襲撃

 転がるように、あやののマイハウスから飛び出したjane_doeが目にしたのは、ちょっとした阿鼻叫喚――このゲームにおける惨状の一つの形であった。

 PC、NPC問わず散らばる肉片、血の臭い、それを逃れようと逃げ惑う沢山の人々 (PC、NPC問わず)、子供の泣き声、人を探す声でそこはいっぱいであった。


――何処だ!?


 jane_doeは周囲を見回すが中心人物らしき人影は見当たらない。それは目の崩れてしまった台風、まるで熱帯低気圧のように無秩序に破壊を続ける。


――何処だ!?


 その男を捜す中、jane_doeは何人もの人とぶつかったが気にも留めなかった。無秩序、叫び声、あらゆる恐怖が散らばる中、その欠片をつなぎ合わせるように男を捜す。

 遂に「男」は姿を現し(まるで犠牲者たちから形作られたゴーレムか何かのように)ゆらりとjane_doeに向き合った。


 それはjane_doe同様茶色の髪と茶と緑の曖昧な色の眸をして、金属の胸当てに具足、虎を屠る太刀に右腕に東洋風の篭手――誰の趣味なのだろうか? 目元の涼やかな白皙の美貌の青年。どちらかというと女性が好む容姿のキャラクターとして成り立っている。

 これが謂われるところのjohn_doeに違いなかった、そうでなければこの男は何者なのだ? だが彼は確かに己のカリカチュアと言えたが、決定的に違うのはあのリーリウムを介してさえ圧倒的な創造主の違いであろう。では誰の「お望み」で? どんな人物のオーダーメードなのだ? 少なくとも私ではない。


「お前は誰だ!?」


 発作的に私はこの男に誰何していた。危険、危険、この男は危険、全身が粟立つように本能がそう知らせているのにこの男と向き合うのを止められない。


「知っているのだろう? いまさら訊いて如何とする」


 私は自分の声がプロの声優の声を合成した耳障りの好い合成であることを知っていたが、この男の声も同様で吃驚するほど美声なのであった。


「john_doe……! くだらん殺戮はやめろ、こんなことしてもアライメントが――」


「アライメントが何だという? お為ごかしは聞き飽きたんだよ、モラリスト共が」


 予備動作なく、john_doeは腰に差していた打刀を振るった。私は紙一重のところでそれを避けるが、山吹色のマントの一部が宙を舞う。

 こちらも刀を抜くと応戦するが力量差は明らかだった。

 なんだこの男!? アライメントはアオヒツギと違って落ち切っていなかったが、短時間にLV上げと称してNPC狩りしているのは間違いなかった。

 強さが違う、こんな出力を出せるものなのか?

 そうしてよく似た二人のTiger chaserは幾度か切り結んだが、その度に私は窮地へと追い込まれていった。

 茶色の髪が、山吹色のマントの切れ端がこの男と相対する都度舞った。

――偉そうなこと言ってしまったがこれはアオヒツギ以上の危険人物だ、若し勝てなかったら我々はどうなる?

 

 ようやく向かい合う我々を見つけたあやのとまるこめXが駆けつけるが、それを分かっていたかのようにjohn_doeは二人を牽制する。


「雑魚が何人かかろうと同じだ、そんなにD.D.T onlineに於ける死を迎えたいのか?」


「ちょ、それを言われると弱いわね! アンタこそ何を知ってるっていうの!? これは重大な荒らし行為よ!」


「そういえばリーリウムがこのゲームで死んだ場合どうとかと……」


 そのとき私は何かに気づいたのだが一瞬遅かった。


「死ぬがいい、吾が肋骨よ」


 john_doeの刃が音もなく私へ迫っていた。


―ここで死ぬのなら彼はここまでね―


「あぶnai!」


「jane_doe!」


 打刀の白銀に閃く刃が喉元に迫り、私は死を覚悟した。

 だがいつまで経っても首は繋がったままで、目を上げるとそこには憎々し気なjohn_doeの端正な顔と、見覚えのある聖堂騎士団の僧衣があった。


「アーシュベック枢機卿!?」


 あやのは大袈裟と言えるほど大きな声で叫んでいたが、何故彼が私の命を救ったのかも解らない。


「jane_doe、まるちゃん! ログアウトして話はそれからよ!」


 私は大急ぎでプログラムを終了させるとjane_doeから銀鶏へ戻ったのであった。


>Enter the D.D.T online

>loading.......

>Help

>通常チャットモードに移行しますか?


あやの:みんな無事?

まるこめX:無事~~~~~~

jane_doe:なんとか助かったな……

あやの:正直言ってアーシュベックさんが来なけりゃ全滅してたわ、ウチら。

jane_doe:何故彼は私達に協力的なのだろうか??

あやの:単なるプレイヤー保護機能かも? そう簡単に全滅されても困るじゃない。


助かったという安堵があまりにも大きくて、そういえばもうその時点で私は「その」ことをすっかり失念していたのだったが。


まるこめX:アイツ何なお?荒らし?

あやの:john_doeのこと? 荒らしってかどうかしてるわね。今晩中にもwikiのメンバーと話し合うけど。

jane_doe:アオヒツギどころの騒ぎではない?

あやの:アオヒツギは荒らしだけどPC狩りなんてしないもの。

あやの:jane_doe本当にあの男に見おぼえない?

jane_doe:こちらが聞きたいくらいさ、何故私によく似た男のアバターで活動しているのか、迷惑だよ。

まるこめX:ですよねえ。。。

あやの:あー、なんかjane_doeが無罪なことは知ってるけど、このままじゃ重要参考人にされそうよ?

jane_doe:どういうことだ?

あやの:んー、またメールをわたしからも送るわ。今晩のところは解散にしましょ。


 そうして私はPCの電源を落とした。


 この冬は終わらない。

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