が陽キャであろうとあの時別れていたに違いない。
そもそも俺はなんで陽キャなんかを目指してんだ……?
遠くに見えていたゴールが見えなくなって、真っ暗な空間に一人取り残されたような感覚。
俺の中にあった確信的なものが、すっぽりと抜け落ちてしまったような虚無感。
「ねぇ……」
「……?」
すると笹川に声を掛けられ、俺は一旦思考を中止する。
そして彼女は言った。
「あなたの
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