7.-薔薇の嘲笑-

血戦のDies irae(1)

 私が王城前に到着してみると、濛々たる煙、焦げ臭い焼けただれたにおい、運び出される負傷者 (殆どが火傷のほかに刀傷を負っていた)、悲鳴、赤く染まった空、血液、押し寄せるPC,NPC問わず野次馬、怒号それらの混然一体になったひどい混沌であった。時折流れる運営の"emergency ここは危険です。直ぐに退避してください"という赤字のテロップが信憑性をもってそれを伝えている。


 あやのとまるこめXは何処だ? 捜そうとしても人があまりに多すぎた。処理落ちしてしまいそうだ、このゲームにここまでの人間が関わっていたとは――


「jane_doe!」


 不意に背後から声を掛けられて、私は振り返った。


「あやの……」


 安堵して、彼の目を見たがそれは少しも笑っていてもなければ、心弛した様子でもなかった。そして俯くとこう言った。


「まるちゃんがね、見つからない。王城に入ったまま」


「………………!」


「貴女のその山吹色のマント、見間違えちゃったのかな……」


「私の所為だとでも? 今到着したばかりだだというのに?」


「じゃあ、どうしてあの男はこんなにもアンタに似ている!? どこかおかしくないか? アンタのサブキャラじゃないのか!」


 あやのは激昂して本来の口調――なのだろう――で、叫ぶが、それは野次馬たちの他愛のないお喋りや噂話にかき消されていく。


「私は何も知らない! 彼に関してはこっちが困惑しているくらいだ! もういい、信用ならないというなら私が彼を捜しに行く」


「ちょ……誰もそこまでしろって言ってないじゃないだろ! 当てこすりのつもりか!?」


「言わないつもりだったがこちらには勝ち目もある」


 それは勿論先ほど出口から貰ったあのチートコードのことだ、あれがどんな不確定要素化は分からないが使わないよりはマシだろう。


「勝ち目だと?」


「そうだここは乾坤一擲やるかやらないかだ、貴女はここで待っているがいいさ」


 私はそう言い放つと、あやのに背を向けて一目散に王城へと駆け込んだ。今なら堀に掛かった跳ね橋は下りており、城門の鉄柵も上がっているから誰でも入れる状況だ。

 本来なら城を守る筈の衛兵は累々と亡骸を晒し、装備を略奪された後だ。

 中庭に出るが植え込みが炎に燻ぶっているのみで、生きている者の痕跡はない。充満しているのは死のにおいだけであった。


 そこで少々様子を窺っていると、意外にもあやのは追いかけてきた。


「何よ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して?」


 再び女言葉で話し始めたので私は内心笑ってしまったが、平静を装って応えた。


「いや、味方は多いに越したことはない、ただしだ――」


「ただし?」


「まるこめXを発見したら連れ帰る、それだけだ」


「そうね、まるちゃんを奪還しに来ただけですものね、わたしたち」


 再びテロップが流れる。"emergency ここは危険です。直ぐに退避してください"


「あやの、城内には詳しいのか? 原作小説に描写があったとか」


「うーん……母屋側と地下牢とジラルディンを幽閉する塔があるくらいしか書いてないなあ」


――あの女、幽閉されている筈が、聖堂騎士団に出入りしたりどういうことだ?


「ということはjohn_doeが行きそうなのは?」


「如何にも行きそうなのは国王アルテラ25世のいる母屋側ね、国王を殺せば色々変わるから『生命なきものの王の国』の勢力図が変わってくる」


 運営はそれも織り込み済みなのか?


「では国王が危険に晒されている確率が高いのか、国王は絶対に勝てないNPCではないのか? そのアーシュベックのような」


「今の国王はそう言うタイプじゃないわね、確かそんな『ぬぅうんッ』ってタイプじゃ。とてもjohn_doeを撃退できないかも」


「まあこの際国王は無視でまるこめX救出を優先するのは変わりない、いいな?」


「あー、でも国王か弱い少年だからまるちゃんが義侠心に駆られて助けに入らなきゃいいんだけど……」


 とりあえず話し込んでいても仕方ない、私たちは城内に進入すると母屋側へと向かった。というかそうせざるを得なかった、反対側の棟はjohn_doeが放った炎によって足を踏み入れることが出来なくなっていたからである。

 絵描きのくせに建築様式には無学で残念なのだが、なかなか私の趣味に敵った内装の建造物だ。あやのには言えないが所々に打ち捨てられた犠牲者の亡骸が此処には似つかわしかった。一方で彼はそれを見てあまりの凄惨さに鼻白んだようだったが。


「まるちゃんいないな……それどころか死んでるNPCしか居ないじゃない」


「あんたのスキルで何とか彼を捜索できないのか?」


「錬金術師は捜索スキルは持っていません、それより貴女は何かスキルなかったっけ?」


「私のスキル?」


――Tiger chaserのスキルは現段階ではロックされている。

 確かにそう言っていたな、あの忌々しいナビゲートキャラは。


「そう、ロックされているらしいな、今のところ」


 あやのは何かを考え込んだようだが、直ぐに話し出した。


「一部のクラスではスキルをロックされているとは聞いていたけれど、それにTiger chaserが該当しているとは思わなかったわ」しかし彼はこうも続けたのだ。「ロックされたスキルは強力すぎるものが多いって聞くから貴女のそのスキルも頼りにしていいと思うの」


……ふん、利用できるものは利用する気かあやの。

(お前、wiki連中に目をつけられているな。あの、あやのという男はお前を監視しているぞ?)

 知ってるさ私はアオヒツギの同類だと思われてることもな。


 暫く母屋を炎を避けながら道なりに進んだだろうか、ある部屋から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「――から、貴女が王位wお。。。。簒奪しょうと、」


 まるこめXの声だ。相手は誰だろう?


「扉は慎重かつ大胆に開けないと」


 あやのはそう言いうが、王位を簒奪とは穏やかではない。私はまるこめXのためと思い切りドアを蹴破った。


 そこには意外な人物の組み合わせが居た。

 先ずは戒められたまるこめX、喋ることができるだけマシだ。壁際に背の高い身分の高そうな若い男シグムンド公子LV255と、ある。彼がシグムンドか、厄介だな……

 そしてもっと厄介なことにまるこめXに剣を向けていたのはあのとき、聖堂騎士団でアーシュベックと密会していた少年のような女、ジラルディンだ。しかも今はドレス姿で髪に花を飾っている。


「ちょ……まるちゃん、どーしてこうなったの!?」


 あやのは絶叫していた。


 この冬は終わらない。

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