第42話 昆虫と人間

 私は目の前の男の「人間」としての賢明さに感心した。

「いい判断だ。ならば何故、被献体のファーストと私に銃を向ける」

「スポンサーの老人達は間違っている。おまえたち怪物を利用する事など出来ない」


 腕を組んで、隊長を見つめると彼は話を続けた。


「地下で戦ったケルブ、サードは人間の考えを持っていなかった。あれは人を殺し食らうだけを考える、まるで大きな昆虫だった」

「君はサードが捕食だけを本能とする、知性の無い昆虫や爬虫類だと言いたいのかな?」


「ああ、そのとおりだ。あれに知性など無い。ただ相手を食らうだけを望んでいる」

「うーーん、だが、君達との戦いを見ると知性は感じられたが? 冷蔵庫で体温を下げ、サーモグラフィに反応しないようにするとかね。それにサードは、スポンサーが望む男の血天使。とても貴重だし、生み出すために時間も、お金も大量にかかっている」


 冷静さが失われ始める隊長。

「その為に何人殺した? あんな怪物を人が創り出して良いわけがない」

 私はいかにも「人間」的な考えにため息をついた。


「人はいつも身の丈をこえる夢を見る。地球を食らい自然を殺し、知識を望みネットを造り、世界中の他人と光の速度で繋がる事が出来るようになった。そのおかげで多くの事を知る。知らなくていい事も合わせてどん欲に情報を得る。その情報は、流れる水でなく、水たまりの腐った水だったり、誰かが意図的に色を付けた水だったりする。莫大な情報が人を生かしては殺し、縛りつけては解放する。そして人を変えていく……その行く先は誰にも解らない」


 私の言葉に動揺をみせる隊長。


「結局……何を言いたい?」

「人はなぜそこまで、知識を得ようとする? 進化を必要とする? それは恐怖からだ。自分を生かし続ける為に、障害になる外敵の排除、餓えをしのぐ食料の確保、病気や怪我の治療、そして誰にでも訪れる老いと死の克服……例えば鮫や鰐は長い間、殆どその姿を変えていない、進化していない……病気や老いを知らない身体を持てば、人は一人でも生きていける、究極の生物は繁殖も学習もそして進化も必要無い」


 ついに完全に冷静さを失った隊長が叫ぶ。

「賢い鮫や鰐が、おまえの理想か!? 良かったな。夢は叶ったわけだ……この化け物め!」


 再び水槽のケルブへ照準を合わせて、フルオートで連射を始める。

 音速を越える速度で、銃弾の前に一瞬で移動した私。

 隊長が私に照準を向けた、その銃口から、弾丸が次々と放たれる。

 しかし、わずか数十センチの距離で、私は撃ち込まれた全ての弾丸を回避する。


 全ての弾丸を撃ちつくし、排出状態で止まったオートマチックの巨大ハンドガン。


「地下の血天使は、銃弾を避けられなかったのに」

 全弾を打ち出してストップした巨大ハンドガン、目の前で起こった事に驚愕する隊長に、私は自分の額を指さす。


「しっかり狙って撃った方がいい。脳を破壊すれば、しばらく動けない……それはセカンド、サードで経験済みだよね」


 驚愕の表情を浮かべながらも、優秀なソウルジャーは、急いで腰から弾丸のカートリッジを取りだして、再びハンドガンへ装着する。

「ちょっと遅い……いや、私が速すぎるのかな」


 私の姿が消え、強烈な衝撃が隊長の胸を蹴りあげた。

 

 後ろの壁まで一気に吹き飛ばされ、衝突の反動で壁から弾かれ床に落ちた隊長。

 急いで起き上がるが、口から血を吐いて膝を着いた。


「本物のモンスターは、ここにいたのか……」

 静かに近づく私の身体は、既に完全に修復を終えていた。


「私はこの不完全で理不尽な世界に絶望していた。愚かな老人が金の力で永遠の若さを望む世界。まさに醜悪。能力も資質もない愚かな者が、親から貰った権力でねじ曲げた世界。……これこそ地獄だろ? 優れた才能は凡人からは異端として葬りさられる。醜悪な老人ども、彼らこそ世界を食いつぶす怪物だと思わないか? この世界は間違っている。そして異次元召還により、本物の天使が私の前に舞い降りた」


 口から血を吐きながら、私を見る隊長。


「それで、おまえも天使になろうとしたのか?」

「まあ、そういう事かな。もう少し考えはあるけどね」

「クッ、良かったじゃないか……おまえの望み通りに、化け物になれた」

「駄目なんだよ。この程度じゃね。彼女が感じてくれない」

「感じてくれないって? 化け物同士でセックスでもしたいのか?」


 私は眼鏡を手で直し、目の前の「ザ・人間」を見下ろす。


「低俗だね。でもその通りだ。私は彼女を抱いた……完璧な美を持つ彼女との交わり。だがそれは自慰行為でしかなかった。私は彼女を感じさせたい、彼女を感じてみたかった。でも、彼女から見たら私は虫けら……いやそれ以下の生き物」


 口の血を拭きながら隊長が笑う。

「ふっ、残念だな、せっかくおまえの理想の女が現われたのに……化け物同士お似合いだ」

 私は低俗な人間に真実を述べる。

「彼女が私を感じて目を開けば……この醜い世界など一夜にして消してしまえる。彼女こそ人類に知恵と滅亡をもたらす本物の血天使」

 

 驚愕して私の考えを否定する隊長。


「ばかな……そんな危険な力……その女が目覚めたらどうするんだ? 地下の男の血天使の力、そしてそれを越えたおまえより強力な力など、この世界にあってはならない!」


 私はサードの事を思い出して感想を述べた。

「地下の彼か……昆虫くらいには進化出来たみたいだね」

 痛みに耐えながら会話を続ける隊長。

「く……せっかく進化させた、デカイ虫が死んでしまって残念だな」


「私が欲しいのは……ほ乳類への進化だった」

「フッ、おまえは神にでもなったつもりか? 虫からほ乳類へ進化させる力など、人にあるわけがない」

「また、勝手に決めているね。人間は一種じゃないよ。沢山の可能性を持たされて、いろんな種類の人間が世界に試されている」


「何を言っている?……おまえ、本気であの赤い髪の女、異次元の怪物に恋でもしたか?」


「フフ、虫やカエルが人に恋する? お笑いだね。涙が出る程に……」

「たしかにあの女は外見は美しい。だがどんな生物なのかは、おまえの方がよく知っているだろう?」

「優秀な私を理解出来る者は、この世界にはいなかった。それが大きな孤独を生んだ」

「お友達が欲しかったわけだ。それが化け物だとしても」

「人は寂しがり屋だ。洞窟で暮らす時代から一人で生きてられない。どんな優れた力を持っても、最後に人が欲しいのは……想いなんだ。それが自分の進化や可能性を消している……無視すればいい、他人がどう思うかなんて関係ない。でも自分の事を誰かに想っていて欲しい……ずっとね」


「フッ、それで進化して猫か犬になって、ペットとして、あの女の愛情を受けるつもり……笑わせる……」


 スッと隊長の横に現れた私が、右手を払った。


「もういいよ、虫に人の気持ちは分からないよ……そう、悲しいかな彼女には、私の気持ちどころか存在すら伝わらない……」


 ドサリ、隊長の頭が床に落ちた。

「私のインフィニットはサードとセカンドの血を混ぜたもの。男と女、二つを混ぜる事により力は増幅される。でもこれでも30%、私は蝉くらいには成れたかな?」


 数度痙攣してから隊長の胴体は、前向きに倒れ込み動かなくなった。


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