情熱のSymphonia(3)

 乾いた音がしてまるこめXは目を開けた。

 彼女の背後であやのが手にした杖で (あやのの事だからレベルの高い武器なのだろうが)二人目の僧兵LV8のメイスを受け止めていた。


「なにをぼんやりしている!」


 あやのはもの凄い剣幕で叫んだ、正直こんな彼女 (彼)を見るのは初めてだった。

 それで漸く気の付いたまるこめXは、部屋にあった机の反対側に這う這うの体で隠れた。


 ここは私が始末をつけるしかあるまい、素早く私は例の打刀LV12で僧兵を背中から袈裟斬りにした。背後から襲おうがお構いないしに。再び赤い飛沫が上がると私の頬にそれが飛び散る。

 ぱたぱたと音を立てて血と肉片が床を汚し、僧兵LV8はうつ伏せに倒れ血だまりの中で絶命した。


 私は本来なら他人の血で赤く染まっている筈なのだが、流石はゲーム。山吹色のマントについた赤いものは時間経過で直ぐに綺麗さっぱり消えていた。


「まるちゃん……」


 事が終わるといつも通りあやのは話しかけたが、まるこめXは先ほどのあやのの勢いとこの戦闘の出来事にに気圧されてるようで、なかなか正気には戻らなかった。


「まるちゃん?」


「あの……いえ」


 やれやれ、こうでは先が思いやられる。まるこめXはこのゲームには向いていないのかもしれない?

 私は二人を無視して淡々と僧兵たちの装備を調べ始めた。なにか良い装備、使えるものは――


「ちょっとjane_doe、まるちゃんがショック受けてんだから放置して死体漁りは早いんじゃない? 仮にも私達パーティーメンバーでしょ?」


 また仲間意識を持ち出したかこいつらは……私は彼らを使える人材だと思っていはいるが仲間だとは思っていなかった。その温度差を噛みしめる。


「そう、だな……」


 だがショックを受けた男というものは大抵放置しておいてほしいものだ、私がそうであるように。まるこめXはだって本物の女じゃない (むしろこんな女はいない)

 しかしあやのはこのごっこ遊びに付き合えというのだ。ではどうすればいい? そんなものは全て想像だけで、女の扱いなんて本当の意味で知らないというのにこの私は。


「大丈夫か、まるこめX。悪かったな、あれは私が倒したもう安心だ、落ち着いたらでいい能力値を割り振ろう」


 これがお望みだろう、なあ?




 結局僧兵たちは壊れたメイスの他に数枚の銅貨しか所有してはいなかった。

 それよりも経験値を割り振った方が重要であったのだが。とにかく一行は部屋を出て――この先あやのに拠れば、もう邪魔者は居らず地下牢への隠し階段がある祭壇に至るという。


「祭壇があるってことは礼拝堂仮名何かでう?」


 すっかり落ち着きを取り戻したまるこめXはあやのに尋ねた。


「そうね、この時間は礼拝の時間ではないから教団関係者も信者も居ない、無人の礼拝堂よ」


「私から入るか」


「jane_doeが一番不測の事態に対処できそうね、お願いできる?」


 私は目の前の両開きの大きな扉を開く、木材に金属の装飾が施されている豪奢な作りだ。それはかなり重いが、体重を掛けると少し音を立てて少しずつ開いた。

 無人だとあやのが確信していた礼拝堂に侵入した私の目に先ず飛び込んできたのは意外なものであった。


 アーシュベック……!?

 彼がここに居ても何ら不思議はないが問題はもう一人、明らかにあやのが説明した教祖とやらではない人物が彼と共に居た。

 ???LV255、と頭にある黒髪黒衣の少年のような者だ。の、ような、と言ったのは少年とは断定しきれなかったからだ、女にも見えた。

 レベルカンストのNPCが二人! これは不味いぞ……


「ジェーンさんづいおしたの? 後がつまってるから入るよ」


「どうしたの立ち止まっちゃって?」


 待て! 今は入って来るな、そう言おうとしたが一瞬遅かった。


「これはこれは冒険者達どの、このむさ苦しい場所に何の御用かな?」


 アーシュベックの朗々とした低い声が礼拝堂に響いた。


「「!!」」


 あやのとまるこめXは非常に驚いたがもう遅い。私だって驚いているのに。


「アーシュベック卿……そちらの方は? 騎士団の方ではない様ですが」


 私が警戒しながら尋ねると彼は答えた。


「むう、さる高貴な御仁だ、それ以上は言えぬ」


 私とその少年のような人物の目が合った、燃えるような緋色の目。……右に佩刀している、ということは左利きか! 後に戦うとなれば厄介な相手だ。

 しかし彼だか彼女だか判らないがその人物は表情も変えず、口を開くこともなかった。最後まで。


「我々はお邪魔のようだ、どうせ地下牢へ行く道を捜しに来たのであろう。冒険者達はいつもそうだからな」


「何も咎めないと? その、わたし達一行を」


 あやのは不思議そうに訊いたのだが――


「たかだか三人を斬り捨てたところで何になる? それにそこの山吹色のマント、一度は助けた命だ粗末にするな」


「………………」


 そしてアーシュベックと黒衣の少年は無言のまま礼拝堂を出て行った。


「いったいぜんたいどうしたの? 渡いs達助かったの?」


「首が繋がったわ、まるちゃん、jane_doe。でもそれはアーシュベック卿が居たからよ」


「あの黒づくめだけだったら殺されていた、ということか」


 私がそういうとあやのは漸く安心しきったように、こう吐き出した。


「あの黒服の少年みたいのは、ジラルディン・ルチア・ユーディット公女、シグムンド公子に協力する巫子にして彼の妹よ」


 この冬は終わらない。

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