第27話 大鹿亭




 宿に入ると、ザックさんは慣れた感じで奥に向かって声を掛けた。


「おーい、マーサ。客を連れて来たぜ」

「あら、ザックかい。この時間に来るのは珍しいね。客を連れてくるのはもっと珍しいけど」

「冒険者ギルドの方の客だよ。ほら、オーマ」

「あ、どうも。今日、冒険者に登録した、オーマです。よろしく」

「うん、新人さんかい。あたしがこの宿の主人のマーサだよ。よろしくね」

 マーサさんは、面倒見の良さそうな小太りのおばさんだ。いかにも宿屋の女将らしい感じだな。


「よし、オーマ、後はマーサに聞け。じゃあ、またな」

「うん、案内してくれてありがとう」

「ザック、たまには御飯食べていきなさいよ。あんた、普段ちゃんとした物食べてるの?」

「い、いや、今日は酒飲みに行くから、また今度な」

「あ、ちょっと!あんまり深酒するんじゃないよ!」

 ザックさんは逃げるように宿から出て行った。


「あら、ごめんなさいね、騒がしくて。あの子、衛兵になる前、冒険者やっててね。

長いこと、この宿に居たのよ。年の離れた弟みたいなものでね」

「なるほどね」

「さて、オーマだったね。あんた、町の外から来た子かい?」

「ええ、まあ」

 町の外と言うか異世界からですけどね。

「そうかい。町の事で分からない事があったら聞いとくれ。

あら、先ずは宿の説明だね」

 

 その後、部屋を見て、宿代なんかの話を聞いた。洗面所とトイレは共同の様だ。

 確かに部屋は狭いが、俺の今の所持金と比べた場合、かなり安く感じる。

 宿代だけなら数カ月分はある。

 食事は宿でも出る様だ。泊り客は多少値引きがある。

 これも安いような気がするな?食事が粗末なんですかね?

 物価が安いのか、この宿が特に安いのかは分からんな。

 生活費がどれくらい掛かるかはまだ分からない。


「うちは食事出来る時間が決まってるから気を付けとくれ。

夜明けから昼過ぎまでと、日が落ちてから夜の鐘が鳴るまでだ。

それ以外は食堂は締めちまうからね」

「了解です」


「で、どうする?泊まるかい?」

「ええ、よろしくお願いします」

「よしよし、まずは、一晩泊まってみな。気に入ったら、長期で部屋を借りることもできるよ。一括なら値引きもある」

「それは後で考えます」

「うん、いいともさ。うちは半分、冒険者の下宿みたいなもんだからね。

気兼ねは要らないからね?なんか在ったら相談しな」

「はい、よろしくお願いします」

「あっはっは、もっと砕けた感じでいいよ。うちは堅苦しい宿じゃないからね」

 マーサさんはそう言って笑った。


「うん、ありがとう」

「よしよし。さて、食堂が開くにはまだ時間があるよ。

一旦、部屋で休んでるかい?まあ、外で食事してきてもいいけどね」

「あ、それなら、日用品を買いたいんだけど、近くで買えるかな?」

「ふむ。日用品てどんな種類のもんだい?食器とか?」

「衣類?かな?下着とか。後、タオルとか?」

 着替えたいし、風呂も入りたいからね。


 ん?待て。この世界風呂の習慣が一般的なの?

 ファンタジー系だと風呂無しの場合も!?やべえ!

「宿に風呂はあるの!?」

「うわ?びっくりしたよ。急にどうしたんだい。

うちに風呂は無いよ。安い宿だからね。

裏の井戸の所に水浴び出来る所はあるけどね。

お金に余裕があるなら、素直に風呂屋に行っておいで。

風呂屋の隣にある店で下着やタオルは買えるよ。

あ、石鹸は安すぎる奴は買うんじゃないよ。後で体がかゆくなっちまうからね。

えーと、場所は、、ああ、そうだ、チラシがあった筈だよ」


 マーサさんは宿のカウンターを漁って、チラシを出してきた。

 簡単な町の通りが印刷されている様だ。

「ここが、うちの宿の通りで、風呂屋はここだよ。うちの場所に印を入れとくからね。

それでも道に迷ったら、素直に周りの人に聞くんだよ?

通りが結構ごちゃついてるから、町に慣れてないと迷う子も多いからね?」

「お、おう。早速、行ってみるよ」

 い、一応、都会っ子なんで、大丈夫です、多分。


「あ、ちょっとお待ち。部屋に荷物を置いて行かないでいいのかい?

あら?そういえば、荷物らしいのを見かけないね?」

「俺は収納魔法が使えるから全部仕舞ってあるよ」

「あら、そうなのかい?あんた、若いのに結構やるねえ。

うん、それなら、そのまま風呂屋に行っておいで。

うちで食事取るなら時間には戻っておいで。そうでなくても、あまり遅くなるんじゃないよ?」

「はいよ。んじゃ、行って来ます」

「うん、行っといで」


俺は宿を出て、風呂屋に向かった。

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