血戦のDies irae(3)

 アオヒツギの足跡を追うことは存外に容易であった。彼の落ちたアライメントの黒い残滓がまるで飛沫のように歩いた通りに散っているのである。

 それを見て、あやのは呟く。


「うわ、えぐ……これって見せしめよね。正式稼働のときはどうなるか知らないけど運営怒らせるとこうなるってことよ?」


「でもこれを負っていけばアオジツギのもtに辿り着けるってことよね、便利!」


「で、彼は何処へ向かっているんだ? さっさと追いかけないと取り返しのつかないことになるかもしれないぞ」


「恐らくjohn_doeがいそうな場所……やっぱり玉座の間かしら、まあこの黒い跡を辿りましょう」


 所々に城の兵と思われるNPCの亡骸が落ちている。どれもひどい殺され方だ、口から内臓が引き抜かれている――待てよ? これはどこかで見た……

 まるこめXは意外にもその亡骸には平気そうな顔をしていたが、あやのは凄惨さに酸っぱいものがこみ上げているらしい。


「これ恐らくjohn_doeの仕業ね、悍ましいったらありゃしない。どうしたらこんなことができるの?」


 推量の域を出なかったがそれはTiger chaserのスキルではないだろうか……今はロックされてると、リーリウムの言った。だがjohn_doeのそれは解放されている?

 しかしそれがこのような冒涜的に相手を殺害する手段だということは、少なからず私に衝撃を与えた。


 それのみならず遺体の損傷は酷いものが多く、何もない通路の背景としては十分すぎるほど衝撃的であった。

 そんな場所をニ、三分も進んだろうか。此処が玉座の間です、と言わんばかりの扉が現れた。彫刻の施された、聖堂騎士団の礼拝堂よりももっと立派な扉だ。そこで黒いモノは途切れている。


「初めて来たしまだ原作にそういった描写がないけれど随分ご立派じゃない、で、ここでアオヒツギとjohn_doeが刃を交えていると?」


 あやのは猟奇趣味の背景から解放された開放感からか、一気に捲し立てた。


「開けるしかないね」


「誰が行く? 私か、あやのか? まるこめXは念のためだ、控えていた方が良い」


「そうね、元はと言えばまるちゃんを見つけたら連れ帰るだけの筈だったんだから」


「えー、何で阿多氏も行きたいし!!おいて行かないであぢでもといにならないからさあ」


 まるこめXは文句を言って縋ったが私は取り合わなかった。


「……勝手にしろ。死んでも知らん私は私の戦いをする」


 一方あやのは諭すモードで彼に語り掛ける。


「あのね、まるちゃん。チーズたらが強くなったらもっと活躍しなきゃいけないから。此処でむやみに危険な目に遇うことないのよ。大人しく待っててお願いだから」


「分かった、あたしは都に裸の影にいるけえど何かあったら急いで助けに入るから!」


「それでいいんだよ」


 私は珍しく彼を安心させるように微笑んだ。――何故だろう?


「行くよ!」


 あやのは勢いよく扉を開けた。


 其処に向かってアオヒツギが剣戟を繰り出してきたので、彼は慌てて玉座の間の赤絨毯にごろごろと転がって避けた。


「おいヒララ、あぷねえし゜ゅねねうか! b¥rg t0bbkl7¥4ぬぬ」


……あやの、流暢なタイピングで気付かなかったが、お前かな打ちだったのか。いや驚くところではないが。


「危ないって? そこに居るお前が悪いぞ? それとjane_doeいるのだろう? 入ってこい」


 john_doeと戦っているようだが、アオヒツギは余裕なのか我々を招き入れる。それとも味方が欲しいのか、真意が掴めない。

 そこに居たのはアオヒツギと対峙するもう一人のTiger chaser、john_doeその人であった。

 見れば見るほど私のアバターと似通っていたが違う点も散見される、以前から思っていた事なのだがこのキャラメイクには女性の恣意が入っているとしか思えないのだ。

 女、誰だ? それは誰だ。アイカ、女教皇、そして百頭女――


「考え事とは随分と余裕だな、jane_doe。お前は最後に殺すと言ったな? あれは嘘だ」


「ネタで遊んでいる暇があったら、john_doeをなんとかすることを考えなさいよ!」


「チッ、かな打ちerが……まあ言うとおりだけどな、その通りこいつはぼく一人では手に余る」


 我々の茶番を黙って聞き流していた私の似姿、美貌の男は漸く口を開く。


「共同戦線を張るか、何人纏めてかかろうと無駄なことだ」


「やってみなきゃわからないじゃないの!」


「待て! 挑発するな」


 あやのをアオヒツギが制するが一歩遅かった。

 山吹色の影は瞬時にあやのの装備の上から袈裟切りにした。


「……あ、ああっ、はあっ、げほっ」


 創傷が肺に達したのだろう、あやのは喋ることさえできず血溜まりに倒れ込んだ。


「あの獣使いは居ないのだな?」


 john_doe周囲を見渡したが、興味がなさそうに私とアオヒツギに向き直った。


「私が興味があるのはお前たちだけだ」


 どういうことだ……? 以前私を葬り去ろうとしたではないか、この男は。


「ぼくたちに興味があるとは買いかぶってくれたものだな」


「良いか一度しか言わない、虎を見つけるまではTiger chaser同志結託せぬかということだ」


 アオヒツギは灰色の目を細めた。恐らく彼は拒否するだろう、それは私も同じだ。


「断る」


「断る、お前とは組めない」


 するとjohn_doeは女性だったらうっとりしてしまいそうな微笑みを見せて、残念そうに言った。


「本当に解っていないな、Tiger chaserのスキルをアンロックしているのは私だけだというのに、解っていない、諸君らは」


 そしてアオヒツギを無言で斬り付けた。今度は腹部を。

 程なくして彼は喀血したのか吐血したのかわからなかったが、無言で倒れ伏した。


「私を殺すのだな?」


 これはもう諦観するしかない。


「そうなる」


「その前に聞かせてくれ」


「スキルのアンロック方法でなければ」


「john_doe、お前のプレイヤーひいてお前は一体誰だ?」


「私はKだ」


 そこで全ては暗転した。


 終わらない冬を――



 そして『慈善週間』が始まる。

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