第17話 穂高、お前もか

 暑くなってきた。地方大会も始まっている。そんなある日の練習中、遼悠はまた僕を呼んだ。

「瀬那!」

「んー、何?」

「絆創膏貼って。」

「はいはい。」

僕が救急箱を取ってくると、

「瑞樹!大丈夫か?!」

「おーい、マネージャー!」

突如、校庭が騒がしくなった。

「え、何?どうしたの?」

僕が声を掛けると、

「瑞樹の頭にボールが当たったんだ!」

バッティング練習をしていた田端瑞樹(たばた みずき)が、頭を抑えてしゃがんでいた。僕は咄嗟に遼悠を見た。

「行ってやれ。」

遼悠は僕にそう言った。

「うん。」

僕は瑞樹の元に駆けつける事にした。

「穂高!これ、頼む!」

そう言って、駆けつけながら手に持っていた救急箱を穂高に渡した。

「はい?」

穂高はなぜ救急箱を渡されたのか分からないようだったので、僕は指で遼悠の事を指した。そして、とりあえず水道場へ走り、そこにたくさん置いてあるタオルの一つを濡らした。軽く絞って瑞樹の元に持って行った。

「とにかくこれで冷やせ。」

僕がタオルを渡すと、瑞樹は濡れタオルを頭に当てた。

「ベンチに行くか?」

「ああ。」

「メット被ってたんだろ?」

「ああ、被ってたよ。だから大丈夫だよ。」

ベンチに瑞樹を座らせ、僕は事務室に氷をもらいに行った。

 氷をもらって戻ってくる途中で、日陰に座ってしゃべっている女子マネ三人を見かけた。確かに、この炎天下に立っているのはきついだろうが。

「あ、瀬那先輩、どうしたんですか?」

それでも、1年の芽衣ちゃんは僕に気づいた。

「瑞樹の頭にボールが当たったんだ。今氷をもらってきたんだよ。」

「すみません、気づかなくて。」

芽衣ちゃんがそう言ってこちらに走ってきた。よい子だ。

「それじゃあ、もう少ししたら、また事務室で氷をもらってきてくれる?」

「はい。もう少ししたら、ですか?」

「うーん、30分くらいかな。」

「はい、分かりました。」

僕はまた瑞樹のところに戻った。そして部の氷嚢に氷を入れ、瑞樹に渡した。

「ほら、これで冷やして。」

「サンキュ。」

渡してやって、ふと遼悠を見た。

 その時、僕はなぜだか心臓がぎゅっと捕まれたような気がした。立ったままの遼悠の手を、穂高が両手でつかんでいる。つかんでいるというよりも、いかにも大事そうに、遼悠の右手を包み込むようにして持っている。

 走って行って、治療は終わったのか?と聞けば良かったのかもしれない。けれども、そこに近づいてはいけないような気がしてしまった。穂高は、一生懸命に消毒をして、それから絆創膏を貼っていた。

 慣れないから、緊張している?そうかもしれないけれど、それだけではないような気がした。冗談を挟む余地がないくらい、穂高は無我夢中な様子で。

 もしかして、お前は遼悠の事が好き、なのか?僕に憧れたっていうのはフェイクで、本当は遼悠に憧れてここに入ってきたんじゃないのか?そうだとして、僕はなぜこんなにも動揺しているのだろう。

 僕は、遼悠の顔を見た。なんとも思っていないようにも見えるし、ちょっと照れているようにも見える。女子マネに治療してもらっている時とは明らかに違う。女子にやってもらっている時には、どうでもいい、という雰囲気を醸し出している遼悠だが、今はそうではない。

 そもそも、遼悠が僕に惚れたっていうのも、治療をしたからで、穂高があんな風に、僕よりも丁寧に治療してやったら、遼悠は僕よりも穂高に惚れてしまうのではないか。

 うー、ザワザワする。僕はどうしたいのだ?別に、遼悠が穂高を好きになったって、かまわないはずなのに。

 その時、遼悠がこっちを見た。僕と目が合った。と同時に、穂高による治療も終わったようだった。僕は吸い寄せられるように二人の元へ歩いて行った。

「どうだ?治療出来た?」

「は、はい。いえ、ちゃんと出来たかどうか・・・。」

穂高、顔が赤いぞ。

 遼悠がなんて言うか、思わず顔を見た。遼悠は僕と目が合うと、目を反らし、手の絆創膏を見た。そして、

「瑞樹は大丈夫なのか?」

と、瑞樹の方を見て言った。

「ああ、メット被ってたって言うし、一応冷やしてるけど。」

「そっか。」

そう言うと、遼悠はまた練習に戻っていった。

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