情熱のSymphonia(4)
「ではこの祭壇をっ……動かすと、地下への階段がっ、出てきますっと」
あやのが内陣にある小型の祭壇をそう言いながら体当たりで押すと、本当に地下への入り口が現れた。吹き込んでくる冷気に一同は身を竦める。
「ありがちな仕掛けだ」
前もアーシュベックがこうやっていたのを見たな……
既視感のある光景に私は嘆息した。
「ライトノベルの世界ですもの」
私の呟きにあやのはそう返答したが、まるこめXは終始きらきらとした目でそれを見ていた。恐らく初めてこういった体験をするのだろう。
「はい、わたしカンテラ持ちます、まるちゃん真ん中、jane_doe最後ね。順番、それでいい?」
「はあい」
「異論はないさ」
つまり私にしんがりを務めさせて警戒させる、あやのは先ほどの戦闘で私の技量を見たということだ。しかしあやのは私よりも高レベル (レベルという概念はあまり当てにならないがともかく高位の)錬金術師だ。先頭に居て何かあっても対応できる自信があるに相違なかった。
階段は地下の湿度が高いのか、かなり湿っていた。滑りそうだ。一歩一歩慎重に下っていく、まるでランドルフ・カーターのように? 違うここは夢じゃない、なぜなら――
「……doe、jane_doeさっきからどうしたの?」
「あ……」
「話しかけても上の空なんですもの、何か考え事でも?」
「ああ、さっきの二人は何故あんな場所で話し込んでいたのだ、あの女、シグムンドの妹だとか言っていたが」
私は適当な、しかしあやの達が気になりそうな話題をでっちあげて、自分から興味を逸らすことにした。
「それわたしも気になるでう」
「あの二人って本来は敵対しているのよ、だから此処で逢っているなんてちょっとおかしいと思わない?」
「敵対している、だって?」
[そうよ政治的にもだけど、あのジラルディンという娘は聖堂騎士団の教条的にも赦されない存在なのよ、詳しくは原作でどうぞって感じ」
そうやって話しているうちに一行は地下牢に辿り着いた。
幾つも頑健な牢があったが、あやのは迷わず一番奥へと進んでいった。そこの床には大穴が開いている。
「ここから失われた時代の遺構に降りることができる」
「『がらくたの都』の地下までに失われた時代の遺跡があるんですか??」
「そうよまるちゃん、遺構は思ったよりずっと広くて都の辺縁から中心部までを網羅していると考えられているわね」
だがしかし……先ほどから湿度が高すぎる。これではまるで、この下には水があるようではないか。
「あやの、ひょっとしてこの下の遺跡には水が溜まっているのか?」
「ご明察よjane_doeこの下は水路になっている、深さはまちまちだけどもね――てなわけで、ふふふ、まるちゃんいってらっしゃーい」
言うや否やあやのはまるこめXを穴に突き落としたのだ。
「!」
ほどなく派手な水音がして、聞き取りづらいまるこめXの不平不満が聞こえてきたが、もうここは飛び込むしかないのだと解った私は自ら穴へと飛び込んだ。
さぶんと、水柱が闇の中で立つと私は水面に顔を出した。割とここは深い。
直ぐにカンテラを消したあやのも飛び込んできた、が何せ真っ暗で誰が誰だか正体不明だ。
「あやの! ここは暗すぎる何とかならないのか」
「ごほっ、ごほっ……」
まるこめXなど突き落とされた所為で水を飲んだらしく、喋るどころか酷く咳き込んでいた。
水面に浮いたあやのは何やら詠唱を始めたが、最後に聞き取れたのは「ここは暗すぎる、光あれ」という言葉のみであった。
するとあやのの水面から飛び出した杖の先端を中心に超自然的な光が点った。――なるほどこれが錬金術師のスキルか。
「水飲んだ? まるちゃんごめんね。jane_doeもともかく水から上がりましょう」
「ゲホッ……」
どうやらここは「失われた時代」の水路で脇に登れる小径が地下道として伸びているようであった。石造りのそこになんとかして三人は上がる。
あやのの創り出した光は頼りなかったが全員ひどい濡れネズミなことは確かだ。
やっと咳き込み終えたまるこめXが不平不満を漏らす。
「いきなり突き落とすとかひろい!」
「だってまるちゃんは穴に飛び込めって言ってもしないでしょ、高いとか怖いとか水に濡れたくないとか文句言うでしょ!?」
「憶測で買って尚と言わないでよ! 人のこと臆病者みたい揖斐言うのは止めてくれないかな!」
「おいおい、仲間割れは止めろよ、みっともない」
ほら見て見ろ、下らん仲間意識など簡単に瓦解するのだ。お前たちがいい例じゃないか。
それからしばらく三人は無言で行動していた。勿論道順はあやのが先導し、二人は着いて行っただけだが。
――まあ気まずい雰囲気ではあるな。パーティー解散も視野に入れた方が良いのかもしれない……そんなことを私は考えていた。
通路は次第に地面は砂地が多くなり水は引いたようになっていった、おそらく水路を出たのだろう。あやのが重い口を開いた。
「この先に予め前みたいに罠を張った、まるちゃんのためにね。もうあんな化け物が掛かってるのは御免だけども」
「………………」
相変わらず、まるこめXは無言だったが着いては来ていた。全く険悪な二人を見ている立ち場にもなってみろ、胃が痛い。
やがて辿り着いたのはすっかり水も捌けたあの砂漠の地下であった。なるほど此処に繋がっていたとはな――!
