Tokyo gamer's night(2)

 向こうから声を掛けられて少々面食らった。鈴の鳴る様な声だ。

 あいつ……! john_doeが火を放った王城でまるこめXを監禁していたり、アーシュベックと密会していた、確かジラルディン?


「公女がその扮装ということは今正体を悟られたくないようですね、少なくともここでは」


 あやのは憎々しげに言った。

 確かにそうだ、城で見た髪に花を飾った可憐な姿とは違って一転少年じみた凛々しい格好だ。お忍びには違いない。頭の上の文字は???LV255になっているが。


「誰かと思えばあの時の賊か、その節は私を愚弄してくれたものだな? そう、そこの獣使いもそうだったな」


 名指しされてまるこめXはだいぶ委縮したようだった、そうだろう、戒められて命を脅かされていたのだから。しかしそれが本当にNPCの所業なのか?


「公女様が困りごとを解決してくれると……?」


 あやのは慎重に言葉を選びつつ会話しているようであった、今は彼に任せよう。


「今の私は公女ではない、ただの小僧だと思え」


 それにしては随分と高貴な身分の人物に見えるのだが、それも少年とも女ともつかない。


「そのただの小僧がお前たちに手を貸そうというのだ」


 申し出を受けるか否か、ここはリーダーのあやのが判断すべきであろう。私とまるこめXは黙っているべきだ。

 同じ思いなのか彼も珍しく黙りこくっている。というか監禁されていた恐怖でも蘇っているのであろうか?


「貴女がここへいるということは枢機卿に逢いに来たのでは?」


「そうだとしたら?」


「随分原作とは食い違う事となりますね、本来貴女方は敵対している筈」


「言ったろう? わたしはただの小僧だ、勿論公女ではない」


「………………」


「枢機卿が祈りを捧げる神とはなんであろうな?」


「謎かけですか」


 この黒衣の赤い眸の女にあやのがひどく緊張しているのが、私にはありありと判った。しかし何故――?


「騎士団の奉ずる『神』はいつわりです。それに仕える者の右腕が枢機卿でしょう。それは貴女もご存じです」


 急に公女の態度が変わった。

 あやのを品定めするように見遣り赤い目は増々硝子玉のようにつめたく、彼を反射するのみとなった。


「この世界の神は死んだ。それは貴女もご存じです公女」


「人間は――己が実在のかかった事となるとそうならざるを得なくなる、あやのとやら。例えばの話だ、その偽が若し偽でないとして貴方の神とは違う神として実存を持つ神性だとしたら?」


「公女、貴女はなんの話をしているのかお分かりなのですか!」


 すると彼女はまたあの鈴の鳴る様な声で笑い始めた。


「冗談だよ、あやの。そしてjane_doe、まるこめX」


 まるでこの女は私たち二人が耳を欹てていたことを見透かしていたかのように、言ってのけたのであった。


「冗談だ。神は――偏在するのではなかったか? 至る所に宿るものという、貴方がたの世界では」


「公女、禅問答をしてるのではありません」


「小僧、だ。今はな」


 あやのの制止を躱して彼女は右手をひらひらと振った。


「ですから何故、その小僧である貴女が我々に手を貸すと?」


 不意に公女はなんと私を見たのであった。何の積もりだ、この女……


「Tiger chaser」


 呼びかけか、独言か。確かにそう言った。


「いかにも、それがどうしましたか?」


 私は平静を装ってそう答えたが、実のところ以前から公女の持つ赤い眸と声の魔力にはいたく『やられて』いたのであった。


「噂にはかねがね聞いていたが、実物は初めて見る――お前は」


「小僧……殿、もう禅問答は結構です。協力してくださるのならご用件を聞きたいのですが?」


 あやのが遮って呉れなかったら延々往来で公女と私達は神とは、世界とはといった議論に巻き込まれそうだったからその一言は嬉しかった。尤も彼女は不満気ではあったが。


「では貴方がたのマイハウス以外で話の出来るところ……例えばどこだ?」


「『がらくたの都』のアップタウンに多少品の良い飲み屋があります、まあ下町に較べて品が良い程度とお思い下さい」


「成程、こういったゲームの交渉では定番だないいだろう。案内せよ」




 その店は確かに下町にある居酒屋よりは小ぎれいで、私は多少なりとも好感を抱けたが、お忍びだろうと身分の高いそれも若い女性を案内するのはそれでもどうかと思えた。

 しかし飲み屋で公女は挙動不審でもなかったし、かといって堂々としているわけでもなかった。

 人数分、飲んでも酔えないあの安酒――エールが運ばれてきたが、これが不味いのを知らないのは彼女ばかりなのか、それとも物珍しがっているのか唯一口をつけていたが (私たちは御免被った)


「高い居酒屋ならお唐牛がほしいでうs」


「お通しは出ないけど、マンガ肉ならあるみたいよ? まるちゃん注文してあげよっか」


「で、本題とは小僧殿、ご協力には感謝したいが――」


「焦るな、おいあやのとやら。エールには飽きた一番良いワインを持ってこさせろ」


「そう来ると思ってたわよ今纏めてオーダーするわ」


 あやのが店員を呼び止めて色々頼んでいる間、公女はこれで支払えとばかりに銀貨二枚をテーブルに出した。銀貨は私もこのゲームで初めて見る代物だ。


「で、貴方がたはボレスキン伯をご存じのことと思うのだが……アルチュール・ヴラド・フォン=ボレスキン、元近衛騎士団副長。今は賊だ」


 その名は「薔薇の復讐」に出てきたゴーシェの盟友アルチュールではないか!


「その賊を殺せと? わたし達に?」


 あやのがそう訊き返すと、運ばれてきた真鍮のゴブレットに注がれた葡萄酒を飲み干し公女は言った。


「伯爵は今の貴方がたの手には余る。彼の小姓にセシルという少年がいる、まだ都に潜伏している筈だ。彼を捕縛しろ」


 この冬は終わらない。

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