「さあ、わたしが一応確認してくるわ」
そう言ってあやのは砂の奥へと入って行ってしまった。
「……ねえじぇ0んさん、あたしあやのさんのことずっと信頼してたんです、でもさっき突き落とされたから考えが変わった。。。」
「どう変わってしまった?」
「彼女はあたしのことを憎んでウrんじゃないかと。。。それはあたしが足手まといdから」
「他人を完全に理解する事なんてできない、貴女の見てるあやのさんも私の見てるあやのさんも、あやのさんが知ってるあやのさん自身も全部違うんじゃないのかな」
嗚呼、銀鶏お前はよくも尤もらしい妄言を次から次へと吐き出すな? 全く悍ましい男だお前は!
「なんか、その考え方で救われたきがしまうs、ありがとうジェーンさんn」
「そうか……それなら良かった」
私はそう、気のない返事をした。
暫くしてあやのは戻ってきた。
「今度は大丈夫よ、お行きなさいまるこめXそして契約する、その方法は教えられないけど」
「分った、行ってくるけれど別に今のあなたに頼る気はない」
珍しくミスタイプ無しでまるこめXは毅然と応えた。そしてあやのと入れ違いに砂の奥に消えていった。
天井の開口部から差し込む光はもう薄暮のものであった。雨は止んだのか?
「まるちゃんが正しい方法を見出さなければ、全ては台無しなのよ」
あやのはそう呟いたが、私に言っているというよりは己に言い聞かせているというのが正しいのだろう。
「正しさというのはその個人によって何が最善か違う、だから最適な答なんかない」
「………………」
そう話を聞いているうちにすっかり日は落ちたようだった。
「外へは出られるのか?」
「ここから右へ行けば大きな開口部があるわ、でもどうするの」
「ちょっと外の様子を見てくるだけだ、一人にさせてくれ」
「そうね……」
私はあやのから離れその開口部へと向かった。
外へ出ると遠くに『がらくたの都』の影が見えたが、私を圧倒したのは満天の星空だった。
人は何故、星空を美しいと感じるのだろう? 私はしばしそれを見つめていた、涙が零れているのにも気づかずに。
「jane_doe! ここに居たの?」
あやのの声にわたしは急に現実に引き戻された。
「まるちゃんが成功したわよ、心配も杞憂に終わったわね」
「そうか、ではどんな従属獣が?」
「まあ見て御覧なさいよ」
私は再び砂の丘を地下へ向かって降りていくと、そこに居たのは満面の笑みを浮かべたまるこめXであった。
腕には幼生の犬じみた獣を抱いている。
「それ何段階か育てる必要あるんだけどね、まるちゃん名前をjane_doeに教えてあげたら?」
「うん、この子はね、チーズたら!」
やはり彼のセンスはどうかしている。
「まあ今晩のところは目的も達成したし、お仕舞にしましょうもう4時よ少し皆寝た方が良いわ」
「そうだねあやの、文句言って拗ねたりしてゴメンねおやすみなさい」
「ああ、おやすみ、あやの、まるこめX」
そうして私はログアウトすると自宅ではなくネット喫茶『人間椅子』の個室シートに居ることに気づいた。
そうだ、何も事態は進展しちゃいない……!
この冬は終わらない。
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